リアナ3 約束の王国

西フロイデ

文字の大きさ
33 / 58
2 エスケープ

エスケープ ⑦

しおりを挟む
 街に下りたのはどれくらいぶりになるのだろう。査察と称して隣の男と楽しく街歩きをしたような記憶があるのは、どうやらリアナのほうだけらしい。フィルはいかにも非番の兵士のていで彼女を小突くふりをしながら、さっさと歩を進めていく。
 城下街だから、夜もそれなりに賑やかだ。裏通りに入ると、急に目の前の扉がばんと開いて、大量の笑い声とフィドルの音とともに男女がなだれ出てきてリアナはびくっとした。いかがわしいお店というやつだろうか。
 繁華街を通り過ぎ、フィルは城下街の中心近くの館の前で足をとめた。てっきりすぐにでも街の外に出るものと思っていたリアナは面食らったが、迷いのない足取りで通用口に向かう青年のあとを小走りでついていく。夜も更けているのに、あたりには数人の男たちがたむろしており、門番とおぼしい男の一人は別の男たちと賭けカードをやっている様子だ。門の近くには幌をかけた馬車があり、数名はそこに樽や荷物を運びいれていた。館の外装は美麗で、高位の役人か商人のものだろうとリアナは推測した。そしてこの荷物。やはり商人だろうか?

「ヴェスランに伝えてくれ」フィルが門番に小金を握らせながら言った。「れ谷の鷲獅子グリフォンが水場を探していると」
「あいよ」明らかな暗号文に動じることなく、門番は館へ入ると、しばらくしてから二人を館のなかへ通した。
 こんな時間に起きている商人なんて、まっとうな仕事でないのは間違いなさそうだ。リアナは警戒してあたりを見まわしたが、フィルは安心させるような笑顔を作った。
 豪華に装飾された応接ホールを通り過ぎた。天井が高く、壁には空色のビロードの布が下げられ、タペストリーがあちこちに飾られている。惜しみなく蝋燭が灯された部屋は明るく、ふかふかのクッションがのったやわらかそうな椅子やカウチが並んでいた。低いテーブルの上には、銀製の瓶やグラス、菓子の載ったトレイが置かれている。

 結局、真夜中だというのにほとんど待つことなく、館の主人が現れた。
 室内履きの音をぱたぱたと響かせながら応接間に入ってきたのは、中背のがっしりした男だった。腹回りには貫禄があるが、筋肉質な体格であまり商人らしくは見えない。服装は部屋着というよりは派手な外出着のようで、エメラルドグリーンの派手なジャケットと、腰回りの膨らんだ流行のズボンを身に着けていた。つかつかとフィルに近寄っていくと、二人は前腕をぶつけあって再会の挨拶をした。
「隊長」男は顔をほころばせた。「やさぐれた若獅子が、立派になったものですな。真夜中にコソ泥のように友の家を訪れるとは」
「涸れ谷の野ネズミほどの出世はしていないさ。こそこそと夜に動き回って、どうせ起きているだろうと思っていた」
 悪口の応酬のようだが、二人のあいだにはもっとリラックスした雰囲気があった。
 フィルが彼女を紹介をするよりも先に、男が深々とお辞儀をして名乗った。
「手前はコーリオと申しまして、誠実で正直な取引だけが取り柄のしがない商人でございます。王都で毛皮をあきなっておりまして」
「あなたの名前はヴェスランでは?」
「それは、昔の名前ですよ」男の笑みが深くなった。「まったく、人を不愉快にさせる名人でしてね、このお人は。誰があの泥まみれの時代を思い出したいと言うんです? ねえ?」
 それでリアナにも合点がいった。この男は、かつてフィルが率いていた師団の兵士の一人なのだ。おそらくは、その過酷で絶望的な戦争を生き延びたことで、彼らのあいだには固いきずながあるのだろう。
 適当な偽名でも使うのかと思っていたが、フィルはさしあたってリアナを紹介するつもりはないらしい。また、男もそれを疑問に思っているふうでもなかった。商談相手を安心させるような満面の笑みを浮かべて、こう言った。


「今日は商談中にちょっとしたハプニングが相次いでね、夕食を取りそびれているんですよ。取っておかせていますから、よければ一緒にいかがですか? うちのコックが焼くラム肉はとびきりうまいですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...