天才魔法士がオレを離してくれません

湯川岳

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第1部

13.羽化した疑念

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「ぷはーー!人の奢りの酒はやっぱり上手いな!」

 ほんのり頬を赤く染めたトリスタンは飲み干した酒をテーブルに置く。
 騎士団御用達の酒場には色んな部隊の騎士たちが賑やかに酒を煽っていた。
 元騎士団にいたと言われている屈強な身体をした料理人が作る料理はどれも美味しかった。

「お前、呑みすぎだぞ。トリスタン。オレは明日休みだけど、お前は仕事だろー?」

「いやいや、ここは隊長様の奢りなんだから呑まないと!もったいないからな!」

「少しは遠慮しろよ!」

 お互いの顔を見合せ笑い合う。トリスタンと呑む酒はいつも美味かった。
 昨日、トリスタンから呑みに誘われたことを思い出す。前までは頻繁に行っていたが1ヶ月前のあの日があってから、パタリと行かなくなっていた。
 その期間、ルシアンといる時間の方が増えた気がする。
オレはグラスの結露を見て、昨夜のこと思い出す。

ーーーあんなに余裕がないルシアンは初めてだったな。しかもあいつの初めて触っちゃったし。

 流れるように記憶が蘇ってきてオレは慌てて酒を煽る。
ふと、トリスタンの顔に陰りが見える。

「……どうした?呑みすぎたか?」

「いや、ちげぇ。……テオドール、ごめんな」

 ポロポロと涙を流し始めたトリスタン。

「呑みすぎだよ」

 酒を飲みすぎる時にたまにあることだった。ぽんぽん、と肩を叩く。
 オレは再び自分の酒に口を付ける。

「……ルシアン様が来なかったら、俺、たぶん、襲ってた」

ブーーーー!!

「うわっ!きったな!」

 ゲボゲボ!と噎せてしまう。まさか1ヶ月も前のことを出してくるとは思わなかった。
 トリスタンは自分の服に付いた酒を「きたねぇ」と言いながら布巾で拭いていた。

ーーーもしかして、ずっと気にしてた?

「いや、まぁ、うん。オレこそごめんな。体調が悪くてさ」

「お前の色気が凄かった」

 トリスタンの顔が見れなかった。自分の痴態をまさかここで出されると思わなかった。

「実はさ、変な呪術?なのかな?分からないけど、かかったっぽくてさ。いつかけられたかもわからないんだけどな」

「……だから婚約者とかいるのか聞いたのか?」

 泣き止んだトリスタンは涙をごしごし袖で拭う。

「まぁ、そうだな。お前に何かあったら婚約者とか悲しむだろ?」

ーー言えない!都合が良い奴探してたなんて!!ごめんな、トリスタン!

 そっか、とトリスタンは酒を煽る。

「でも、その呪いとやらは大丈夫なのか?」

「あぁ、まぁ、ルシアンが定期的に抑えてくれるからな」

 肉の串刺しを口に運ぶ。肉汁の旨みが口の中いっぱいに広がる。
 ふーん、とトリスタンも串刺しを豪快に食べる。

「ルシアン様でも解けないものあるんだな」

 ぽつり、とトリスタンが呟く。

「どういうことだ?」

「いやさ、俺の知り合いがそういった類のやつかけられた時はさ、あっという間に解いちまったんだよ」

 へー、と肉の串刺しをまた口に頬張る。
 確かに考えてみれば天才、と言われているルシアンが苦戦するのは珍しい。

「それにさ、魔法塔に知り合いに聞いたんだけど、魔力を馴染ませる魔法は基本1回で終わるらしい。しかもパパーッと」

 口の中の肉汁の旨みを感じない。胸のどこかにあって気付かないフリをしていた疑念が波紋を描いて広がっていく。

「なのに、ルシアン様はお前に定期的にしてくれてるんだろ?俺、不安で不安で。ルシアン様でも無理なものって何なんだって」

「さぁな。オレが一番知りたいよ」

 そう、オレが一番知りたい。もしその話が本当ならば今までの、昨日のあの行為はなんだったんだろう。
 よく考えてみれば分かるはずなのに、オレはあの日の疼きが怖くて見ないフリをしていたのかもしれない。

「……お前、死なないよな?」

「死なねぇよ、そういうのじゃないし」

「それは教えられないのか?俺にも。あの日のお前は本当におかしかった。俺、心配なんだよ」

 トリスタンはオレの手を両手で痛いくらいしっかりと握られる。
涙で濡れた漆黒の瞳がオレの瞳の中にある揺らぎに気づいたかのように。
 言ってどうする。オレのオレが女性生殖器になりました、とか言えるわけがない。
 しかもルシアンに色々されて気持ち良くなって絆されそうになっているなんて。

「ありがとな、トリスタン。ルシアンにはルシアンなりの事情があるんだよ、きっと」

 トリスタンの手を解く。

「でも、おかしいだろ。あの時だって、信じられないくらいすげぇ怖い顔してた。まるで大事なもんを汚されたような」

「あの時?」

「とにかく、俺はルシアン様には気をつけた方がいいと思うんだ。テオドール、困ったことがあったら頼ってくれよな?」

 魔獣討伐でも直感がよく働く奴だった。
 きっとトリスタンが言っていることは正しいのかもしれない。
だがオレはルシアンから与えられるものに対して悪意はないと思っている。
 寧ろ。
ーーー押し潰されそうになるくらいの、重たい愛。

「おう、何かあったらちゃんと言うな。ありがとな、トリスタン」

「悪いな!久しぶりの呑みなのに。気を取り直して、呑み直そうぜ」

「まだ呑むのかよ!オレの金だぞっ」

 オレたちは店が閉まるまで腹を抱えて笑って食べては呑み明かした。
次の日、二日酔いで動けなくなったのは言うまでもなかった。
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