おちょまツネさん 鬼火舞う谷

あらゝぎ

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仲睦まじく生きる黒キツネと白リスに危機が

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「キュルルルーッ」
 絹裂くような悲鳴が響き渡りました。狩に出ていた黒キツネでしたが、何故かそのまま遣り過すことができず、一目散に悲鳴の主を探しに駆け戻ります。(ここらで聞こえたような)と、当たりを付けた樫の樹の下には、猟銃を構えたニンゲンがいました。黒キツネほ、気配を消して、ジワジワとすぐ近くまで詰め寄ることができました。ニンゲンは、何やら呟いてます。
「このままボウズじゃ帰れねえって時に、お誂え向きの獲物だ。小さいが、いい値になりそうだ」
 樹の上の葉陰に何やら白い生き物が見え隠れしています。黒キツネは自分でも不思議なのですが(こいつをどうしても助けたい!)という衝動に駆られ、咄嗟にオオカミの鳴き真似を思い付いたのです。
「ウォ、ウォオ~ッ」
 それを聞いて猟師は慌てふためき、その場を後にしたのでした。
「もう大丈夫だぞ。ニンゲンは追っ払ったし、おいらはホントはオオカミなんかじゃねえんだしー」
 声を掛けると、降りてきたのは白いリスでした。助けられたと安堵したのも束の間、目の前にいたのは、どう見てもオオカミです。  
 白リスは大慌てで樹の上に戻りかけました。
「待て! おいらは黒いけど正真正銘のキツネなんだ! それに弱い奴を食ったりなんかするもんか(腹減ってたら食うけど)」
「そ、そうでしたか。こ、この度は助けて下さって、ま、誠にありがとうございました」
 小さな形を一層竦め、礼を述べた白リスの脚からは血が滴り落ちているではありませんか。
「逃げ回っている内に怪我したんだな。おいらの家は直ぐだ。手当てしてやる」
 黒キツネは白リスをそっと銜え、辺りに注意を払いつつ、樫の根方の落ち葉を搔き分け、現われた穴に潜って行きました。
 何と、樹の下は黒キツネの棲み処だったのです。広々とした部屋の奥の、干し草の寝床に白リスはそっと降ろされました。壁に設えられた棚には、葉っぱや液体の入ったガラス小瓶が並べられ、ちょっとした診療所のようです。黒キツネはその内の幾つかを選んで持って来ると、慣れた手付きで治療を始めたのでした。
「これで良し。後は『日にち薬』だ」
「ま、誠に感謝の念に堪えませぬ」
「歩けるだろ? もう帰っていいんだぜ。さっきの枯葉を搔き分けたら地上に出られるからよ。グルリに注意を払ってから出るんだぞ」
 黒キツネがそう言いながら薬草の小瓶などを棚に片付けて戻って来ると、疲れ切っていた白リスは既に寝入っていたのでした。

(フガフガ、何だかいい匂い。ここは何処?)
「よっ、お目覚めかい。腹減ったろ」
 (そうだった。オオカミみたいなキツネに助けられたんだった)
 「ほれよ。美味いぞ」
 目の前に現われた黒キツネの顔と湯気立つスープ椀とを見た白リスは、両の瞳から溢れ出る物を堪えるのに必死でした。
「あのなあ、泣くんなら泣いても構わねえけどよう。熱いもんは熱い内、冷てえもんは冷てえ内に食うもんだって、お袋に言われなかったのか?」
「ヒッ、ヒック。い、いただきます。フー、フーッ。稀少な茸、ヨダレタケのスープだなんて。あ、あなたは何でこんなにも親切なんですか? 私は、い、いつだってこの白い身体を『気味悪い』とかって苛められて、ヒック」
「辛かったろうな。これ迄、随分と酷い目にあってきたんだろうよ」
「わ、分かって、下さるん、ですか」
「分かるさ。おいらも、おんなじだからな」
「?」
「おいらも、黒いのは突然変異っちゅうか」
「一見オオカミ風ですもんね」
「だろ。性格が悪いから付き合えねえとか言われるんなら納得だけど。色が違うからおかしい、とかって、いつも仲間外れさ。自慢じゃねえがトモダチなんていた例しがねえや。ハハ……」
 そう言うと黒キツネは苦笑いしました。釣られて白リスも笑ってしまいました。
「あれ、今、おいら笑ったっけ?」
「ええ、ええ、確かに。ただ少しばかり引き攣った感じではありましたけれども」
「おまえだって、随分とぎこちなかったぞ」
 そこでふたりは顔を見合わせて笑ってしまいました。今度は自然な、お腹の底からの大笑いです。こんなことは初めてです。
 一頻り笑った後で、白リスはスープを平らげました。生まれて初めて自らに向けられた、柔和な眼差しをスパイスとして。
「ごちそうさまでした。誠に誠に美味でありましたなり~」

 その日からふたりは、「おちょま」「ツネさん」と呼び合う仲となりました。「おちょま」には(愛らしい)と言うニュアンスがあり、「ツネ」は勿論キツネからです。これ迄「キモい奴」などとしか呼ばれたことの無いふたりに、初めての温かな呼び名でありました。
 ツネさんは散歩中に可愛い花を見付けると「ごめんよ」と言って手折り、おちょまの頭に飾ってやるのでした。また、ヨダレタケの秘密の群生場所までも教えてやったのです。
 一方、おちょまは料理や掃除をと試みますが、用具が大き過ぎるは重過ぎるはで、難儀しています。その上、脚の怪我は未だに完治せず、ゆっくりとしか動けません。恐縮するおちょまに、ツネさんは言うのでした。 
「一緒にいてくれるだけでいいんだ」
 と。

 穏やかな月日が流れたある日、鈴生りのドングリに目を留めたツネさんが呟きました。
「初めて出会ったのは確か去年の今頃だったよな。てえことは今日辺りが記念日になるのか。それにしても、おまえがニンゲンに見付かった時に居た樹の下が、おいらの塒だったとはな。これが縁ってやつなのかもな」
「お祝いしましょうよ。今日は私が準備しますんでゆっくりしていて下さいな」
 言うや、おちょまは食材の調達に外へ飛び出して行ったのでした。
「思い出のご馳走と言えば、あれなり~」
 おちょまは先達て教わったヨダレタケの穴場を目指します。走ると疼く脚の古傷ですが、ツネさんの喜ぶ顔を思い浮かべると一向に辛くは無いのでした。
「あった、あった、ツネさんの言ってた通りです」
 そこは崖っ縁で、人里へと続く吊り橋の陰となる所です。身軽なおちょまは崖から突き出た木の根に降りるや、さっそく持ってきた袋にヨダレタケを詰め始めます。捥いでは入れ、入れては捥ぐを繰り返していると、突然頭上でニンゲンの声がしました。
「黒キツネめ、もう騙されはせん。あの樫の樹辺りが怪しいと睨んだぞ」
 猟師が、ツネさんとおちょまの棲み処の方へと走って行ったではありませんか。ツネさんに知らせなければなりません。おちょまは急いで戻ることにします。ヨダレタケでいっぱいの袋を背に崖から這い上がろうとしたその時です、脚に激痛が走りました。
「ツネさあぁーんー」
 哀れ、おちょまは深く暗い谷底へと吸い込まれて行ったのでした。
 その頃、ツネさんは何故か胸騒ぎを覚え、居ても立っても居られずに、外に出ておちょまを待ち続けていました。
「記念日だなんて詰まんねえこと言うんじゃ無かったなあ。あいつに余計な気を遣わせちまっ…」
 ズキューーン!
 樫の森に銃声が鳴り響きました。
「お、ちょ、ま、、、」
 ツネさんの最期の言葉でした。
 短い間でしたが、本当に幸せなフタリの暮らしでした。

 暫くすると村人の間では、或る噂で持ちきりになりました。
「最近、谷底で鬼火が二つ舞うそうな」
「よう覗いてみると、黒いキツネと白いリスがヨダレタケを並べて宴の真っ盛りじゃ。それはもう、仲睦まじ気にのう」
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