24 / 80
4 森に落ちて
第20話 落ちた二人と、人さらい
しおりを挟む
――ガサガサッ……
枝が大量に折れて、葉がこすれる音が聞こえたと思った。予想した衝撃は、しかしはるかに少なかった。夕暮れの薄闇のなかであたりを見まわすと、なにか固いものが下敷きになっている。固いが、適度に弾力があるそれが苦し気にうめいた。
「――デイミオン!」
あわてて飛びのくと、青年からまたうめき声が漏れた。長衣《ルクヴァ》や革の鎧も含め、衣服はかわいそうなほどぼろぼろになっていたが、それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。デイミオンが下敷きになってくれたおかげとはいえ、リアナのほうは打ち身のひとつもない。二人とも、あの高さから落ちたにしては奇跡といっていいだろう。もっとも……
(落ちる前の、あの感覚)
まるで頭上に引っぱり上げられるような、あの感覚が、落下のスピードを緩めてくれたような気がする。一瞬のことではっきりとは思い出せないが――
はっと思いついて、胸もとにしまっていた仔竜をひっぱり出した。あれほどの乱降下があったにもかかわらず、レーデルルはすぽんと顔を出すと「ぴい」と元気に鳴いた。まあ、古竜は人間よりも頑丈にはできている。
(まさか、おまえが?……)
疑問をはっと打ち消す。(デイミオンのほうが先だわ)
養い親にならった通りに、名前を呼びながら両肩を強く叩いて意識を確認した。意識障害と麻痺がないかの確認だ。デイミオンは、貴族らしからぬ獣のようなうめき声で答えた。意識はあるようだ。
さらにケガの個所を確認しようとすると、「……おい」と低い声が返ってきた。
「落ちたのか、俺たちは?」
目は閉じたままだが、声ははっきりしている。リアナはほっとして「うん」と答えた。「どこか痛む?」
「荷運び竜にさんざん踏まれたように痛い」不機嫌きわまりない、といった声が返ってくる。うっすら目を開けると自分の腕に触れ、「おい、骨が折れてるぞ」と文句を言った。骨はともかくとして、頭ははっきりしているようなので、リアナはちょっとだけ安心した。
「アーダルから振り落とされたんだよ。森のほうに戻ってきちゃったみたい。木が多かったから助かったけど……これからどうしよう?」自問自答する調子になる。
「デイミオンは動かせないし。フィルたちが見つけてくれるまで待つのがいいよね」
話しかけたが、答えは返ってこなかった。
さっきのデーグルモールたちが森にまぎれ込んでいるかもしれない、と考えると怖くなる。残酷だが、フィルたちが全員を討ち取ってくれていることを祈りたくなってしまう。……が、首を振ってやめにした。最悪のときには、さらに最悪のことを考えなければいけないとイニは言っていた。それに、里の襲撃のあとでは、たとえ考えるだけでも人の死を願いたくはなかった。
(たった二人、しばらく隠れられるはず)
なんとかそれだけを考えて、近くの茂みまでデイミオンを引きずっていく。昼のはずなのにずいぶん暗いのは、雨が降りかけているせいらしかった。
リアナは天を仰いだ。アーダルたち古竜の力で、人為的に広範囲の炎を生み出している。そのことが、天候に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。
薄暗いハリエニシダの茂みのなか、震える手でデイミオンの吐息を確かめた。手の甲に温かい息がかかる。返答がないのは、単に気を失っているだけなのだと確認できた。
(大丈夫、生きてる。熱が出てるのは左腕の骨が折れてるせい。水を飲ませて、添え木をするのよ。イニに習ったとおりに)
リアナは中腰になり、茂みの外へ這いだした。
(でも、もしもっとひどいケガがあったら? あばら骨が折れて内臓に刺さっていたら、大変なことになる)
どうしよう。何から手をつけたらいいのかわからない。
リアナは嗚咽が出そうになるのをこらえて、情けなくデイミオンの元に這い戻った。
生まれて十六年間をずっと過ごしてきた隠れ里が襲撃され、唯一の生き残りとなったのが昨日の朝だ。それまでの安穏とした生活が奪われ、王だ王太子だなどという理解しがたい別の道へ連れていかれようとしている。
けれど、そのたった一日でさえ、フィルとデイミオンの助けがなければ生き延びられなかっただろう。たった一人で何かに立ち向かったことなど、一度もなかったことに気がついてしまった。
(それでも、やらなくちゃいけないのに……)
ぼろぼろになった鎧の前半分を外し、胴着の上からそっと手のひらを押し当てた。太い首、厚い胸板、引き締まった腹部。が、骨折がはっきりしている左腕以外ではデイミオンのうめきが漏れることはなかった。リアナは安堵のあまり涙が出そうになっていることに気がついた。竜騎手《ライダー》としてできることはまだなにひとつないが、イニに習ったことは少しは役立つはずだ。
(……でも、よかった)
ケガはそれほど重くない。今、眠ってしまっているのは、アーダルに呼びかけ続けた疲れもあるのに違いない。むやみに動いたり、動かしたりせず、茂みに隠れて迎えを待とう。アーダルには主人の居場所がわかると聞いていたが、当の本人が意識を失っても有効なのだろうか? じっと待つにしても、この場所は夜には冷えそうだ。雨が降らないといいが。騎竜のための分厚いコートで間に合うだろうか?……
安堵のせいだろうか。やるべきことを考えているうちに、リアナは眠気を覚えはじめた。襲撃からの緊張の糸が切れはじめているのかもしれない。
どれくらい経っただろうか。
ぽつ、ぽつ、とかすかな雨音が聞こえる。デイミオンにコートをかけなくては、と頭の片隅で思う。
「ほーら、ディッパー。やっぱりいただろ? 十ギル寄越せよ」
人の声……ついで、舌打ちの音が聞こえる。
「剣だけだと思ったんだがなぁ。本体もいやがったか。……まあいい、収穫だな」
うとうとしはじめていたリアナは、はっと目を見開いて飛び起きた。誰かに見つかった!
「おっ、女もいるぜ」
デイミオン、と呼びかけようとしたときには、もう遅かった。
♢♦♢
次に目を開けたとき、リアナの目にまっさきに映ったのは炎だった。宵闇の色を青く薄める、大きなオレンジの火が生き物のように揺れている。ぱちぱちと爆ぜるおだやかな音が耳に届く。一瞬、すべてが夢だったのではないかと思い――空中から落ちたことも、アーダルの暴走も、フィルの鬼神のごとき戦いぶりも、なにもかも――手首に食い込んだ縄の感覚で、すぐに現実に引き戻される。
デイミオンは気を失ったまま、手だけではなく胴にも足にも縄をかけて転がされていた。
「痛っ……」
つぶやいて体の傾きを立て直そうとすると、近づいてくる数本の足が見えた。
「おお、お目覚めかい、お嬢さん」
かがみこんで顔を覗き込まれる。整った顔立ち、銀の髪は竜族に間違いない。が、服装はどちらかというと人間風だ。たてがみのような銀髪をところどころ、赤い石と一緒に編み込んでいる。日焼けして傷の多い顔には、油断ならない表情が浮かんでいた。リアナのあごをつかんでぐっと上向かせると、しげしげと眺める。
「よーく顔、見せてくれ。……ふうん、こりゃやっぱり竜族の女かな? 金髪はまぁ、人間にもいるが、目の色がな」
リアナが黙ったままでいると、男はあごをつかんだ手に力を込める。「ほれ、どっちだよ、お嬢ちゃん。聞かれたことには素直に答えるもんだぜ。痛い思いすんのは、お互い嫌だろう?」
(わたしは、どっちの娘にも見える。竜族にも、人間にも)
〈里〉の住人は、竜族にも人間にも見える者が多かった。
まったく異なる種族のように言われる両者だが、里に混じって暮らしていれば、外見の違いは実はそれほど大きくはない。リアナはその典型だった。
少なくとも、この男には区別がつかないのだ。これを利用できるだろうか?
「……人間よ」
もしも、あのデーグルモールたちが自分を探すなら、最初にリストに挙げるのは竜族の娘だろう。もっとも、すでに顔は見られてしまっているので、嘘をつくメリットはないかもしれない。だが――
『相手の情報をかく乱させるために、陳腐な嘘はいつでも有効だ。少なくとも時間を稼ぐ役には立つ』
イニはそう言っていた。そして、もし相手に信じさせたい嘘があるなら、それは真実という布でくるんで出すのだ、とも。
「竜族のお坊っちゃんに、人間の女か」男は訳知り顔にうなずいた。
「かわいそうになぁ。……嬢ちゃん、あんた、騙されてるよ。このおきれいな顔にさ」
そういうと立ち上がり、炎のそばから料理の皿をもってきて、隣に座った。「ほれ、食うかい」
(騙されてる? きれいな顔に? なんのこと?)
このときは、男が言ったことの意味が理解できなかった。
リアナはまた一瞬考え、首を横に振った。まだおびえたままだと思わせておいたほうがいいと思ったのだ。
「あーあ、またお頭のビョーキがはじまったよぉ」
炎のすぐ横に陣取っていた別の若者が冷やかした(この男も竜族の顔立ちだった)。「女にゃ、すーぐ同情すんだから……」
「まぁ女は大事だよな」隣の無骨そうな男が言った。
「そこだけはどうしても、あいつらのやり方には慣れねぇよ。犯して殺して、火つけて、なんざ……女がいなかったら、だれが子どもを産んでくれんだ、なぁ? いくら人間の女つっても……」
背筋が寒くなるような話を、なんでもないことのように言う。お頭、と呼ばれた銀髪の男が、にっと笑った。
「あいつらのセリフ、聞いたろ? あんたもまあ、こんなとこで足止め食って不運だったけど、そこだけは安心していいぜ。竜の男は女を大事にする。人間みたいに、犯して殺したりはしねぇよ」
優しい声でいい、皿につっこんだ木の匙を舐めた。
「ま、子どもは産んでもらうかもしれねぇけどな!」さらに別の男が言って、ぞっとするような声で笑った。「あんただって悪かないだろ?人間の街には、竜族の男を買う場所があるって言うじゃねぇか……」
どっと笑い声が漏れた。下卑た笑いだった。
(結局、同じなんだ、人間の男たちと)
隠れ里が襲撃されたときのことを、嫌でも思い出さないわけにはいかなかった。ほんの小娘のリアナにでもわかる。
(顔がきれいで、殺すほどのことはしない、と口にしているだけで。それだって本当かどうかわからない)
あのときは、フィルが助けてくれた。でも今は離れ離れだ。デイミオンはいるが、むしろ自分が彼を助けなければいけない立場だろう。
泣いている暇はない。どうすればいいのか、考えなくては。
枝が大量に折れて、葉がこすれる音が聞こえたと思った。予想した衝撃は、しかしはるかに少なかった。夕暮れの薄闇のなかであたりを見まわすと、なにか固いものが下敷きになっている。固いが、適度に弾力があるそれが苦し気にうめいた。
「――デイミオン!」
あわてて飛びのくと、青年からまたうめき声が漏れた。長衣《ルクヴァ》や革の鎧も含め、衣服はかわいそうなほどぼろぼろになっていたが、それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。デイミオンが下敷きになってくれたおかげとはいえ、リアナのほうは打ち身のひとつもない。二人とも、あの高さから落ちたにしては奇跡といっていいだろう。もっとも……
(落ちる前の、あの感覚)
まるで頭上に引っぱり上げられるような、あの感覚が、落下のスピードを緩めてくれたような気がする。一瞬のことではっきりとは思い出せないが――
はっと思いついて、胸もとにしまっていた仔竜をひっぱり出した。あれほどの乱降下があったにもかかわらず、レーデルルはすぽんと顔を出すと「ぴい」と元気に鳴いた。まあ、古竜は人間よりも頑丈にはできている。
(まさか、おまえが?……)
疑問をはっと打ち消す。(デイミオンのほうが先だわ)
養い親にならった通りに、名前を呼びながら両肩を強く叩いて意識を確認した。意識障害と麻痺がないかの確認だ。デイミオンは、貴族らしからぬ獣のようなうめき声で答えた。意識はあるようだ。
さらにケガの個所を確認しようとすると、「……おい」と低い声が返ってきた。
「落ちたのか、俺たちは?」
目は閉じたままだが、声ははっきりしている。リアナはほっとして「うん」と答えた。「どこか痛む?」
「荷運び竜にさんざん踏まれたように痛い」不機嫌きわまりない、といった声が返ってくる。うっすら目を開けると自分の腕に触れ、「おい、骨が折れてるぞ」と文句を言った。骨はともかくとして、頭ははっきりしているようなので、リアナはちょっとだけ安心した。
「アーダルから振り落とされたんだよ。森のほうに戻ってきちゃったみたい。木が多かったから助かったけど……これからどうしよう?」自問自答する調子になる。
「デイミオンは動かせないし。フィルたちが見つけてくれるまで待つのがいいよね」
話しかけたが、答えは返ってこなかった。
さっきのデーグルモールたちが森にまぎれ込んでいるかもしれない、と考えると怖くなる。残酷だが、フィルたちが全員を討ち取ってくれていることを祈りたくなってしまう。……が、首を振ってやめにした。最悪のときには、さらに最悪のことを考えなければいけないとイニは言っていた。それに、里の襲撃のあとでは、たとえ考えるだけでも人の死を願いたくはなかった。
(たった二人、しばらく隠れられるはず)
なんとかそれだけを考えて、近くの茂みまでデイミオンを引きずっていく。昼のはずなのにずいぶん暗いのは、雨が降りかけているせいらしかった。
リアナは天を仰いだ。アーダルたち古竜の力で、人為的に広範囲の炎を生み出している。そのことが、天候に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。
薄暗いハリエニシダの茂みのなか、震える手でデイミオンの吐息を確かめた。手の甲に温かい息がかかる。返答がないのは、単に気を失っているだけなのだと確認できた。
(大丈夫、生きてる。熱が出てるのは左腕の骨が折れてるせい。水を飲ませて、添え木をするのよ。イニに習ったとおりに)
リアナは中腰になり、茂みの外へ這いだした。
(でも、もしもっとひどいケガがあったら? あばら骨が折れて内臓に刺さっていたら、大変なことになる)
どうしよう。何から手をつけたらいいのかわからない。
リアナは嗚咽が出そうになるのをこらえて、情けなくデイミオンの元に這い戻った。
生まれて十六年間をずっと過ごしてきた隠れ里が襲撃され、唯一の生き残りとなったのが昨日の朝だ。それまでの安穏とした生活が奪われ、王だ王太子だなどという理解しがたい別の道へ連れていかれようとしている。
けれど、そのたった一日でさえ、フィルとデイミオンの助けがなければ生き延びられなかっただろう。たった一人で何かに立ち向かったことなど、一度もなかったことに気がついてしまった。
(それでも、やらなくちゃいけないのに……)
ぼろぼろになった鎧の前半分を外し、胴着の上からそっと手のひらを押し当てた。太い首、厚い胸板、引き締まった腹部。が、骨折がはっきりしている左腕以外ではデイミオンのうめきが漏れることはなかった。リアナは安堵のあまり涙が出そうになっていることに気がついた。竜騎手《ライダー》としてできることはまだなにひとつないが、イニに習ったことは少しは役立つはずだ。
(……でも、よかった)
ケガはそれほど重くない。今、眠ってしまっているのは、アーダルに呼びかけ続けた疲れもあるのに違いない。むやみに動いたり、動かしたりせず、茂みに隠れて迎えを待とう。アーダルには主人の居場所がわかると聞いていたが、当の本人が意識を失っても有効なのだろうか? じっと待つにしても、この場所は夜には冷えそうだ。雨が降らないといいが。騎竜のための分厚いコートで間に合うだろうか?……
安堵のせいだろうか。やるべきことを考えているうちに、リアナは眠気を覚えはじめた。襲撃からの緊張の糸が切れはじめているのかもしれない。
どれくらい経っただろうか。
ぽつ、ぽつ、とかすかな雨音が聞こえる。デイミオンにコートをかけなくては、と頭の片隅で思う。
「ほーら、ディッパー。やっぱりいただろ? 十ギル寄越せよ」
人の声……ついで、舌打ちの音が聞こえる。
「剣だけだと思ったんだがなぁ。本体もいやがったか。……まあいい、収穫だな」
うとうとしはじめていたリアナは、はっと目を見開いて飛び起きた。誰かに見つかった!
「おっ、女もいるぜ」
デイミオン、と呼びかけようとしたときには、もう遅かった。
♢♦♢
次に目を開けたとき、リアナの目にまっさきに映ったのは炎だった。宵闇の色を青く薄める、大きなオレンジの火が生き物のように揺れている。ぱちぱちと爆ぜるおだやかな音が耳に届く。一瞬、すべてが夢だったのではないかと思い――空中から落ちたことも、アーダルの暴走も、フィルの鬼神のごとき戦いぶりも、なにもかも――手首に食い込んだ縄の感覚で、すぐに現実に引き戻される。
デイミオンは気を失ったまま、手だけではなく胴にも足にも縄をかけて転がされていた。
「痛っ……」
つぶやいて体の傾きを立て直そうとすると、近づいてくる数本の足が見えた。
「おお、お目覚めかい、お嬢さん」
かがみこんで顔を覗き込まれる。整った顔立ち、銀の髪は竜族に間違いない。が、服装はどちらかというと人間風だ。たてがみのような銀髪をところどころ、赤い石と一緒に編み込んでいる。日焼けして傷の多い顔には、油断ならない表情が浮かんでいた。リアナのあごをつかんでぐっと上向かせると、しげしげと眺める。
「よーく顔、見せてくれ。……ふうん、こりゃやっぱり竜族の女かな? 金髪はまぁ、人間にもいるが、目の色がな」
リアナが黙ったままでいると、男はあごをつかんだ手に力を込める。「ほれ、どっちだよ、お嬢ちゃん。聞かれたことには素直に答えるもんだぜ。痛い思いすんのは、お互い嫌だろう?」
(わたしは、どっちの娘にも見える。竜族にも、人間にも)
〈里〉の住人は、竜族にも人間にも見える者が多かった。
まったく異なる種族のように言われる両者だが、里に混じって暮らしていれば、外見の違いは実はそれほど大きくはない。リアナはその典型だった。
少なくとも、この男には区別がつかないのだ。これを利用できるだろうか?
「……人間よ」
もしも、あのデーグルモールたちが自分を探すなら、最初にリストに挙げるのは竜族の娘だろう。もっとも、すでに顔は見られてしまっているので、嘘をつくメリットはないかもしれない。だが――
『相手の情報をかく乱させるために、陳腐な嘘はいつでも有効だ。少なくとも時間を稼ぐ役には立つ』
イニはそう言っていた。そして、もし相手に信じさせたい嘘があるなら、それは真実という布でくるんで出すのだ、とも。
「竜族のお坊っちゃんに、人間の女か」男は訳知り顔にうなずいた。
「かわいそうになぁ。……嬢ちゃん、あんた、騙されてるよ。このおきれいな顔にさ」
そういうと立ち上がり、炎のそばから料理の皿をもってきて、隣に座った。「ほれ、食うかい」
(騙されてる? きれいな顔に? なんのこと?)
このときは、男が言ったことの意味が理解できなかった。
リアナはまた一瞬考え、首を横に振った。まだおびえたままだと思わせておいたほうがいいと思ったのだ。
「あーあ、またお頭のビョーキがはじまったよぉ」
炎のすぐ横に陣取っていた別の若者が冷やかした(この男も竜族の顔立ちだった)。「女にゃ、すーぐ同情すんだから……」
「まぁ女は大事だよな」隣の無骨そうな男が言った。
「そこだけはどうしても、あいつらのやり方には慣れねぇよ。犯して殺して、火つけて、なんざ……女がいなかったら、だれが子どもを産んでくれんだ、なぁ? いくら人間の女つっても……」
背筋が寒くなるような話を、なんでもないことのように言う。お頭、と呼ばれた銀髪の男が、にっと笑った。
「あいつらのセリフ、聞いたろ? あんたもまあ、こんなとこで足止め食って不運だったけど、そこだけは安心していいぜ。竜の男は女を大事にする。人間みたいに、犯して殺したりはしねぇよ」
優しい声でいい、皿につっこんだ木の匙を舐めた。
「ま、子どもは産んでもらうかもしれねぇけどな!」さらに別の男が言って、ぞっとするような声で笑った。「あんただって悪かないだろ?人間の街には、竜族の男を買う場所があるって言うじゃねぇか……」
どっと笑い声が漏れた。下卑た笑いだった。
(結局、同じなんだ、人間の男たちと)
隠れ里が襲撃されたときのことを、嫌でも思い出さないわけにはいかなかった。ほんの小娘のリアナにでもわかる。
(顔がきれいで、殺すほどのことはしない、と口にしているだけで。それだって本当かどうかわからない)
あのときは、フィルが助けてくれた。でも今は離れ離れだ。デイミオンはいるが、むしろ自分が彼を助けなければいけない立場だろう。
泣いている暇はない。どうすればいいのか、考えなくては。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる