契神の神子

ふひと

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序章:名無しの少年

6話:「影」の実力

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闇夜に輝く術式陣、満仲は数多の術式を同時展開し、犬麻呂の猛攻をいなしながら舞う。
 犬麻呂は仁王丸の撒く霊符の間を縫い、満仲に更なる猛撃を加える。
 常識を遥かに超える光景の真ん中に、少年はただ一人取り残された。
 刃と刃がぶつかる金属音、術式が発動し爆ぜる轟音が響く。
 満仲の性格無比な斬撃を仁王丸の結界が歪めて逸らし、犬麻呂の刺突が満仲に迫るが届かない。
 この緻密な連携攻撃を紙一重でかわしながら、満仲は犬麻呂に小さなダメージを確実に与え続ける。
 今は互角の展開であるが、その均衡が崩れるのは時間の問題であった。

 ――まずい、このままだと押し切られる!

 脳を高速回転させて打開策を探る。だが、何の術も扱えず、取り立てて身体能力が高い訳でも頭脳が優れているわけでもない少年に出来ることなど無いに等しい。彼にあるのは「再臨」の肩書とわずかばかりの現代知識。そんなもの今は役に立たない。

「一体どうすれば…」

 そんな状況でも満仲は容赦しない。犬麻呂の刺突を軽く回避し、突き出された槍を足場にして空高く飛び上がる。そのまま空中で満仲は一度刀を鞘に収め、居合の構えを取った。

「何か来るぞ!気をつけろ犬麻呂!!」

 仁王丸が叫ぶ。だが、回避は間に合わない。彼女は飛び出し、犬麻呂を突き飛ばした。

「霊術:『護法結界』!」

「契神:「武甕槌タケミカヅチ」:神器『布都御魂ふつのみたま』」

 青白い閃光が闇を照らす。刹那、衝撃波が空を割った。神速の居合に軍神の神器の力が乗った、神話の再現とでもいうべき一撃。斬撃が丁寧に整えられた庭園を抉り、土煙を巻き上げる。

「姉貴!!」
「仁王丸!!」

 土煙の中に蠢く影がある。仁王丸の結界は辛うじて満仲の絶技に対し役目を果たした。

「へぇー。あれを受けて致命傷を避けますか。素直に驚きました。流石「高階之楯」。空間作用の防御結界はお手の物ですね。」

「…陽成院の手先に褒められてもあまり嬉しくない。それに、口惜しいがこれでは受け切ったとは言えまい…」

 仁王丸の右足から血が滴り、彼女の透き通るような白い肌が赤く染まっていく。
 左腕にも傷を得たらしく、衣に血が滲んでいた。
 これでは戦闘を続けることはおろか刀を扱うことも、立っていることさえままならない。
 少年は彼女に駆け寄る。

「大丈夫か…!?」

「足の一本や二本やられたところで死にはしませんよ。…犬麻呂は無事ですね。ですが後どれだけ持つか…」

 状況は依然厳しい。相手の狙いは「再臨の神子」。しかし退避、撃破ともに困難。敗北は時間の問題。

「この野郎ッ!!!」

 仁王丸の負傷により大きく防御力を欠いた犬麻呂。だが果敢に攻撃を続行する。しかし所詮は暖簾に腕押し。悉く回避され有効打は得られない。

「契神:「金山彦カナヤマヒコ」」

 満仲はそう呟くと掌を広げ犬麻呂を迎え撃った。

 直後、一際大きな金属音が高階邸に響く。

 酷く場違いな、爽やかな笑みを満仲は浮かべた。見ると、犬麻呂の槍は満仲の右手に押さえられている。

「やっと捉えました。「高階之矛」の二つ名は伊達ではありませんね」

「クソッ!放せ!」

 だがビクともしない。恐るべき腕力で犬麻呂の槍を捉えている。

「なら、これでッ!」

 犬麻呂は槍を捨てて刀を抜きなお一撃を加えようとする。だが、

「無駄ですよ」

 満仲の左手に刀が触れた瞬間、その刀はまるで硝子が割れるかのように粉々に砕け散った。

「少し寝ていてくださいね?」

「がはァ!?」

 岩をも砕きかねない満仲の鋭い回し蹴りが犬麻呂の脇腹に直撃、犬麻呂の身体が易々と吹っ飛んだ。

「犬麻呂!!」

 犬麻呂はぐったりとして動かない。満仲のダメージ、疲労は見たところ軽微。さすがに負傷した仁王丸一人では分が悪い。まさに絶体絶命――

 ――こうなれば、潔く連行されるしかないのか?だが、アイツは異常だ。殺される可能性だって0じゃない。でも、このままだと犬麻呂さんも仁王丸さんもやられる…どうすれば…

 満仲が天に霊符を撒き、何かを呟いた。霊符は光の塊となり、それらは線で結ばれ、瞬時に術式陣が完成する。

「さて、ここらで終幕ですかね。なかなか楽しかったですよ?」

 ――これは本当にマズい!何か手は…ん?

 ここで少年はあることに気付く。

 ――まず、満仲はわざわざ師忠さんのいないタイミングで現れた。つまり、アイツにとっても師忠さんは脅威である可能性がある、もしくは彼の存在が何かの不都合を引き起こす可能性があるということ。そして、アイツは俺の顔すら知らなかった。更に、再臨の神子は記録自体ほぼ残っていない。つまり、俺の実力を正確に把握している可能性は極めて低い。
 なら、うまくハッタリをかませば時間稼ぎ程度ならできるんじゃ…

 少年は賭けに出た。可能性が限りなく0に近いことーー自分が時間を稼いでいる間に師忠が帰ってくる――が起こるのに賭けたのである。不確定要素しかないもはや策ともいえぬ策。だが、これより他に策は無い。覚悟を決めて飛び出す。

「な、なかなかやるじゃないか、満仲さんよぉ?い、犬麻呂や仁王丸を追い詰めるなんて」

 突然の参戦者に意表を突かれる満仲。だが、その微笑が変わることはない。
 彼は俗にいう戦闘狂。たとえ強敵が出現しようと怯むどころか感情を昂らせる、そういった手合いである。

 だが彼は、非常に優れた状況分析能力と思考力、そして冷静さも兼ね備えている。不明の脅威に不用意に切りかかるような馬鹿ではない。それは今回に限って言えば好都合。

「大人しく同行して下さる気になられた…という訳ではないようですね。はて、貴方はどのようにしてお戦いになるのか興味があります」

 満仲は術式陣を展開したまま少年に語り掛ける。

 ――よし、乗ってきた!ここから話を適当に引き延ばす!

 だが、この少年、特別話が得意な訳ではない。むしろ苦手、いわゆるコミュ障というやつである。
 先ほどの啖呵も噛まずに言えただけで上出来であった。あまりベラベラ喋ろうものならボロが出る。なら、思わしげな台詞を吐いて相手さんに勝手に妄想してもらう位が関の山だ。勿論、その程度の事は計算の内。

「ふん、余裕こいてられるのも今のうちだぜ?お前は俺が「再臨」であることは分かっているんだろ?なら、俺が何が出来るか、何を知っているか分かっているはずだ」

 そんなもの少年にもよく分からない。何が出来るかに関しては殆ど何も出来ないことを自覚している。だがそれは満仲も同じ。警戒心を煽っていけばその分時間を稼げる。

「期待に添えず申し訳ありませんが、全く分かりません。ですが、それも今から確かめていけば良いもの」

 余裕の返答。だがそれは同時に慎重姿勢を取らせるのに成功したことも示していた。少年は更に畳みかける。

「そんな悠長なことしている暇、ホントにあるのか?後何分もしない内に師忠さんが帰って来るぞ?」

 この一言は諸刃の剣である。師忠の存在をちらつかせることで相手の動揺を誘える可能性は高いが、自らに時間制限を設けることになるだけでなく、強硬策を選択させかねない。だが、そもそも彼が稼げる時間などあって数分。それに残された勝機は師忠の帰還しかない。少年は早くも切り札を切った形になる。だが、

「うーん、宰相殿がそれ程早くお戻りになることは考えにくいですね。彼の会談がそれ程早くお開きになることは無いでしょう。どちらかが一方的に話を切らない限り、長い話し合いになる筈ですし、そのために工作もしておきましたから」

 平然と答える満仲。つまり切り札は不発。

 ――しまった!師忠さんの外出まで仕組まれたものである可能性を忘れてた!

 いきなりの詰み。師忠が帰ってこないなら打開策は無いに等しい。だがダメでもともと。
 沸き立つ恐怖心を必死に押さえつけ、なお挑発、時間稼ぎを続けようと試みる。
 だが犬麻呂は未だ起きず、仁王丸も意識が朦朧としてきた。しかも師忠は帰ってこない可能性大。
 この絶望的な状況の打破は不可能といって差し支えない。

――何か他に手は…

 そこで、少年は一つの話を思い出した。それは、満仲とその父経基の生年の矛盾である。記録によると何故か父である経基より子の満仲の方が年上になるというものだ。かなりマニアックな豆知識でどこで役に立つのか分からないものであるが、何故か頭の片隅に残っていた。もしかしたら経基の名前は満仲を動揺させられるかも知れない。

「そ、そうか、なら満仲。経基は今何をしているんだ?お前が出てきて経基が何も動きがないはずはない!」

 当然出まかせである。だが、それで十分。何か効果があればと少年は思ったが―

「…!?貴方、なぜそこで六宮様を。いや、一体どこまで知っている?」

 満仲の反応は想像以上のものであった。彼の微笑は失せ、人をそれだけで殺しかねないような鋭い眼光が少年を射抜く。少年は内心震えあがりながらも勇気を振り絞り挑発を続けた。

「お前たちの動きはすべて知っているさ!師忠さんもそうだろうよ!」

 満仲の表情に初めてほんの僅かばかり動揺が見られた。

 ――いける!

 少年は一気に畳みかける。

「この辺で手引いた方がいいぜ?お前らの目論見はバレてんだ!」

 満仲が不利であるかのように演出し、撤退を促す。しかし、

「…ならもう手段は選べませんね。ああ、そう。仕方のないことです!」

 満仲は少年の言葉に、にこやかな、そしてどこか嬉々とした表情で答え、頭上の術式陣に向かって手を伸ばす。少年は言葉選びを誤った。

 こうした場面で主人公の隠された力が覚醒するなんてことはその手の小説では掃いて捨てるほどある。そしてそれに期待する心が実際のところ少しは少年にはあったが、現実は甘くない。
 その手の感覚が少年に舞い降りてくることはなかった。それ故ハッタリを続けることしか出来ない。

「ふ、ふん!そんな術式では俺に対して発動することも出来ないぞ?「再臨の神子」には通用しない」

 だが、満仲もさすがに少年の下手なハッタリなどとうに見抜いている。少年の戯言にまともに付き合うことすら遂に放棄した。

「そうですか。でもまあ茶番はこのあたりでいいでしょう?あまり手荒な真似はしたくなかったのですが、やむを得ませんね!」

 満仲が少年に対し手を振り下ろせば、術式が発動し、この戦いが終結する。すなわちGame Overだ。

 だがその時、満仲は違和感を覚えたような気がした。とはいえ、さしたる影響は無い。躊躇なく手を振り下ろす。

 ――クソ!満足に時間稼ぎも出来ないのかよ…

 少年は己の力不足を恨み、死を覚悟する。
 次の瞬間、満仲の術式が発動し、少年たちを飲み込んだ。






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