稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(二十九)

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 芳野の胸の内に飛び込んだあきおぎは、体を一層、硬くして芳野を拒んだ。突然の暴挙にあきおぎは恐怖に取り憑かれたようだった。
 芳野はあきおぎを抱きしめたが、彼女の硬直した体から伝わる拒否感に、先程、芳野を襲った劣情は急速に退潮して、不愉快な感情に襲われた。このような行為に走ったことを後悔して、芳野はあきおぎを手放して、そっと離れた。
 あきおぎから少しを距離を置くと、芳野の目に入ったのは、あきおぎの幼さの残る溌溂とした肌、白粉おしろいで白く塗られた顔や引き眉、紅が引かれた可愛い唇、その一方、驚いて恐怖に震え、恥ずかしさのあまり伏せた目が芳野に視線を合わせまいと体を背ける態度であった。芳野は気分を害して、困惑して、やはり来るんじゃなかったと後悔の念が、更に一層、強まった。
 芳野は、再びあきおぎの局から出て、自分の部屋に戻った。思ったより早く出てきた芳野に驚いた八重は、芳野を呆れた目で追ったが、自分の部屋に入るのを見届けると、ため息をついて、近くの柱のもとに移って寄り掛かるようにして座った。
 やはり、あの子は俺にとっては若すぎる。芳野は、そう呟くと、床の上に寝転がって、吹き抜けになっている屋根裏を眺めた。天井がないせいか、がらんとした感じがする。
 その時、八重が障子を僅かに開けて「姫君から。」と小声で囁いて二つ折りにした帖紙たとうがみを差し込んできた。芳野は片手で受け取ると開いて中を見た。またも流麗な仮名文字で何かが書かれていた。もちろん芳野には一文字も読めない。障子を開けて八重を呼ぶと、帖紙を見せて「何が書かれているかわかりますか?」と聞いてみたが、八重は、文字を読むのは苦手だと言い、「多少は読めるがきちんと読めるか覚束ない。」と答えたので、芳野は困ってしまって、どうしたらいいかわからず途方に暮れた。見かねた八重が、「歌を多少詠める者が他にもおりますから呼びましょうか?」と助け船を出してきた。しかし、芳野はなぜ歌詠みなのかわからなくて、「いや、字が読める人がいいのだが。」と渋ると、「歌詠みは仮名の読み書きにも慣れておりますから。」と補足したので、芳野は頼むことにした。
 暫くして別の女性が現れて芳野の部屋の脇に控えた。僅かに開いた障子の隙間からは袿の裾が見えるだけで、姿は見えなかった。早速、帖紙を障子の隙間から八重に手渡して彼女に読んでもらった。
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