稲荷詣で

斐川 帙

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六、猪隈殿

(三十四)

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 芳野は、食事を取ったが、やはり今回の食事も素材の味だけで全く味付けはされておらず、添えられた調味料で自分で味付けして食べるようになっていた。このような食事が三回も続くと、さすがの芳野も、これがここでの「普通」なんだと理解した。

 今度はゆっくりと時間をかけて食べ終えると、高折敷を部屋の外に出して、しばらく格子の壁に寄り掛かって休んでいた。しかし、じっとしていると段々寒さを感じてきたので、部屋の隅に片づけてあったしとねを敷いて、寝転がるとふすまをかけた。天井のない屋根裏をぼんやりと眺めて微睡まどろんでいると、食欲が満たされたせいか、再び、睡魔が意識に浸潤してきて、そのまま熟睡してしまった。
 すごく心地の良い眠りの水の中に落ちて行った。

 深い森の奥を彷徨さまよっているようだった。

 ふと、赤い鳥居が目についた。
 鳥居をくぐって、山の中をくねくねと曲がる参道を上って行くと、古ぼけた木造の小さなやしろが建っていた。あまり手がかけられていないのか、ぼろぼろで、壁板や柱は朽ちかけていて、今にも崩れ落ちそうだった。

 芳野は、二拍手をして、拝礼すると、元来た道に戻ろうとして、社前から離れた。

 「わんわん」と犬の吠える声が、背後の遠くの方で聞こえた気がした。こんな山の中に犬がいるとは、野犬だろうか。野犬だったら、近くにいたら危険かもしれないと思い、振り返って周囲を見回したが、動物の影は見当たらなかった。しかし、どこかに隠れているかもしれないので、ここから早く離れた方がいいと思い、急いで鳥居の外に出ようと思ったが、今度は「くおん、くおん」という鳴き声が聞こえた。聞き覚えのない鳴き声だったので、どんな動物が近くにいるのか見当がつかず、どうしていいかわからなくて、しばし、その場に立ち尽くしていた。
 ふと、何かの気配を感じて振り返って社を見ると、閉じた扉の前に一頭の白い狐がこちらを向いて座っていた。
 さっきの犬の咆哮は、この狐が吠えた声だったのかといぶかったが、狐がわんわん吠えると言うことを知らなかった芳野には俄かに信じがたい事であった。この狐の他にもまだ犬がどこかに潜んでいるのかと芳野は不安に苛まれた。

 芳野は、目の前に鎮座している白狐しろきつねを凝視した。
 白狐には芳野を攻撃してくる素振りは見えなかった。それどころか、この白狐には、何の感情も窺えなかった。存在感が欠落した表情でこちらを見ているように思えた。そして、なぜか笑っているような気がした。
 芳野は吸い込まれるように白狐を見つめていたが、だんだんと怖くなってきた。恐怖心が理由もなく募ってきて、その場をすぐに離れたかったが、体は金縛りに遭ったように動かなかった。

 心は焦るのに、それをあざ笑うかの如く、体は微動だにしなかった。
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