稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(二十八)

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「姫君のお局にお戻りなさいますか?」と八重はあきおぎの局に戻るよう暗に促した。
 芳野は首肯した。あまり自分の部屋に籠っているのも不味かろうと思ったのだ。そして、部屋から出て来る芳野に向かって八重は「遠慮なさることはございませんよ。」と念押しした。芳野は、その言葉に、何か下品なニュアンスを感じ取った。

 芳野は、あきおぎの局にそっと滑り込むように入った。気配を感じたあきおぎは「あっ。」と声を上げた。
「あきおぎさん。」と声をかけた。不意に入って来たのでびっくりして萎縮したのか、あきおぎの声はか細く小さかった。
「ええ。」と返事がかすかに聞こえた。
「何か、お話ししましょうか。」
 話題がなかったので、もう率直に、「なんでもいいから会話しよう。」と持ち掛けてみた。まるであきおぎと会話するのが仕事のように、義務感から話しかけたような心持だった。
 しかし、小さな声で「ええ。」と気のない返事しか返ってこない。怖がらせてしまったかと思った芳野は、こうなると面倒だなと思ってしまい、なおのこと、次の言葉が思い浮かばなくなって、黙り込んでしまった。
 重苦しく耐えがたい無言の時間が流れた。
 このままだと、先程と同じ展開になりそうだ。何か、この気まずいを埋めないといけないと思うが、あきおぎとの間にできてしまった距離感は強固で縮められそうもなかった。この時、不意に、さっき八重が念押しするように言った「何も遠慮なさることはございません。」という言葉が脳裏で再生された。多少無理矢理にでもやってしまいなさいという意味だったのか?
 あきおぎを見ると、先程、局に入った時よりも更に身を小さくして、広げた檜扇で顔を隠してうつ伏していた。扇状に広がった裾の色の重なりは美しく、体を包む枯野の重ねの袿は柔らかく膨らんでいて、長い黒髪がはらりと袿の背中の上を流れていた。
 小柄なあきおぎの体は可憐だった。
 あきおぎの姿を見つめているうちに、ふと、この少女を自分のものにしたいという衝動に駆られた。そして、手を伸ばして、あきおぎの檜扇を持っている方の手をつかんで、ぐいと引き寄せた。あきおぎは、突然、引っ張られて檜扇を落として顔が露わになり、体勢を崩した勢いで倒れこむようにして、芳野の胸の中に飛び込む形になった。
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