稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(二十六)

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 障子を開けて外に出ると、すぐ近くに先程の八重が控えていたので、すっかり、その存在を忘れていた芳野は、驚いて小さく声を上げてしまった。その反応で八重は芳野が出てきたことに気づき、「何処いずこへ参られますか?」と問うてきた。芳野が「あきおぎさんの局は?」と尋ねると、彼女は状況を勝手に理解して笑みを浮かべると「こちらです。」と言って、あきおぎの局の前まで芳野を案内した。と言っても二部屋ほど置いて隣の部屋であるが。
 芳野は、あきおぎの部屋の前に来ると障子をノックしてみた。すると八重が驚いて、小声で「おやめください。私が。」と、芳野を制止した。そして、障子を僅かに開け、中に向かって何事か囁いた。すると中から何か返答があって、八重はそれを受けて芳野に「今少し、お時間をとのことです。」と告げた。
 そのとき、鏡や手筥てばこなどを抱えた幼い女の子が対の屋に入ってきて、芳野の前を横切って、あきおぎの局の中に入って行った。芳野は、突然現れた少女の動きを目で追いながら、(誰だろう、この子は?)と思った。それに気づいた八重は「こちらに御移りになったので、お道具などをわらわに運ばせておられるところです。」と説明した。
 芳野は、さっき駿河守があきおぎに「北の対に移れ」と言っていたのを思い出した。ここに引っ越ししたということかと納得した。
 あきおぎの局に入った少女はしばらくして出てくると簀子に出て行って、すこし時間を置いて再び現れると切灯台や泔杯ゆるすつきなどを抱えて局の中に入って行った。それを見た芳野は、まだ、引っ越しが終わるまで時間がかかりそうな気配を感じ取って、八重に一言声をかけて、自室に戻ることにした。自室に戻った後も、簀子を歩く音が何度も聞こえたので、やはり、まだしばらく引越しの作業は終わりそうもないなと思った。
 大分時間が経った頃、八重がやってきて「ご準備ができました。」と声をかけてきた。あきおぎの局に行っていいということなのか半信半疑だったが、とにかく部屋から出てみると外にいた八重に「こちらへ。」と案内されて、あきおぎの局の前まで連れて行かれた。やはり、入っていいよということだったんだなとわかって安心したが、その時にあきおぎの局の障子が開いて、女の童が出て行った。それを見た八重に「どうぞ。」と局の中に入るよう促されて芳野は中に入った。入ると、部屋の奥に扇で顔を隠したあきおぎが顔を伏せるようにして座っていた。山吹の単に枯野のかさねの袿を一枚羽織り、白の小袖に紅の袴を穿いている。局に入って芳野は内部をぐるりと見渡した。先程まで運び込んでいた調度の品々が整理されて置かれている。奥には二階棚があり、鏡などとともに硯と筆があることに気づいた。
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