稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(二十五)

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 芳野は部屋の奥に移動して格子の壁に寄り掛かるようにして寛ぐことにした。しかし、すぐに手持無沙汰を感じるようになった。
 気分転換にどこかに出かけたくなったが、今いる屋敷がどういうところにあるかもよくわからないし、屋敷の外に何があるかも全くわからないので外出するのは諦めたが、ここにいても何もすることがないので、暇を潰せるものが何かないか、漫然と考えるようになった。
 薄暗い室内だったが、天井がないせいか、隣の局との仕切りは、上が吹き抜けになっており、その分、開放的な感じになっていた。隣の局に人の気配はなかった。

 ふと、駿河守の「妻にせよ。」という言葉を思い出した。
 この話はあきおぎ本人は承知するところなのであろうか。

 ここで昨日のことを思い出した。あさつゆは、あきおぎのいる前で「寝屋ねや、お寂しければ、あきおぎを召しませ。」と言っていた。「あきおぎを召す」とは、このことだったのかもしれないと今更ながら気づいた。そう言えば、「頼れる後ろ見」とか、駿河守と同じようなことを言っていた。つまり、駿河守もあさつゆも同じことを考えているということだ。そして、あきおぎは、目の前で「寝屋ねや、お寂しければ、あきおぎを召しませ。」と言われたのに全く反応がなかったように見えた。つまり、あきおぎ本人も了解していることなのだろう。そう思うと、見ず知らずの年上の男に夜伽にも似たことを、あの若さで受け入れてしまう感覚に驚嘆して、「すげえな。」と暫く呆気あっけに取られていたが、すぐに、「なら、今はすることがないし、あきおぎの部屋でも訪ねてみようか。」と考えるようになった。しかし、突然、連絡もなしに局を訪ねて大丈夫だろうか。たとえ、そのことを承知していたととしても、今、直接、彼女の部屋を訪れるのは乱暴であるし、驚いて拒否されるかもしれないし、それで騒がれたりでもしたら、厄介なことになるかもしれないと不安になった。
 少しの間、方策を考えあぐねていたが、先程、八重が「いつでもお渡りになって結構ですよ。」と言っていたのを思い出した。歌を差し上げたので部屋を訪ねても大丈夫ですと言う理屈が、よくわからなくて反応しなかったが、確かに、訪ねてもいいと明言していた。
 いずれにしても八重に一言、声掛けして訪ねれば、悪いようにはならないだろう。駄目なら駄目でよい。そこまで拘っているものでもない。
 いよいよ、あきおぎの局を訪れることに心を決めたが、ただ、相手は十五歳の女の子である。今回は、話をするくらいで、それ以上のことをする気はないが、会話をするだけにしても、年齢差を考えると、会話自体、成立するかどうか、正直、不安になってきて、行こうとする気持ちが萎えてきた。とは言え、周囲も本人も受け入れていることだし、こちらから出向いて会話くらい交わしておいた方が、放置されて彼女が傷つくよりはましだろうと考えることにした。しかし、こういうのは対応が難しい。面倒なことに巻き込まれたことに芳野は気が滅入ってきた。
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