契神の神子

ふひと

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序章:名無しの少年

序章幕間:月下の国つ神

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 南都、平城京。710年、元明帝が遷都し、桓武帝が平安京に遷都するまで84年間存続した旧都。
 35年前に陽成院とその近臣が灼天の神子を擁し、興福寺・東大寺勢力を春日社と協力して撃破、強行遷都を行い再び都となった。現在は往時の輝きを取り戻し、平安京に勝るとも劣らない一大都市である。

 そんな平城京の北端に悠然と立つ宮城、陽成院の御所。
 神代より変わらぬ悠久の月明かりに照らされ荘厳な雰囲気漂うその御所に、狩衣姿の青年が一人。

「陛下、申し訳ありません。「再臨」の連行はかないませんでした」

 満仲は御簾みすの向こうにいる人物に、いつも通りの余裕の表情でそう詫びる。貴方の思うところは分かっていますよ、命令は果たしましたが何か?とでも言いたげなその様子にも、彼は特に気を悪くすることはない。

「それにしては何やら楽しそうな様子であるな。まあ構わん。其方で為しえなかったとあらば責める者もそうはいるまい」

 異様なオーラを放ち、相対するものをひれ伏させるような荘厳な声色。しかし満仲は涼し気な表情を崩さない。

「陛下の寛大な御心に感謝いたします」

 陽成院はふと何か呟く。すると、傍に控えていた齢30後半ほどと見える男が前に進み出、一礼する。この男は源晋みなもとのすすむといい、殿上にて陽成院に殴殺されたとされる源益みなもとのまさるの子である。彼は懐より一枚の紙を取り出し、それをばっと開いて満仲の方を見る。

「さて、陛下が貴方をお呼びになったのは他でもありません。この頃平安京では開戦論が日に日に強くなっております。その中核となるのは摂政藤原忠平ふじわらのただひらの息男、「彩天」藤原師輔もろすけ、そして小野宮おののみや中納言実頼さねよりです。我々はいずれ平安京の朱雀帝と対決しますが、まだ少し準備が足りない。そこで、貴方には陛下の御名の元、敵方の撹乱、そして実頼の暗殺を命じます」

 満仲は少し驚きの表情を浮かべたのち、笑みを浮かべて

「実頼卿を、ですか。なかなか無茶を仰る。」

「無茶であることは陛下もご存知、それ故貴方が選ばれたのです。皇統の簒奪者を誅するためにこの計画は重大な意味を持ちます。期待していますよ」

 晋は神妙な面持ちで満仲を見るが、満仲の方は困り顔で晋を見る。

「そう期待されても困りますが、まあやってみましょう」

 暫しの静寂の後、陽成院が口を開いた。

「晋、少し場を離れよ」

「は」

 晋は席を外し、一礼して退席する。彼が出て行ったのを見届け、陽成院は再び話し始める。

「今回の計画、目的は別にある。大戦の備えなぞ実はとうに整って居るのだ。後は時を待つのみ」

 先ほどの晋の言ったこととは食い違う内容。満仲は怪訝な顔をする。

「仰りたいことがよく分かりませんが?」

 すると陽成院は一度頷き、声を上げる。

六宮ろくのみや

 突如、一陣の風が吹き、庭園の池の水面が揺れた。満仲は驚きの表情を浮かべるも、すぐにそれを収めて目礼する。彼の目の前には、一人の青年が立っていた。

「只今参りました」

 薄橙の髪、紺碧の双眸、凛とした佇まい。
 炊き詰められた香の薫りを漂わせながら、直衣姿の青年は無表情のまま跪く。

「此度の戦はお前の初陣である。「蒼天」の実力を簒奪者どもに見せつけて参れ」

「御意」

 「再臨」を除く七神子のうち、「神裔」に次ぐ格を有する「蒼天」。
今代の蒼天の神子が誰であるかは陽成院派の中でも未だ公とはなっていなかった。
その彼が今ここにいる意味、それを理解し満仲は嘆息する。

「なるほど、貴方はつくづく恐ろしいお方だ」

彼の青年の整った顔立ちを眺めつつ、彼は遠い目をした。 

「自らの御子まで政略の道具としてしまうとは」



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 平城京を南北に貫く朱雀大路すざくおおじ。その平城宮の入り口には都を一望するかのように絢爛たる朱雀門がそびえ立つ。そんな朱雀門の屋根の上に、奇怪な出で立ちの男が一人、足を組んで座っていた。

「まったく、武甕槌タケミカヅチの社を築いておくなんてよくやるね。これも浄御原帝の入れ知恵かな。まあ嫌がらせ以上の効果はないんだけどねぇ」

 右手に見える春日社の森を見やりながらその男は呟く。その男の顔は布で覆い隠され、口元しか見えない。軍服にマント、結われてはいるが肩まで伸びた長い髪。そんな奇怪でこの風景には全く似つかわしくない出で立ちの、見たところ齢20過ぎくらいの男は軽く微笑んだ。

「さて、これは少し想定外だったかなぁ。勿論いい意味でね」

 雲が晴れ、綺麗な満月が見える。男はその月を眺めながら、そうどこか楽しそうに呟く。

「陽成院がこんなに早く動いてくれるなんて展開が早くて助かるよ。「再臨」の彼ならきっともう陽成院を敵と認識してくれただろうし、陽成院が高階を襲撃したとなれば朱雀帝が動かない筈がない。東国の情勢も順調に荒れているし、「回天」の蜂起も少し早まるかもしれないなぁ」

 男は手を広げ、都を遍く照らす月に向かって語り掛けるように独り言つ。

「あと、もう少しなんだ。歯車はもう動き出したよ。全ては僕の思惑通りさ」

 慈しむように、悲しいほどに美しい満月を見つめ、男は呟いた。

「ああ、万事順調だよ。何も心配はない」

 男は再び闇に消え入る。月だけが、全てを照らし続けていた。

















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