リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

文字の大きさ
4 / 80
1 〈隠れ里〉のリアナ

第3話 里の若夫婦と、竜族の結婚のこと

しおりを挟む
 結局、発着場で時間をつぶしすぎたせいで朝食に遅れ、おばさんにはさんざん小言を言われるはめになった。いわく、養い親そっくりの竜バカだとか、女親がいないからこんなにだらしない娘になったんだとか、服に食べこぼしてベリーの果汁がついてるとか。前にもそうやってブラウスをダメにしたなどと、昔のことまで持ち出されるので、リアナは右から左に適当に聞き流している。
「服を脱いで水につけておくんだよ! そうじゃないと、一週間ずっと野イチゴの染みをこすっていなくちゃならなくなるんだから」
 ぷりぷりと怒りながら、そう言い捨てて部屋を出て行く。ぱたんと閉まった扉に向かって、リアナは舌を出した。

 ♢♦♢

 昼食を済ませたあとパン屋に戻ると、おかみのハニが約束どおりドレスを持って待っていた。お礼を言って受け取ったが、リアナはもとよりドレスにはさほど興味がない。それより、身重のハニの手伝いでもしているほうがずっと楽しい。家の手伝いはほとんどしないので、おばさんが見れば嘆くに違いないが、よその家の手伝いはなぜか苦にならないのが反抗期の娘というものかもしれない。

 食器棚の上を片づけて、物置から子ども用品を出してきて、冬用の上かけをベッドにセットして、と頼まれごとをこなすと、リアナは勝手知った台所で二人分のお茶を淹れた。
「助かったよ」
 ハーブティーを受け取って、ハニが言った。「自分でやろうとすると、そりゃあうるさくてね」
 リアナは笑いながら椅子に腰かけた。
「ロッタさん?」尋ねると、うなずきが返ってくる。
「もう五人目なんだから、臨月ってたってなんでもできるって言ってるんだけどね。うちの人は、あの通り過保護だから」
「愛されてるなぁ」リアナが冷やかした。
「ませた口はよしな」
 照れ隠しで、はたく真似をするので、リアナは「きゃあっ」と悲鳴をあげて笑う。お互いにけらけら笑ってから、ハニがふと、
「……おかしなもんだよねぇ、の男ってのはさ」と呟いた。

「え?」口もとを笑ませたまま、リアナ。
「あんたは、ふた親ともの子どもらしいから、ぴんとこないかもしれないけどね」」
 ハニは温かいハーブティーを口に運び、また続ける。
「とにかく、子どもが好きなんだよね。うちの子だけじゃなくて、よその子もさ。……『子どもはこの世の宝だ』とか言っちゃって。若いころからそうだったもんねえ」
「まさか、のろけ話なの?」思わず、顔がにやっとするが、ハニは今度は乗ってこず、ただやわらかく笑った。
「ほんの二、三回だけなのに、できちゃったもんで、あたしは真っ青になったもんさ。ちょうどあんたくらいの娘っこだったんだから。『やばい、しくじっちまった。親父に殺される!』ってね」

「へえー」そう聞くと、がぜん興味がわいてくる。リアナはティーカップを置いて、頬杖をついて続きをせかした。「それで、それで?」
「しかたがないんで打ち明けたら、あの人、なんて言ったと思う?……『たった三回で?! やった! これで君のご父君に結婚の許しがもらえる!』だって!……あたしはもう、ぽかんとしちまったよ。
 喜びいさんであたしの手を引いて、うちにあいさつに来たんだけど、の親父がそんなもん、許すはずないじゃないか、ねえ? 『娘を傷物にしおってから、このトカゲ男が!』っつって、延ばし棒でさんざっぱら殴られてねぇ。その間もあの人、なんで親父が怒ってるのか、まったくわかってなかったんだから。……笑えるだろ?」
「トカゲ男はひどいなぁ。竜族のことなの?」身ぶり手ぶりつきの昔ばなしに、リアナは声をあげて笑った。「でも、結局許してくれたんだ。でしょ?」

「あぁ。あんたも反対されたって産んじまいな。そしたら、こっちのもんだから。孫かわいさに、不出来な娘のことなんて忘れちまうのさ」
「じゃあ、里長さとおさもそんな感じだったのかな? 里長も竜族で、奥さんが人間だから」
「そうそう」ハニも笑った。「あそこは子どもができたのが遅かったんで、ウルカは『二人目の妻をもらう』とかほざいてねぇ。里の女衆おんなしゅからぼっこぼこにされたもんさ。……子どもができたらできたで、喧嘩して嫁さんが出ていこうとした日には『離婚しても子どもは渡さんぞ!』だもんねぇ」

竜族わたしたちには、子どもが生まれにくいって、本当なのかな?」
「どうかねえ。あたしらはこの里しか知らないから、わかんないけど。都のほうじゃ、どうなんだろうね」

 ♢♦♢

 帰り道すがらに、リアナは考えた。

 ロッタと妻のハニは、見た目にはごくふつうのパン屋の夫婦だ。
 が、「隠れ里以外で、彼らのような夫婦に出会うのは珍しい」と養父イニは言っていた。ロッタは竜族、ハニは人間、子どもたちはその混血。隠れ里では、およそ半数ほどの夫婦が竜族と人間の組み合わせで、これは国境沿いにあるからというだけではなく、里の成り立ちに関わる歴史だと聞いたことがある。

 近隣の村から今でも〈隠れ里〉と呼ばれているこの小さな集落は、老竜山オールドドラゴンと呼ばれる連山の山中にあった。その名の通り、老いた竜が骨ばった背を丸めて寝そべっているような形に連なっていて、ごつごつとした岩の多い山々だ。れっきとしたの国だが、南の国境にあり、竜の背の向こうはアエディクラという名をもつ人間の国だった。国境沿いで、かつ交易の要所であって、かつては凄惨な戦争があった土地として知られている。現在も建前上は戦争状態にあるのだが、もう十五年以上大きな戦は起こっておらず、住民同士の行きかいも多かった。

 かつて、竜族と人間との戦争が起こった際に、本隊から切り捨てられて逃げてきた竜族の男たちが人間の村に受け入れられ、ともに暮らしたという来歴を持つ。人が行き来するのに向かず、農業にも不適で、岩場の荒れ地に慣れた山羊を飼うのがせいぜいの土地だから、隠れ住むにはもってこいだったのだろう。戦後、竜族の国の領土となったが、いまでも人間と竜族がともに暮らし、竜の繁殖で生計を立てている、特殊な集落だった。

 リアナは一家のことに思いをめぐらした。

 妻で母親のハニが人間なのは、一家にとってさいわいと言えただろう。一般的に人間のほうが身体が強く、多産で、さらに異種族間の出産にも耐性があると言われているからだ。銀髪に青い目をした夫のロッタは、里以外の人間の女性から見れば「夢で見る王子様のような」美貌だという――が、竜族ではごくありふれた容貌だし、長い職人修行とハニの料理のおかげで体型も変わり、もはや若いころほど人間ばなれしては見えなかった。
 竜族はその美しい容貌のまま、人間の四、五倍の寿命を生きると言われているが、一般に病弱で、特に国境では寿命を全うしないものが多かった。ロッタは竜族にしては頑健だったから、その意味でも夫婦は幸運に恵まれていた。

『生きている間は、われわれ竜族は若く美しい。だがそれだけだ。竜族でも、人間でも、死ぬときには死ぬ。長寿種の竜族が、いつでも人間より長生きとは限らない』
 養父はそう言っていた。
 だからこそ、竜族と人間が触れ合う里には意味がある。限りある生を、大切な人と幸せに過ごすこと――それが、イニのシンプルな人生哲学だった。リアナにとって、ロッタとハニの夫婦は、その言葉を体現する存在でもある。

(竜族でも人間でも、いつか、運命の人だと思えるような人と出会えたらいいな――この二人みたいに)

 ライダーになりたい、というような具体的な夢ではないが、それは、リアナのもうひとつのまだぼんやりした夢と言えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

処理中です...