ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第4章 上を向いて叫ぼう

第19話:上を向いて叫ぼう・7

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 両手を掲げた立夏が視界に映る。その手にはヘッドマウントディスプレイが握られている。
 一度だけ瞬きして状況を把握する。彼方が被っていたヘッドマウントディスプレイを立夏がいきなり引き抜いたのだ。
 そしてプラスチック製のコンベアが敷かれた床が鉄板のように熱されていることに今初めて気付いた。

「何だこれは」
「さあ? 熱くて起きたらこうなってたけど」

 周囲は炎に包まれていた。
 そこら中に赤と橙が踊っている。身体が熱い、全身を熱に照射されている。
 傍らにかけたトレンチコートをすぐに身体に巻き、立夏をコートの中に抱き抱えた。コートには断熱機能があるとはいえ、それでも顔や手先は焙られているように熱い。こんな事態に気付かなかったのが信じられないが、ゲーム内で自殺していたせいで五感が狂っていたのかもしれない。没入というのも考え物だ。
 無線ヘッドフォンを外すといよいよ周囲一帯から炎が吹き荒れる音がした。ゲーム内で聞き覚えのある音。いつものように火災源を特定しようと耳を澄ます。彼方の聴力なら大抵の音源は方角と距離をすぐに特定できるはずだが、それには意味がないことがすぐにわかった。
 炎は全方角、全距離で燃えているからだ。耳の届く範囲全てでの大火災。周りが燃えているというより、奇跡的にこの家屋だけがまだ辛うじて完全には燃えていないと言った方が正しい。
 立夏が彼方の腕の中から頬を思い切りつねった。ギューッと掴んで引っ張り、視線を右側に向けさせる。その先には一際輝く火の柱が立っていた。煙を吸い込まないように姿勢を低くしたままでもよく見える。
 ゲームで鍛えた彼方と立夏の空間把握能力はその火柱の座標を正確に弾き出した。

「あそこ、新東京電子スポーツセンターだね~」
「まさか白花の放火がここまで燃え広がったのか? 消火機構すらも焼き尽くして? 有り得ないだろ、ここは自然林ステージじゃないぞ」
「でもそう考えるしかないんじゃないかな~。状況証拠があるならしょうがないって。白花さんの自殺が物理的に火を放って、黒華ちゃんのプログラムが電子的に防災システムを焼き払ったんだろうね」
「あのバグ姉妹、どこまで終わってるんだ! 死んだあとまで」
「そんなことより、それ何?」

 立夏が今度は目線を左下に下げた。彼方もそれを追う。
 彼方の手の下にはあの虹色のボタンがあった。それは火の粉や塵を全て押しのけて最前面に表示されている。横から舐めるように吹き出す炎もすぐボタンの後ろに隠れてしまう。描写順序が完全に狂っている。前とか後ろとかいう概念が機能しない。
 彼方は空中に指を滑らせて身体の右側あたりをタップしてみる。これはゲーム内ではメニュー画面を呼び出すショートカットだが、もちろんパネルなんて出ない。
 当たり前だ。ここは現実世界であってファンタジスタの世界ではないのだから。

「ファンタジスタのエスケープキーだ」
「それは見ればわかるけど~。なんで今ここにあるのって話。工作して作った?」
「私が誤って出現させてしまったのかもしれない。ファンタジスタで押そうとして、そのまま現実世界に持ち越してきてしまった?」

 VAISはこう言った。だと。その意味を彼方は今正しく理解した。
 このボタンはファンタジスタの機能などではなく、彼方自身が保有して世界を超越して使用できるスキル。ゲーム世界だろうが現実世界だろうが彼方はこのボタンを押せてしまう。ローチカが匙を投げ、VAISが終末器インデックスと呼んだこのボタンを。
 そして彼方の手は既に押し下げられていた。

「立夏、まずいことになった」
「それって今大火事で死にかけてることよりまずいこと?」
「圧倒的にまずい、比較にならない。この家から私たちが脱出するとかしないとかいう話はもう終わった。この世界そのものが今から滅びる」
「いきなりやばい厨二病?」
「私が黒歴史を一つ作るくらいで済めばどれだけ良かったかと思うよ」

 夜空を見上げて彼方は溜息を吐いた。案の定、世界の終わりの始まりを目視したから。
 夜空に浮かぶ全ての星が太陽のように強烈な光を放って燃えていた。炎が点と点を結び、火の橋が星座を描くように星々の間を結んでゆく。カシオペア座から地球に向かって炎が流れてくる。
 この世界にある全ての星は今から燃え尽きる。もちろん地球も含めて。宇宙に及ぶ大火災のトリガーを引いてしまったのは彼方だ。白花のささやかな放火にあてられて、彼方の終末器がこの宇宙に火を放ってしまった。
 ようやく死の実感が彼方の背筋を駆け上った。しかし、それはゲーム内で自殺するときの感覚と大差ない。何度も覚えのあるものだ。
 この死が全く不本意ではないと言えば嘘になるが、ただ今日は自殺するには悪くない日ではある。日本選手権に優勝したのだし、少なくとも数年スパンで見ればちょうど目標を達成したタイミングではあるのだ。

「たぶん私は終わらせる世界を間違えたんだ、ごめん」
「私はもうどうでもいいよ。義眼花が燃えちゃったからね。そんで彼方ちゃんは死に慣れてるしね。そんなことより、これって次はどうなるのかな~」
「次?」
「だってこれってエスケープキーでしょ。ファンタジスタの世界を離脱して現実世界に戻ってたボタン。じゃあ、現実世界でこれを押したら次はいったいどこに戻るんだろうね?」
「……」

 VAISの言葉が正しければ、ファンタジスタで終末器を押したときにゲーム世界が閉じて彼方が離脱していたのも終末器の機能によるものだ。ファンタジスタのシステムではなく終末器の方に、それが押された世界を強制終了して次の世界へと彼方を転移させる能力がある。
 だとすれば、この現実世界が強制終了されたとき、次に彼方が目覚めるのはどこになるのだろうか。
 遂に星座を結ぶ炎が地球にも到達した。地表は全て火に覆われ、陸も海も蒸発し尽して、数億年かけて発展してきた世界中の生態系と文明を燃料に変えた。この宇宙は暗黒空間をやめて火炎の海となる。もはや誰も生き残らない、何も残らない。

 燃え盛る炎の中でこの現実が終わる。しかし、現実世界とは一体どこのことだった?
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