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番外編
渡せなかったもの 3
しおりを挟む地下の研究室で黙々と作業をしていた。
ノックをされ、扉が開く。
「よく、魔法が反応せず入って来れましたね」
誰だか分かっていた。
振り向くことをせずに答えれば、足音が近付いてくる。
「お前が僕を追い出すはずないだろう?」
今一番会いたくないやつだった。目線だけ送ればイザークが立っていた。
「エリオが泣いていたぞ。また籠ったって」
「上だと集中できないんですよ」
「テオドール隊長のことが気になって?」
そうだ。空を見てしまうとテオの所へ今すぐ行きたくなってしまう。顔を合わせることもなく、魔獣遠征に行ってしまった。
あれから4ヶ月も経っているのだ。雪も降り、帰って来るのは雪が解けてからだと聞いた。気が狂いそうだった。
それにテオから手紙もない。俺も書こうと思ったが書けなかった。
「だったらなんですか」
「君に素敵なプレゼントをあげようかと」
「いりません」
プレゼントなんていらなかった。今欲しいのはテオだけだった。
「ふーん、いいんだ?」
契約書に入れる魔法が失敗し、魔法の光が弾ける。
あと少しなのになぜかできない。
イライラが募っていく。
「今のお前にこれは必要ないのか」
そうか、そうか、と出て行こうとするイザークの腕を掴む。
手にある物を奪うと汚れた便箋だった。宛名を見る。
テオドール。
そう書かれていた。
冷たくなった身体と心に温かい何かが流れ出すのが分かった。便箋を丁寧に開け、中身を開く。
結婚しよう。
それだけだった。
「……テオらしい」
とても嬉しかった。きっと彼なりに色んな事を考えた結果、この言葉だけ送って来たのだろう。
テオのこういう所が俺の心を解していく。
「雪のせいで1ヶ月くらい遅くなったらしいよ。良かったね」
「ありがとうございます」
再び、部屋のノックがする。
入って来たのはエリオだった。
「ルシアン様、紅茶をお持ちしました」
「いいよ、いらない」
手紙を丁寧に便箋の中にしまう。
「僕は飲みたいけどね」
「上の研究室に戻るから。そっちで貰うよ」
「……は、はい!お待ちしてます!」
パタパタと足早にエリオが来た道を戻っていく。
「さすがテオドール隊長。僕は先に上で待っているとするよ」
「あなたは帰って下さい」
イザークが研究室から出て行く。
彼は公務が溜まっているはずだ。帰った方がいい。だが、きっと心配して来てくれたことは分かる。
俺は一生懸命に考え書いてくれたテオの手紙にキスを落とした。
雪が解けた頃。
魔獣遠征部隊が帰ってくるということで俺に招集命令が届いた。
「エリオ、ポーションの準備と回復魔法が使える者を配備してくれるかな」
「やっと帰って来られるんですね」
「ああ」
私は窓の外を見た。鳥達が暖かくなった空気に喜ぶかのように飛び回っていた。
それから暫くして、遠征部隊が帰って来た。
私はテオを探していた。しかし、彼は何処にもいないのだ。
ウィング隊長のように馬に乗って先頭を歩いているはずなのにいなかった。
イザークの騎士達への謝辞が終わると色んな部隊が彼らと抱き合って喜んでいた。
「テオ、どこだ」
胸騒ぎがする。
「ルシアン様!」
リュークだった。馬で駆け寄ってくる。その顔はとても青ざめていた。
テオに何かがあったことが分かった。私は人混みをかき分け走る。
騎士達が何かに気づいたのか道を開け始めてからは早かった。
怪我人を乗せた馬車に飛び乗る。
トリスタンが必死に止血をしていた。血溜まりの中にテオが倒れている。色んな所に包帯がされ、顔も半分くらいしか見えていなかった。
「テオ!」
テオが薄らと目を開く。俺が大好きな碧色と目が合う。
「ただいま」
へらり、と弱弱しく笑った。
今にもどこかに行ってしまいそうだった。
「テオ!テオ!」
「うるさいなぁ、生きてるって。ちょっと疲れたから寝かせてくれよ」
テオは気を失ってしまった。
「エリオ!どこだ!」
俺が叫べば、既にエリオがポーションと回復魔法を使える者を走って連れてこちらに向かっていた。
手元にあったポーションをテオの口元に持っていく。
「テオ、飲んで」
口の端から出ていくが少し飲んでくれたのか身体が薄ら光る。
後ろではエリオと数人の魔法士達が回復魔法をかけ始めてくれている。
「テオ、前の時とは逆だね」
俺はポーションを口に含み、口付けをする。ゆっくりとポーションを流し込む。
飲み込んでいる音がする。
死なせない。
テオは私のものだ。
ポーションを数回流し込むと腹部からの出血も背中の傷なども癒えたようだった。
しかし目は覚まさない。きっと血がなくなり過ぎたのと疲れだろう。
俺はその場をエリオに任し、テオを魔法塔に連れ帰った。
ベッドに眠るテオはゆっくりだが顔色が良くなっていた。
俺はテオの横で朝を迎えた。
部屋をノックされ、開ければそこにいたのはリュークだった。思わず眉間にシワがよる。
「テオドール隊長はまだ起きては」
「いないよ」
「そうですか」
悲しそうに俯く顔を見る。
どこが俺に似ているんだろう。何も似てないじゃないか。
テオは俺とリュークが似てるという。髪のツヤだって俺の方がある。
「テオドール隊長、あの日、貴族の人達からコソコソ言われてて。とても辛そうでした。だから外に出たんです」
あの日とはきっと舞踏会の日だろう。
「そしたら酔っ払った貴族に身体を触られて、もっと傷付いた顔をしていました」
ぶわり、と自分の魔力が漏れるのが分かる。テオの身体に触れた奴は生かしておけない。
「だから、慰めようとしたんです。テオドール隊長はずっとルシアン様のこと気にされてました」
リュークが俺と目を合わせる。
「辛い、悔しいって。一番辛いのは自分のはずなのに」
テオはリュークには心をとても開いているようだ。
いや、今回も俺が冷静に訳を聞けば話してくれたかもしれない。その機会をなくしてしまったのは俺なのだろう。
「僕も好きな人がいるんです。男の人です。別の隊の人なんですが……」
ああ、だから。
すとん、と何か落ちる音がした。
「テオドール隊長を嫌わないで下さい」
「嫌うわけないだろう。私達は好きだ、嫌いだの次元にはもういない」
なぜかリュークの瞳がキラキラと輝いてく。
「ぶつかり合っても愛しかない」
「ほぉー……」
「ほぉー?……ふざけてるのか?」
リュークは顔を赤くさせ、キラキラと俺を見ている。
「僕もがんばります!」
「……まぁ、君に借りがある」
「借りですか?」
「テオが倒れた時に、一目散に私の所に来て教えてくれただろう」
彼が俺の所に教えに来なかったら、エリオが瞬時に理解し行動しなかったら、テオはきっともうここにはいなかったかもしれない。
それに誰かわからないがテオを傷付けた者がいる、ということを知れた。
「もし、本気で落としたいなら……また私の所に来るといい」
そういって、俺は扉を閉めた。
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