稲荷詣で

斐川 帙

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八、現実世界

(六)

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 狐の置物を手に取って、眺めていると、狐がにっこり微笑んだように見えて、愛らしく思えて来た。芳野は、購入することに決めた。
 狐は稲荷の神の使いである。それが手に稲穂を持って座っているのだから、きっと、豊穣ほうじょうをもたらしてくれるに違いない。そう思うと、ぜひとも手元に置いておきたくなったのだ。

 狐の置物が置いてあった周囲に、この置物が入っているボール箱がいくつか積まれてあったので、その中から一つを手に取って、価格を見ると二千七百円という値札が付いていた。高価と言うほどの値段でもなかったので、それを持って、レジに行こうと思った時、ふと、現金があるか心配になった。さっき、賽銭さいせんを投げる時、まさぐったポケットの中には小銭の他に紙幣の感触もあった。どれだけ紙幣があるか確認していなかったので、ポケットから取り出して見ると、五千円しかない。これだと、この置物は購入できるが、この後、自宅に帰るまでの交通費は賄えない。京都から東京までの新幹線は大体一万五千円近く掛かったはずだ。まずいと思い、急に焦り出して、あちこち探したが、旅先なので、用心して現金の大半は袋に入れて、リュックのチャック付きの内ポケットに仕舞っていたのを思い出した。探して見ると、思い出した場所に、お金の入ったビニール袋が見つかった。五万円ちょっとの現金が残っていた。ほっとした。これなら、帰りの交通費も余裕だし、他に買い物や食事もできる。

 芳野は、狐の置物が入った箱をレジに持って行くと、五十代と思しき女性が、手に取り、芳野が三千円出すと、お釣りを小皿に置いて、箱を紙袋に入れて、渡してきた。終始、女性は無言だった。最後に軽くお辞儀はされたが、ちょっと不愛想に感じた。しかし、気にかけても仕方がないので、狐の置物の入った箱をリュックに入れると、早々に店を出て、楼門に向かわずに、そのまままっすぐ駅の方に向かった。階段を下りて楼門の脇を過ぎると、二番鳥居を抜けて、まっすぐ進み、大鳥居を抜けた。左手に駅が見えた。

 稲荷駅に着いた。とりあえず京都駅までの切符を買った。京都駅に着いたら、一旦、駅の外に出て、自宅最寄り駅までの乗車券と京都から東京までの新幹線の指定席特急券を買ってから、少し観光しようと思った。
 腕時計を見ると、まだ、十四時半だったので、遅い時間の新幹線に乗ることにすれば、数時間の余裕が作れる。それだけあれば京都駅周辺の観光なら十分できるだろう。

 京都駅に着くと、早速、十八時台に京都を出る新幹線の切符を買って、駅を出た。駅を出たところで、路肩に寄って、リュックからガイドブックをひっぱり出すと、駅から歩いて行けるところで何かないか探した。めぼしいところとしては東西本願寺、東寺、渉成園しょうせいえんが目についた。いずれも駅から歩いて十分ちょっとのように思えた。ただ、東寺だけは駅の南にあり、残りの二つは駅の北側にあるので、片方に行くと、もう片方に行くのは、ちょっと時間がかかりそうだった。

 腕時計を見ると十五時を過ぎていた。寺社や庭園などは、十六時から十七時くらいには閉門や閉園となるのが一般的なので、一か所を見るのが精一杯かもしれない。ガイドブックで調べてみると、渉成園は十七時閉園らしい。東寺、西本願寺も十七時閉門だ。東本願寺だけ十七時半になっている。いずれにしても、今からだと、食事を取る時間もあるから、一か所に絞った方がよさそうだった。
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