23 / 58
1 雪と灰のなかの婚姻
凍りつく世界のなかで ③
しおりを挟む
扉に手をかけると、簡単には開かないことがわかった。金属のノッカーが冷えきっている。空気中の水分が凍って、扉の隙間を閉じてしまっているのだ。デイミオンは手に力を込め、アーダルの炎を吹きつけた。ぽたぽたと水が漏れ、あっという間に床が水浸しになった。足を踏んばってさらに力を込めると、水が泡立って蒸発し、湯気となってあたりに広がる。腹に力を入れたせいなのか、氷が融けていくとともに、傷の痛みが激しくなった。薬が切れてから痛みだしていた傷口が、いよいよ開いてしまったのではないかと思うほどの激痛だった。
兵士たちの叫びが聞こえたが、黒竜大公はかまうことなく扉を押し開けた。中からは一瞬、すさまじい冷気が漏れたが、デイミオンがなかに姿を消すと扉が閉まり、あたりには静けさが広まった。
部屋のなかは冬の王国のようだった。すべてが白くきらめいていて、そのせいで広さの見当がつかなくなっている。なにもかもがうっすらと雪で覆われているようで、窓もタペストリーも家具も、本来あるはずのものがほとんど存在感をなくしていた。雪が降り、ものが凍るときの、ささやくような音が聞こえる。空気を吸い込むと、傷ついた肺がしびれるほど冷たかった。デイミオンは荒く息をつき、彼女を探した。
「入らないで」
部屋の奥から、あるかなきかの声がした。デイミオンはよろめきながら近づく。床が凍っているせいで滑り、無様に転ぶさまは、〈黒竜大公〉と呼ばれる青年とは思えなかった。立ちあがり、腹部をおさえてうめき、また近づく。吐きだされた息が、白い煙のようにたなびいては消えた。
「来ないで……」
床の一部が盛りあがって鋭い氷柱となり、彼の行く手を阻んだ。かまうことなく前に進む。氷柱が結晶のように花開くなかに、彼女がいた。
キィンと高い音が響き、氷の剣が風を切って迫ってきた。デイミオンは避けなかった。アーダルの炎が、それを一瞬で白いもやに変えるさまを、リアナの灰色の目がぼんやりと追った。
デイミオンは彼女だけを見ていた。その異形の姿を。
髪はもつれたまま凍り、白かったはずのドレスは灰色に薄汚れている。だがそれよりも、露出した肌のほぼすべてを覆う、呪われた樹木のような黒い紋様が目を引いた。唇が拒絶の形に動いたが、そのときにはもう彼の腕のなかに閉じ込められていた。
「リアナ」
彼女とともに、なかば床にくずおれるようにしながら、何度も名前を呼んだ。「大丈夫だ、もう大丈夫だから……」
なにが大丈夫なのか自分でもわからなかったが、ただ、そう繰りかえした。
二人はそのまま、しばらく無言で抱きあっていた。イーゼンテルレの、あの温室の輝きはどこにもなく、二人とも傷ついて、ぼろぼろだった。海に投げ出され、溺れないように互いにしがみついているかのような抱擁だった。
兵士たちの叫びが聞こえたが、黒竜大公はかまうことなく扉を押し開けた。中からは一瞬、すさまじい冷気が漏れたが、デイミオンがなかに姿を消すと扉が閉まり、あたりには静けさが広まった。
部屋のなかは冬の王国のようだった。すべてが白くきらめいていて、そのせいで広さの見当がつかなくなっている。なにもかもがうっすらと雪で覆われているようで、窓もタペストリーも家具も、本来あるはずのものがほとんど存在感をなくしていた。雪が降り、ものが凍るときの、ささやくような音が聞こえる。空気を吸い込むと、傷ついた肺がしびれるほど冷たかった。デイミオンは荒く息をつき、彼女を探した。
「入らないで」
部屋の奥から、あるかなきかの声がした。デイミオンはよろめきながら近づく。床が凍っているせいで滑り、無様に転ぶさまは、〈黒竜大公〉と呼ばれる青年とは思えなかった。立ちあがり、腹部をおさえてうめき、また近づく。吐きだされた息が、白い煙のようにたなびいては消えた。
「来ないで……」
床の一部が盛りあがって鋭い氷柱となり、彼の行く手を阻んだ。かまうことなく前に進む。氷柱が結晶のように花開くなかに、彼女がいた。
キィンと高い音が響き、氷の剣が風を切って迫ってきた。デイミオンは避けなかった。アーダルの炎が、それを一瞬で白いもやに変えるさまを、リアナの灰色の目がぼんやりと追った。
デイミオンは彼女だけを見ていた。その異形の姿を。
髪はもつれたまま凍り、白かったはずのドレスは灰色に薄汚れている。だがそれよりも、露出した肌のほぼすべてを覆う、呪われた樹木のような黒い紋様が目を引いた。唇が拒絶の形に動いたが、そのときにはもう彼の腕のなかに閉じ込められていた。
「リアナ」
彼女とともに、なかば床にくずおれるようにしながら、何度も名前を呼んだ。「大丈夫だ、もう大丈夫だから……」
なにが大丈夫なのか自分でもわからなかったが、ただ、そう繰りかえした。
二人はそのまま、しばらく無言で抱きあっていた。イーゼンテルレの、あの温室の輝きはどこにもなく、二人とも傷ついて、ぼろぼろだった。海に投げ出され、溺れないように互いにしがみついているかのような抱擁だった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる