つばき

斐川 帙

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一、鮫洲八幡

(六)

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 悟は祭神を確認すると、ついでに両社に参拝して、小島から出ようとした。そのとき、厳島神社の傍らに悟の肩くらいまでの高さの椿が植えられているのが目に付いた。なんとなく気になって椿の木の側に近寄って、てかてかと照葉樹特有の光沢を放つ丸い葉を撫で、一輪だけ咲いている花の香をかいだ。椿は二月から四月くらいに花を咲かせると聞いた事があるので、遅咲きなのだろうか。
 そして、改めて、橋を渡って戻ろうとしたとき、背後から女の子の声がして呼び止められた。悟は反射的に振り向いた。果たして、年の頃、十六、七の少女が上目遣いの視線を投げかけて立っていた。細かい格子の入ったベージュのワンピースを着た、小柄で華奢な女の子だった。ワンピースの厚手の生地は胸の辺りにわずかにふくらみを見せて、スカートの部分には緩やかなフレアが入っているもののスクエアネックの胸元と相まって全体的に少女らしさを強調する服装だった。肩にかかるミディアムストレートは毛先に軽く内向きのウェーブがかかっていて、不揃いにおろした前髪は、幾分、丸顔で、ぱっちりとした大きめの双眸を輝かせる血色のいい白い肌をかわいく見せていた。
 少女は、花が咲いたように華やいだ微笑を浮かべてこちらを見つめていた。その優れて愛らしい微笑は悟の心をつかみ、悟は自分の心がさざめくのを自覚した。そして、見知らぬ他人になれなれしく微笑みかけられていることにいらいらした。
 悟は、彼女の愛らしい魅惑に抗いながら、誰なのか思い出そうとして、しばらく頭を悩ました。しかし、思い出せなかった。三十半ばを過ぎた独身の悟に、この年頃の少女の知り合いなどいるわけがないし、そもそも接点がない。悟は、この不思議な魅力を放つ見知らぬ少女と関わるのを恐れ、彼女を置いて橋を渡ろうとした。橋に一歩を踏み出した瞬間、悟は、はっと気づいた。
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