ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第3章 栽培ガール

第11話:栽培ガール・2

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 傘式の豆電球に照らされる五十畳ほどの広い部屋の中には太い柱が何本も立ち並んでいる。キッチンからベッドからクローゼットまでが一つの部屋に押し込まれ、まるでワンルームをそのまま拡大コピーしたような内装だ。生活スペースはこの巨大な部屋一つしかない。

「あ~、なんかちょっと嫌な臭いがしてたんだよね~。ガスの臭いでも付いちゃったかな」

 屋内に入るや否や、立夏が自分の左目に手を伸ばした。そのまま目の中に指を無造作に突っ込んでいく。
 視界を覆う花弁の根本を超え、眼球と眼窩の間にある狭い隙間に細い指先をグリグリ押し進め、身体の内側で眼球をしっかり掴む。僅かに顔を顰めると、天を仰いで指先を上方に引っ張っていく。見開いた目から真球の目玉がずるずると露出していく。遂にそれはスポンと抜け、その奇妙な物体が裸電球の下に晒された。

「どう? なんか変な臭いしない?」

 立夏が彼方に手渡してくるそれは、まるで冬虫夏草のようだ。丸い眼球に大きな花が根を張って元気に直立している。花はただ単に眼球に付着しているだけではなく、その内部へと細い根を満遍なく張り巡らせていた。目玉の内側からは茶色い糸のような根っこが僅かにはみ出している。つまり、立夏の眼球には生花が寄生しているのだ。
 眼球を取り除いた今、立夏の左目がある場所にはただ落ち窪んだ肉の赤い空洞しかない。立夏が返答を待って彼方を見つめているのではなく、見つめているような顔の位置で向かい合っているだけだ。眼球が無い以上、決して目そのものが合うことはない。花があろうが無かろうが立夏の左目は彼方を見ない。そして彼方だって立夏の左目を見られない。

「いや……私にはそんな感じはしない。よくわからない」
「そっかあ~、犬みたいに鼻が利く彼方ちゃんがわからないなら気のせいかな~」

 確かに人の何倍も鼻が利く彼方だが、匂いを嗅ぐのが恥ずかしくて適当に答えてしまった。彼方の手元に残された眼球は僅かに潤っている。眼窩から吸った水分で鮮やかな花弁が展開しているが、朝にセットしていたときよりは少しだけ萎れている。これが好きな女の子の身体の一部だったと思うと、何かセンシティブなものを感じないでもない。喩えるなら一日付けていた下着の臭いを嗅ぐような気恥ずかしさがある。
 立夏は壁際にある大きな箪笥の引き出しを開けた。その中には色とりどりの花々が整列している。端から順に赤、橙、青、紫。色や咲き具合が少しずつ異なる花弁が三十本ほども敷き詰められている。多種多様な色がグラデーションを伴って並び、引き出しの中で綺麗な虹色を作っていた。
 立夏はその中の一つ、僅かに赤みがかった花を摘まんで持ち上げた。それもやはり、さっき立夏が目から引き抜いた眼球と同じつくりをしている。直径一センチ強の球体に花が根を生やしているのだ。

 立夏は新しいピンクの花を眼窩に押し込んだ。僅かに身体を震わせ、コンタクトレンズでも付け替えるかのように数回パチパチと瞬きすると花は目に馴染んだようだ。

「いつも思うが、それは痛くないのか?」
「ぜんぜん。元々空いてる部分に入れるだけだから、むしろ無い方がスースーして落ち着かないかな~」

 立夏の左目は義眼だ。
 外向きのプロフィールとしては派手な造花風の眼帯をアクセサリーとして着用していることになっているが、それは嘘だ。これは正真正銘の生花だし、目から直接生えている。
 要するに、眼窩のスペースで花を水耕栽培しているのだ。焼いた粘土のような人工土をポリアミド製の逆浸透膜に包んだ義眼を作り、そこに肥料や水分を適切な比率で含ませたうえで種を植えれば、小さな花を眼窩で育てられる。義眼に植えられた花は立夏の眼窩内から水分を吸ってみずみずしさを保つ。リソースの奪取を伴う生物の共存を寄生と呼ぶならば、水分を立夏から奪う花は立派に立夏に寄生していると言える。
 この「義眼花」が立夏の唯一の趣味だった。別に信仰告白や精神的な病ではなく、立夏の美的センスが反映された純粋な趣味。概ね理知的な立夏が行う唯一明らかな奇行であり、彼方の「自殺癖」に比肩する。
 誰から見ても奇異なファッションではあるが、プレイヤーを象徴するわかりやすいアイテムがあった方が芸能マネジメントとしても都合が良いらしい。もちろん立夏の造花アクセサリも売り出しており、高級路線の彼方グッズに比べて安価なアイテムとして需要があるとマネージャーの桜井さんが言っていた。

「お~、けっこう育ってるかも。新しい肥料も上手くいったかな」

 立夏が引き出しをいくつも開けて中を覗き込んで確認する。
 立夏が改造を施した箪笥はさながら一つの研究所と化しており、無数のチューブや試験管が取り付いて何かの袋や計器と繋がっていた。立夏はプロゲーマーとしての収入のほとんどをこの義眼花の研究につぎ込んでいる。
 少し背伸びをして引き出しの一番上の段を開けた。ここには主に水分が貯蔵されており、濾過された水道水の他にも肥料を溶かしている黄色い液体やよくわからない緑っぽい液体が輸血袋のようなビニールにいくつも入っていた。その中でも、立夏は一際赤い液体の入った袋を持ち上げた。数本繋がったチューブが一緒に持ち上がってズルズルと床を引き摺られる音を立てた。

「だいたい五百ミリリットルか~。なんか、今日はいつもより血の量が多いね。体調は大丈夫かな?」
「特に問題ないと思う。能天気なメモ書きもあったし」
「それならいいけどね~」

 赤い液体が入った輸血袋の先には背の高い点滴台が繋がっている。それは決してインテリアの類ではなく、全く想定通りの用途で使われている正規の医療用品。
 つまりこの赤い液体は正真正銘の血液であり、ここで寝ている一人の女性から採取しているものなのだ。

「ただいま、姉さん」
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