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第2章 拡散性トロンマーシー
第9話:拡散性トロンマーシー・5
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新東京電子スポーツセンターが燃え上がる。
尽きた命を燃料に、火炎がフロアを疾走する。全階を満遍なく走ったところで巨大な爆発音。屋上の床を突き破り、巨大なキャンプファイヤーが噴き出した。
華々しく燃え盛る炎は暗く冷え込んだ冬の夜街では一層目立つ。炎が唸る声、何かが誘爆して弾ける音。十数メートル離れた雑居ビルの上でさえ、ガスコンロに手をかざしたような強烈な熱気が全身を包む。
冬の乾いた風に乗って焦げた臭いも漂ってくる。焦げた料理が放つ湿った臭気とは違う、火炎そのものの爽やかさ。夏の炎天下から青春とかスポーツとかいうポジティブな要素を全て抜き取ったような感じ。
「燃えるね~。今日の試合そっくり」
「私たちが巻き込まれなかったところもな。天嶮ならともかく、可燃ガスに火を付けただけでこんなに燃えるのか。ゲームと違って誘爆する爆薬があるわけでも無いだろうに」
「ちょうどよくガスが建物に回ったんだろうね~。白花さんって変なところで運が良い人だったし」
「自分の死体がよく焼けるのはラック寄りのイベントか?」
「あは、攻撃判定としてはフルバリューでしょ。撤収は済んでたとはいえ、何人かは巻き込まれてるだろうしね」
「間違いなくツバメやツグミの自殺より大きく取り上げられるだろうな。放火爆破事件として」
「ビル管理システム周りの不正アクセスは黒華ちゃんの方かな? 黒華ちゃんなら古いビルの中央管理システムをハックするコードくらいは簡単に作れただろうし、ひょっとしたらガスの回り方まで込みでコントロールするくらいはやってたかも」
「皇姉妹の妹の方か。そういえばブラックハッカー出身でプロゲーマー界に入ってきたんだったか」
「白花さんは機械には疎かったし、本当の原因は黒華ちゃんのプログラムの方かもね」
「プログラムは道具だよ。悪意と意志の持ち主はそれを実行した白花だ」
軽くコートをはたいていると、自動運転の消防車が駆けつけてきた。
消防隊員の代わりに自動制御の放水台が展開する。人工知能が火元を自動認識して照準を構える。狙いを定め、水流のように消火剤を噴出する。機械が放つ白い消火剤は僅かな乱れもなく、太い糸のように夜空を疾駆する。
自動防犯防災システムがパッケージングされて主要都市に配備されたのはもう二つ三つ前の世代のことになる。街には様々な不調に駆けつける自動運転車両を収める車庫が点在し、非常事態にはこうして最適な車が走ってきて人々を守ってくれるのだ。
「この消火機構でさえ、結局は誰かの意志が背後にある。誰かがアクティベーションキーを押して初めて何かが起こる。絡まった因果の連鎖を辿れば本当に致命的なボタンを押した誰かに必ず辿り着く」
「そんなの辿って喜ぶのは裁判官と不動の動者くらいだよ。白花さんの遺言じゃないけど、もうちょっとアバウトに向き合ってもいいんじゃないかな。カレンダーさえ見なければ今日はクリスマスかもしれないし、薄目で見ればわりとドラマチックだよ。街中で燃え上がる炎は夜に昇る太陽、というよりは文明にぽっかり空いたブラックホール?」
「知り合いの死体を四体も燃料にしていなければ、私もそういうロマンチックなことを言えたかもしれないが」
「あは、確かに。でもそんなことを知らない街の人たちにとっては、やっぱりこれも一つの祝祭なわけだよ」
屋上から街を見れば、爆発音に誘われた人々が建物の窓からぽつぽつと顔を出している。ほとんどの人がスマホを構えているが、火事を肴に同居人と語らう人もいる。
その表情はどこか一様にうっとりしていて、慌てたり逃げ出したりする者はいない。本当の緊急事態の場合は、防災防犯パッケージの一つとして配置されている爆音のサイレンが鳴り響くからだ。今のところサイレンは鳴っていない、つまり、この火事はそう大事にはならずに鎮火すると自動防犯システムが判断しているのだ。
そもそも窓から律儀に顔を出している人自体が数軒に一人くらいでしかない。自宅でヘッドマウントディスプレイを被れば仮想空間で仕事からレジャーまでこなせるようになったこの御時世、それもこの時間帯ならば大抵の人は家にいるはずだ。窓すら開けない大勢の人たちはきっと火事に見向きもせず家の中で仮想空間にダイブしているのだろう。サイレンが鳴っていない以上、VR機器の警報装置も作動していないはずだ。
「野次馬してない人はゲームだか映画だかに夢中なのかな。勿体ないね~、こんな火事なんてめったに起きないんだから見とけばいいのに」
「気付いた上で見ないのかもしれないな。こんな火事なんて、仮想空間で適当な街のアセットを作って火を付ければいくらでも体験できる」
「そっちの方がエキサイティングだったりするしね。リアルを超えた創造を目指すクリエイターの皆さんの努力で」
「おかげでもうゲーマーの出る幕じゃない。早く帰ろう、私たちの家に」
尽きた命を燃料に、火炎がフロアを疾走する。全階を満遍なく走ったところで巨大な爆発音。屋上の床を突き破り、巨大なキャンプファイヤーが噴き出した。
華々しく燃え盛る炎は暗く冷え込んだ冬の夜街では一層目立つ。炎が唸る声、何かが誘爆して弾ける音。十数メートル離れた雑居ビルの上でさえ、ガスコンロに手をかざしたような強烈な熱気が全身を包む。
冬の乾いた風に乗って焦げた臭いも漂ってくる。焦げた料理が放つ湿った臭気とは違う、火炎そのものの爽やかさ。夏の炎天下から青春とかスポーツとかいうポジティブな要素を全て抜き取ったような感じ。
「燃えるね~。今日の試合そっくり」
「私たちが巻き込まれなかったところもな。天嶮ならともかく、可燃ガスに火を付けただけでこんなに燃えるのか。ゲームと違って誘爆する爆薬があるわけでも無いだろうに」
「ちょうどよくガスが建物に回ったんだろうね~。白花さんって変なところで運が良い人だったし」
「自分の死体がよく焼けるのはラック寄りのイベントか?」
「あは、攻撃判定としてはフルバリューでしょ。撤収は済んでたとはいえ、何人かは巻き込まれてるだろうしね」
「間違いなくツバメやツグミの自殺より大きく取り上げられるだろうな。放火爆破事件として」
「ビル管理システム周りの不正アクセスは黒華ちゃんの方かな? 黒華ちゃんなら古いビルの中央管理システムをハックするコードくらいは簡単に作れただろうし、ひょっとしたらガスの回り方まで込みでコントロールするくらいはやってたかも」
「皇姉妹の妹の方か。そういえばブラックハッカー出身でプロゲーマー界に入ってきたんだったか」
「白花さんは機械には疎かったし、本当の原因は黒華ちゃんのプログラムの方かもね」
「プログラムは道具だよ。悪意と意志の持ち主はそれを実行した白花だ」
軽くコートをはたいていると、自動運転の消防車が駆けつけてきた。
消防隊員の代わりに自動制御の放水台が展開する。人工知能が火元を自動認識して照準を構える。狙いを定め、水流のように消火剤を噴出する。機械が放つ白い消火剤は僅かな乱れもなく、太い糸のように夜空を疾駆する。
自動防犯防災システムがパッケージングされて主要都市に配備されたのはもう二つ三つ前の世代のことになる。街には様々な不調に駆けつける自動運転車両を収める車庫が点在し、非常事態にはこうして最適な車が走ってきて人々を守ってくれるのだ。
「この消火機構でさえ、結局は誰かの意志が背後にある。誰かがアクティベーションキーを押して初めて何かが起こる。絡まった因果の連鎖を辿れば本当に致命的なボタンを押した誰かに必ず辿り着く」
「そんなの辿って喜ぶのは裁判官と不動の動者くらいだよ。白花さんの遺言じゃないけど、もうちょっとアバウトに向き合ってもいいんじゃないかな。カレンダーさえ見なければ今日はクリスマスかもしれないし、薄目で見ればわりとドラマチックだよ。街中で燃え上がる炎は夜に昇る太陽、というよりは文明にぽっかり空いたブラックホール?」
「知り合いの死体を四体も燃料にしていなければ、私もそういうロマンチックなことを言えたかもしれないが」
「あは、確かに。でもそんなことを知らない街の人たちにとっては、やっぱりこれも一つの祝祭なわけだよ」
屋上から街を見れば、爆発音に誘われた人々が建物の窓からぽつぽつと顔を出している。ほとんどの人がスマホを構えているが、火事を肴に同居人と語らう人もいる。
その表情はどこか一様にうっとりしていて、慌てたり逃げ出したりする者はいない。本当の緊急事態の場合は、防災防犯パッケージの一つとして配置されている爆音のサイレンが鳴り響くからだ。今のところサイレンは鳴っていない、つまり、この火事はそう大事にはならずに鎮火すると自動防犯システムが判断しているのだ。
そもそも窓から律儀に顔を出している人自体が数軒に一人くらいでしかない。自宅でヘッドマウントディスプレイを被れば仮想空間で仕事からレジャーまでこなせるようになったこの御時世、それもこの時間帯ならば大抵の人は家にいるはずだ。窓すら開けない大勢の人たちはきっと火事に見向きもせず家の中で仮想空間にダイブしているのだろう。サイレンが鳴っていない以上、VR機器の警報装置も作動していないはずだ。
「野次馬してない人はゲームだか映画だかに夢中なのかな。勿体ないね~、こんな火事なんてめったに起きないんだから見とけばいいのに」
「気付いた上で見ないのかもしれないな。こんな火事なんて、仮想空間で適当な街のアセットを作って火を付ければいくらでも体験できる」
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