65 / 80
7 ふたたび、ケイエへ
第37話 激突 1
しおりを挟む
紺色の夜空を背景に、炎はオレンジに明るく燃えあがる。ごうごう、ぱちぱちという炎の音と、遠くでかすかに人々の怒号が聞こえてくる。燃えあがる小屋を背にして、黒っぽい影がいくつか動いていた。炎のゆらめきで、鷺《サギ》のような形をした頭部が浮かびあがったのを見て、リアナは心臓が止まるかと思った。間にはさまれた小さな影が子どもだろう。悪夢のなかの影絵のような集団が、火の手を離れて東門へ移動しようとしている。
これは夢、悪い夢だ……
目の前の光景がぼやけて、夢と現実があいまいになりかけている。心臓が別の生き物のように激しく鼓動をはじめた。
みんな殺されて、全部燃やされて……
興奮と恐怖がないまぜになって襲いかかるのを、思いきり自分の頬を平手して防いだ。
(だめ――なんのために、ここまできたの!? しっかりしなきゃ!)
敵は、隊列からすこし離れて、まず古竜が一柱。アーダルと同じ漆黒の身体が、炎にあかあかと反射してきらめく。火を生んでいるのは、間違いなく黒竜だった。すぐそばに不気味な仮面の兵士がもう二人見える。隊列と合わせ、五、六人だ。
ピーウィがシューッという威嚇の音をたてた。リアナを乗せたまま、地面すれすれを疾走する。
「デーグルモール」
リアナは口のなかでつぶやき、意識を一気に足もとへとめぐらせた。消火のために使ったのはさっきがはじめてなのに、竜の力はすでに当たり前のように彼女のなかを占領しはじめている。水脈の支流は真下にある。自分の血液と同じくらい、どくどくと波うつ感覚がわかった。意識の手をのばしてつかみ、水圧を利用して一気に引きあげ、手の動きと同時に放った。
目の前ではじけた水柱に驚き、デーグルモールたちの隊列がみだれた。ピーウィはリアナを背にのせたまま、ためらいなく隊列に突っ込んでいく。まともに顔に受けた兵士の一人がうしろ向きに倒れこみ、腰の位置にいた子どもが悲鳴をあげて駆けだした。
「ピーウィ!」
飛竜はスピードを落とさない。大人の顔の高さに、尻尾をムチのようにふるってひと薙ぎした。衝撃で、二人が同時に倒れる。そのすきに、リアナは腰にさげていた拳大の布袋を取りはずした。袋のなかには粗めの砂が詰めてある。里では『袋棒』という単純な名前で呼ばれている簡易武器で、飛ばし器などとともに、畑を荒らす小さな害獣を殺すのに使ったりする。剣どころかナイフの扱いもあやしいから、これくらいしか携帯用の武器を思いつかなかったのだ。
とはいえ、里で『ノウサギ六匹殺しのリア』と呼ばれた腕前は飾りじゃない。しかも、人間はノウサギよりも的が大きいうえに動きも遅いときている。こちらが飛竜のうえで不安定なのが難しいけれど――
袋についた紐を軽く振って勢いをつけ、横向きにすれ違いざま、さらに手首を返してから次の一人の顔面に叩き込んだ。ずしゃっ、と重い手ごたえがある。
――これで、四人。
もう一人は跳ぶように背後に避け、思いっきり投げつけた袋もかわされてしまった。男は首に下がった笛を鳴らした。すぐには聞き取れないほどかすかだが、竜を呼ぶ竜笛だ。
不死者たちの竜がどこかに待機しているのだ。おそらく、東門の外?
ピーウィが速度をゆるめたタイミングを見はからって、リアナは地面に飛びおりた。
「あっちに走って! 逃げて!」勢いあまってよろけながら、子どもたちに向かって力いっぱい手で示す。だが、デーグルモールたちのほうが、それよりも動きが早い。子どもたちを飛竜に乗せる速度は、ほとんど落ちることがなかった。
やはり、半死者というのは嘘ではないのだ。顔面に砂袋を叩きつけられて、ふつうの竜族がなにごともないかのように動きつづけられるはずがない。
黒竜のそばにいたデーグルモールが腕を突きだした。力を放つ方向を手で示していることは、経験でわかった。そろえた指の先が、リアナを指している。
(水を――)
もう一度、とリアナも手をのばす。
「殿下――ッ!!」
水が湧きあがってくるよりも早く、複数の声が彼女を呼んだ。
これは夢、悪い夢だ……
目の前の光景がぼやけて、夢と現実があいまいになりかけている。心臓が別の生き物のように激しく鼓動をはじめた。
みんな殺されて、全部燃やされて……
興奮と恐怖がないまぜになって襲いかかるのを、思いきり自分の頬を平手して防いだ。
(だめ――なんのために、ここまできたの!? しっかりしなきゃ!)
敵は、隊列からすこし離れて、まず古竜が一柱。アーダルと同じ漆黒の身体が、炎にあかあかと反射してきらめく。火を生んでいるのは、間違いなく黒竜だった。すぐそばに不気味な仮面の兵士がもう二人見える。隊列と合わせ、五、六人だ。
ピーウィがシューッという威嚇の音をたてた。リアナを乗せたまま、地面すれすれを疾走する。
「デーグルモール」
リアナは口のなかでつぶやき、意識を一気に足もとへとめぐらせた。消火のために使ったのはさっきがはじめてなのに、竜の力はすでに当たり前のように彼女のなかを占領しはじめている。水脈の支流は真下にある。自分の血液と同じくらい、どくどくと波うつ感覚がわかった。意識の手をのばしてつかみ、水圧を利用して一気に引きあげ、手の動きと同時に放った。
目の前ではじけた水柱に驚き、デーグルモールたちの隊列がみだれた。ピーウィはリアナを背にのせたまま、ためらいなく隊列に突っ込んでいく。まともに顔に受けた兵士の一人がうしろ向きに倒れこみ、腰の位置にいた子どもが悲鳴をあげて駆けだした。
「ピーウィ!」
飛竜はスピードを落とさない。大人の顔の高さに、尻尾をムチのようにふるってひと薙ぎした。衝撃で、二人が同時に倒れる。そのすきに、リアナは腰にさげていた拳大の布袋を取りはずした。袋のなかには粗めの砂が詰めてある。里では『袋棒』という単純な名前で呼ばれている簡易武器で、飛ばし器などとともに、畑を荒らす小さな害獣を殺すのに使ったりする。剣どころかナイフの扱いもあやしいから、これくらいしか携帯用の武器を思いつかなかったのだ。
とはいえ、里で『ノウサギ六匹殺しのリア』と呼ばれた腕前は飾りじゃない。しかも、人間はノウサギよりも的が大きいうえに動きも遅いときている。こちらが飛竜のうえで不安定なのが難しいけれど――
袋についた紐を軽く振って勢いをつけ、横向きにすれ違いざま、さらに手首を返してから次の一人の顔面に叩き込んだ。ずしゃっ、と重い手ごたえがある。
――これで、四人。
もう一人は跳ぶように背後に避け、思いっきり投げつけた袋もかわされてしまった。男は首に下がった笛を鳴らした。すぐには聞き取れないほどかすかだが、竜を呼ぶ竜笛だ。
不死者たちの竜がどこかに待機しているのだ。おそらく、東門の外?
ピーウィが速度をゆるめたタイミングを見はからって、リアナは地面に飛びおりた。
「あっちに走って! 逃げて!」勢いあまってよろけながら、子どもたちに向かって力いっぱい手で示す。だが、デーグルモールたちのほうが、それよりも動きが早い。子どもたちを飛竜に乗せる速度は、ほとんど落ちることがなかった。
やはり、半死者というのは嘘ではないのだ。顔面に砂袋を叩きつけられて、ふつうの竜族がなにごともないかのように動きつづけられるはずがない。
黒竜のそばにいたデーグルモールが腕を突きだした。力を放つ方向を手で示していることは、経験でわかった。そろえた指の先が、リアナを指している。
(水を――)
もう一度、とリアナも手をのばす。
「殿下――ッ!!」
水が湧きあがってくるよりも早く、複数の声が彼女を呼んだ。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる