稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(二十四)

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 部屋に入って寝転がった。

 一時帰国二日目で伏見稲荷を参拝して深草の屋敷に宿泊、今日で三日目、日曜に帰国したので、火曜になっているはずだ。復路の航空券は土曜発着になっているので、金曜日までには自宅に帰っていないといけない。あと三日ということになる。まだ、多少、余裕があるとは言え、いつ戻れるか見通しが立つわけもなく、あまり考えたくはないが、最悪の事態も想定しておいた方がいいかもしれない。
 深草の屋敷で試した時は携帯電話は全く通じなかったので、ここではどうだろうかと試してみたが、やはり、どこにも通じなかった。連絡手段がなければ、どうしようもない。やはり、覚悟しておいた方がいいかもと不安が募った。
 リュックから携帯を取り出すとき、奥に二つ折りの紙が入っているのが見えた。そう言えば、深草の屋敷で部屋にいた時、誰かから差し入れられたものだった。結局、誰が書いた物なのかはわからなかったし、あきおぎに聞いて書かれている内容はわかったものの、結局、意味はよくわからなかった。

 携帯電話が通じるか試して駄目なことがわかったあと、紙を取り出して、開いてみて、もう一度、読んでみたが、各文字の判別ができなくなっていた。と言うのも、あきおぎに読んでもらった内容をすっかり忘却してしまって、くずし書きの流麗な文字を判別する手掛かりを全く失っていたのだ。おぼろげながら思い出すのは、冬が寒くて池が凍って鳥の鳴き声が聞こえない、みたいな内容だったということだけだ。これじゃ、全く、何が何だかわからない。芳野は可笑しくなってきて、一人、笑いをかみ殺していた。

 障子の向こうに誰かが来た気配がした。誰だろうと不審に思うと、すぐに反応があった。
「駿河守様より、身の回りの世話をするようにと言い付かって参りました。八重と申します。」
 障子を開けると、果たして、黄と浅黄あさぎ単重ひとえがさねを着た女性が平伏して控えている。顔を上げていないので年齢ははっきりとはしないが、体型から、まあまあ年は行ってそうな雰囲気であった。
「何か、御用がございましたら、お呼びくださいませ。」
「わかりました。」と芳野は答えたものの、今まで人生で召使という者を使役したことがないため、何をどう頼めばいいかもわからないし、今まで自分でできることは自分でしてきた芳野には手に余る感じがした。
「ところで、駿河守様より伺ったのですが、お渡りの方は?」
「お渡り?」
 芳野は質問の意味がわからず問い返したが、それで答えが分かったのか、八重は、それ以上、そのことについては尋ねることはしなかった。
「姫君には、お歌は、こちらで差し上げておりますので。いつでもお渡りになって結構でございますよ。」
 (お歌?)
 芳野には、何のことだか、ピンとこなかった。
「では、失礼いたします。近くに控えておりますので、御用の際はお声掛けくださいませ。」と言って、八重は部屋から少し離れたところに移って控えた。
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