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六、猪隈殿
(三十三)
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十分ほど経ったろうか、八重が「おものが参りました。」と言って、ご飯やおかずの載った小皿などをいくつか並べた高折敷を捧げ持ってきて部屋の床に置いた。ここで初めて『おもの』とは「食事」のことだったのだと知った。昼前に食事を持ってきてくれた男は『御膳』と言っていたのを思い出して、『御膳』と言ってくれれば、すぐにわかったのにと思った。
高折敷の上に載っている物は、昼過ぎに出されたものと大差なかったが、今回も箸は高盛りに固められた固粥の上に斜めに刺して提供されていた。昼過ぎに、この形で提供された時に、なぜわざわざ縁起が悪い作法で出してきたのか、意図がわからず困惑したが、持って来た男がさっさと行ってしまったせいで、意図を聞きそびれてしまっていた。しかし、今は傍に八重がいるので、思い切って聞いてみることにした。
「この箸の刺し方は何か意味があるのでしょうか…」
しかし、聞かれた八重は驚いたように、
「何か、箸がお気に召しませんか?」と聞き返してきたので、つい、芳野は。
「いや、この、箸をご飯に斜めに刺して出してくるのは、仏さまにお供えするご飯のような感じがして、あまり気分のいいものではないのですが。」と少し棘のある言い方をしてしまった。
しかし、八重は、芳野が何を言いたいのかわからないと言いたげに、きょとんとした顔をして、
「仏前に供えるご飯…お仏餉…ですか?」と言い淀み、「ご気分を害されたのなら、お許しくださいませ。」と納得の行かない気持ちを滲ませながら、謝罪のことばを述べた。
八重にとっては、まず、仏前にお供えするご飯と言われたことがぴんと来なかった。駿河守の屋敷内には仏堂はなく、仏飯をお供えする習慣もなかったから、寺院で行われているようなお供えした仏飯のおさがりを頂くと言う習慣はなかった。また、仏にお供えするものと同じご飯を供することが気分を害するという論理も理解できなかった。八重にとっては『仏』は『仏』であって、『死者』のことは意味しないからだ。平安末頃から、故人を「ほとけ」と呼ぶことがあったが、それは主に法然や親鸞の流れを汲む浄土信仰の信者たちの中だけであって、当時はまだ一般的なものではなかった。
「ええ。お供えのご飯には箸を刺すでしょ?」
やはり、八重はきょとんとして、芳野の言っていることが理解できないようだった。その反応を見て、芳野は、八重たちには、そういう習慣はないんだと悟って、これ以上、文句を言うのは控えた。
「いや、何でもない。ありがとう。」と言って、この話題を終わりにして、八重を部屋の外に出した。
高折敷の上に載っている物は、昼過ぎに出されたものと大差なかったが、今回も箸は高盛りに固められた固粥の上に斜めに刺して提供されていた。昼過ぎに、この形で提供された時に、なぜわざわざ縁起が悪い作法で出してきたのか、意図がわからず困惑したが、持って来た男がさっさと行ってしまったせいで、意図を聞きそびれてしまっていた。しかし、今は傍に八重がいるので、思い切って聞いてみることにした。
「この箸の刺し方は何か意味があるのでしょうか…」
しかし、聞かれた八重は驚いたように、
「何か、箸がお気に召しませんか?」と聞き返してきたので、つい、芳野は。
「いや、この、箸をご飯に斜めに刺して出してくるのは、仏さまにお供えするご飯のような感じがして、あまり気分のいいものではないのですが。」と少し棘のある言い方をしてしまった。
しかし、八重は、芳野が何を言いたいのかわからないと言いたげに、きょとんとした顔をして、
「仏前に供えるご飯…お仏餉…ですか?」と言い淀み、「ご気分を害されたのなら、お許しくださいませ。」と納得の行かない気持ちを滲ませながら、謝罪のことばを述べた。
八重にとっては、まず、仏前にお供えするご飯と言われたことがぴんと来なかった。駿河守の屋敷内には仏堂はなく、仏飯をお供えする習慣もなかったから、寺院で行われているようなお供えした仏飯のおさがりを頂くと言う習慣はなかった。また、仏にお供えするものと同じご飯を供することが気分を害するという論理も理解できなかった。八重にとっては『仏』は『仏』であって、『死者』のことは意味しないからだ。平安末頃から、故人を「ほとけ」と呼ぶことがあったが、それは主に法然や親鸞の流れを汲む浄土信仰の信者たちの中だけであって、当時はまだ一般的なものではなかった。
「ええ。お供えのご飯には箸を刺すでしょ?」
やはり、八重はきょとんとして、芳野の言っていることが理解できないようだった。その反応を見て、芳野は、八重たちには、そういう習慣はないんだと悟って、これ以上、文句を言うのは控えた。
「いや、何でもない。ありがとう。」と言って、この話題を終わりにして、八重を部屋の外に出した。
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