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第4章 上を向いて叫ぼう
第18話:上を向いて叫ぼう・6
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言いながら、彼方はもうアセットから拳銃を取り出していた。
デフォルトで銃弾が込められていることを確認してすぐに先端を口に咥える。いつものゲームではたいてい残った武器や地形を流用するが、何でも使えるなら素直に殺傷力の高い拳銃を使うのが一番手堅い。決勝戦では拳銃自殺が未遂に終わった鬱憤を晴らしたい気持ちもある。
「別にいいけどよ。ここではゴア表現のロックは何も設定してないぜ」
「それもまた彼方サンの暴力と想像力デス。存分にドウゾ」
別に許可を得る必要はなかったな、と思いつつ彼方は引き金を引いた。パンという乾いた音がワールド全体に響く。
視点が大きく震えたあとは空に向かって投げ出され、身体が水平になったと思ったところで地面に触れて再び衝撃が走る。それで終わり。
周囲からは劇的に見えるらしいが、自殺者の視点などむしろ地味なものだ。痛覚のフィードバックなどあるはずもないので特に痛くもない。
空を仰ぐ視界をVAISとローチカが上から覗き込んでくる。
「あたしが言うのも何だけどよー、目の前で見ると思ったよりエグい」
「ワタシはこのくらいでいいと思いマス。暴力にはリアリティが必須デス」
「そりゃリアリティは追求したいが、なんつうかこう、露骨に露悪的なのは違うんだよな」
二人の改善会議を聞きながら、彼方は首を横に向けて手を上下させた。例のボタンを探すためだ。やはりそれはすぐ血の海の中に見つかった。
いつも通り、虹色のボタンは血を押しのけて最前面に表示されていた。何度見ても存在感というか、存在の様式自体が他と全く違う。描画順序を無視し、血だまりが光を反射して赤黒く光る上でボタンは虹色に光り輝いている。彼方はいつも通りにボタンに向けて手を伸ばす。
だが、そこでローチカが怪訝な声を発した。
「それ、なんだ?」
「何って、強制終了ボタンのようなものだろう」
彼方は倒れたままで応答する。死体が喋っているように見えるだろうが、アバターには関係のないことだ。
「ワールドから離脱したいプレイヤーがただちに世界を閉じるエスケープキーみたいなもの。少なくとも私はそう理解しているしその用途で使用している」
「あたしが聞いてるのは機能の説明じゃねえよ。それ、どうやって作った?」
「私は何も作っていない。初めて触ったときからオプションとして存在していた」
「は?」
「うん?」
話が噛み合わない。ローチカの疑問の意図が汲めない。そもそもシステムにおいて彼方が理解できて開発者のローチカが理解できないことなどあるはずもないのだ。
ローチカはボタンに顔を近付けて眉を潜める。難しい表情のまま、再び黒いコンソールを手元に出して猛烈なスピードで入力を開始する。膨大なログが雪崩のように上から下へと流れていき、ローチカの目玉は瞬きせずにその全てを追う。
「そのボタン、機能上のインターフェイスが一つもねえな。認識だけは辛うじてされてるみてえだが、あたしの権限ですらタッチできねえ。それに描写順序が壊れてんのもわけわからん」
「このボタンはデフォルトで実装されている隠し機能的なものだと思っていたが」
「あたしが知らねえデフォルト機能があるわけねえだろ。あたしはてっきりあんたがパフォーマンス用に作ったんだと思ってたよ。試合に影響の出ない範囲でのアクセサリMODはアバター装飾の延長として認められてたろ?」
「私は何も設定していない。そもそも今パッと見ておかしいなら、試合を観戦していて気付かなかったのか?」
「あたしはゲーマーじゃなくてプログラマだ。自分が実装したもん以外にゃそこまで興味がねえ。それにセキュリティ周りの検知機能に引っかかれば流石に気付くんだ。今まであたしが気付いてないってことは、このボタンはそういうシステムの枠組みを全部スルーしてシステムに介入できるレベルのオブジェクトだ」
「次元鉄道と同じように?」
「そうだ。あんたが嘘を吐いているとは思わねえが、あたしが見る限りではVAISと同レベルのクラッキングとしか言えねえな」
「んふふ、お二方ともお困りのようデスネ。育んだ友情の証に、ヒントくらいは上げてもいいデス」
隣でやり取りを聞いていたVAISが、もはや堪えきれないとばかりに口を挟んできた。
いつも機嫌の良さそうな口元が今は更に悪戯っぽく猫のように歪んでいる。何か大切な秘密を明かすとき、誰も知らないことを話すとき、それで誰かを驚かせるとき、ドッキリの種でも明かすときのようなワクワクした表情と勿体ぶった口調でVAISは続けた。
「これはファンタジスタの機能ではありまセン。純粋にワタシたち自身が持つスキルなのデス。ワタシたちがファンタジスタで使用すればゲームの機能のように見えるだけデス。ワタシの『次元鉄道』も、彼方サンの『終末器』も」
「何が言いたいのか知らないが、変な能力名を付けないでくれないか。私はロールプレイングゲームのキャラクターじゃない」
「ノン! まさしくキャラクターなのデス。だって、彼方サンとワタシは生身のままでゲームキャラと戦えるのですカラ。これだってローチカサンの想定の範囲外のはずデス」
「あ? 生身だと?」
ローチカが不信の声を上げると、VAISは空中をタップして自分のオプション画面を呼び出した。動作補正を選択する数値は0%のままグレーアウトしている。彼方と同じ状態だ。
それをローチカが確認している横で、VAISは地面に落ちている小さな歯車を蹴り上げた。上に跳ねた歯車を目がけてVAISは地面を蹴る。
鮮やかな三段蹴りが空中を上るように駆けていき、三メートルほども上方にある歯車を蹴り飛ばす。歯車は地平の彼方まで吹き飛んでいった。片足でトンと着地したVAISが自慢げに笑う。
「嘘だろ? 人間が素でそんな動き出来るわけねえだろ、常識的に考えて。つーか逆だよ、生身でできねえから補正プログラムがあんだよ」
「でも出来マス。彼方サンもまあ、死にかけてなければ出来マス。ワタシたちには現実世界か仮想世界かなんて関係ありまセン。ゲームでも小説でも映画でも漫画でも夢でも妄想でも魔法でも、どんな世界でもワタシたちにとっては同じデス。それが本質、世界を貫く存在者の本質、『貫存在』の本質デス。さあ押してくだサイ、いつものように!」
「よくわからねーが、やるってんならあたしも見せてもらおうか」
VAISが捲し立てて唆す。ローチカも今はしゃがみ込んで興味津々の顔でボタンが押される瞬間を見逃すまいと彼方の手に顔を近付けていた。
これは個人的な儀式であって他人に煽られたような形になるのは癪だが、いずれにせよ彼方に押さないという選択肢はない。いつものように手がボタンの上に吸い寄せられていき、あとは少し力を入れるだけで……
「彼方ちゃん!」
そこで映像が切れた。
デフォルトで銃弾が込められていることを確認してすぐに先端を口に咥える。いつものゲームではたいてい残った武器や地形を流用するが、何でも使えるなら素直に殺傷力の高い拳銃を使うのが一番手堅い。決勝戦では拳銃自殺が未遂に終わった鬱憤を晴らしたい気持ちもある。
「別にいいけどよ。ここではゴア表現のロックは何も設定してないぜ」
「それもまた彼方サンの暴力と想像力デス。存分にドウゾ」
別に許可を得る必要はなかったな、と思いつつ彼方は引き金を引いた。パンという乾いた音がワールド全体に響く。
視点が大きく震えたあとは空に向かって投げ出され、身体が水平になったと思ったところで地面に触れて再び衝撃が走る。それで終わり。
周囲からは劇的に見えるらしいが、自殺者の視点などむしろ地味なものだ。痛覚のフィードバックなどあるはずもないので特に痛くもない。
空を仰ぐ視界をVAISとローチカが上から覗き込んでくる。
「あたしが言うのも何だけどよー、目の前で見ると思ったよりエグい」
「ワタシはこのくらいでいいと思いマス。暴力にはリアリティが必須デス」
「そりゃリアリティは追求したいが、なんつうかこう、露骨に露悪的なのは違うんだよな」
二人の改善会議を聞きながら、彼方は首を横に向けて手を上下させた。例のボタンを探すためだ。やはりそれはすぐ血の海の中に見つかった。
いつも通り、虹色のボタンは血を押しのけて最前面に表示されていた。何度見ても存在感というか、存在の様式自体が他と全く違う。描画順序を無視し、血だまりが光を反射して赤黒く光る上でボタンは虹色に光り輝いている。彼方はいつも通りにボタンに向けて手を伸ばす。
だが、そこでローチカが怪訝な声を発した。
「それ、なんだ?」
「何って、強制終了ボタンのようなものだろう」
彼方は倒れたままで応答する。死体が喋っているように見えるだろうが、アバターには関係のないことだ。
「ワールドから離脱したいプレイヤーがただちに世界を閉じるエスケープキーみたいなもの。少なくとも私はそう理解しているしその用途で使用している」
「あたしが聞いてるのは機能の説明じゃねえよ。それ、どうやって作った?」
「私は何も作っていない。初めて触ったときからオプションとして存在していた」
「は?」
「うん?」
話が噛み合わない。ローチカの疑問の意図が汲めない。そもそもシステムにおいて彼方が理解できて開発者のローチカが理解できないことなどあるはずもないのだ。
ローチカはボタンに顔を近付けて眉を潜める。難しい表情のまま、再び黒いコンソールを手元に出して猛烈なスピードで入力を開始する。膨大なログが雪崩のように上から下へと流れていき、ローチカの目玉は瞬きせずにその全てを追う。
「そのボタン、機能上のインターフェイスが一つもねえな。認識だけは辛うじてされてるみてえだが、あたしの権限ですらタッチできねえ。それに描写順序が壊れてんのもわけわからん」
「このボタンはデフォルトで実装されている隠し機能的なものだと思っていたが」
「あたしが知らねえデフォルト機能があるわけねえだろ。あたしはてっきりあんたがパフォーマンス用に作ったんだと思ってたよ。試合に影響の出ない範囲でのアクセサリMODはアバター装飾の延長として認められてたろ?」
「私は何も設定していない。そもそも今パッと見ておかしいなら、試合を観戦していて気付かなかったのか?」
「あたしはゲーマーじゃなくてプログラマだ。自分が実装したもん以外にゃそこまで興味がねえ。それにセキュリティ周りの検知機能に引っかかれば流石に気付くんだ。今まであたしが気付いてないってことは、このボタンはそういうシステムの枠組みを全部スルーしてシステムに介入できるレベルのオブジェクトだ」
「次元鉄道と同じように?」
「そうだ。あんたが嘘を吐いているとは思わねえが、あたしが見る限りではVAISと同レベルのクラッキングとしか言えねえな」
「んふふ、お二方ともお困りのようデスネ。育んだ友情の証に、ヒントくらいは上げてもいいデス」
隣でやり取りを聞いていたVAISが、もはや堪えきれないとばかりに口を挟んできた。
いつも機嫌の良さそうな口元が今は更に悪戯っぽく猫のように歪んでいる。何か大切な秘密を明かすとき、誰も知らないことを話すとき、それで誰かを驚かせるとき、ドッキリの種でも明かすときのようなワクワクした表情と勿体ぶった口調でVAISは続けた。
「これはファンタジスタの機能ではありまセン。純粋にワタシたち自身が持つスキルなのデス。ワタシたちがファンタジスタで使用すればゲームの機能のように見えるだけデス。ワタシの『次元鉄道』も、彼方サンの『終末器』も」
「何が言いたいのか知らないが、変な能力名を付けないでくれないか。私はロールプレイングゲームのキャラクターじゃない」
「ノン! まさしくキャラクターなのデス。だって、彼方サンとワタシは生身のままでゲームキャラと戦えるのですカラ。これだってローチカサンの想定の範囲外のはずデス」
「あ? 生身だと?」
ローチカが不信の声を上げると、VAISは空中をタップして自分のオプション画面を呼び出した。動作補正を選択する数値は0%のままグレーアウトしている。彼方と同じ状態だ。
それをローチカが確認している横で、VAISは地面に落ちている小さな歯車を蹴り上げた。上に跳ねた歯車を目がけてVAISは地面を蹴る。
鮮やかな三段蹴りが空中を上るように駆けていき、三メートルほども上方にある歯車を蹴り飛ばす。歯車は地平の彼方まで吹き飛んでいった。片足でトンと着地したVAISが自慢げに笑う。
「嘘だろ? 人間が素でそんな動き出来るわけねえだろ、常識的に考えて。つーか逆だよ、生身でできねえから補正プログラムがあんだよ」
「でも出来マス。彼方サンもまあ、死にかけてなければ出来マス。ワタシたちには現実世界か仮想世界かなんて関係ありまセン。ゲームでも小説でも映画でも漫画でも夢でも妄想でも魔法でも、どんな世界でもワタシたちにとっては同じデス。それが本質、世界を貫く存在者の本質、『貫存在』の本質デス。さあ押してくだサイ、いつものように!」
「よくわからねーが、やるってんならあたしも見せてもらおうか」
VAISが捲し立てて唆す。ローチカも今はしゃがみ込んで興味津々の顔でボタンが押される瞬間を見逃すまいと彼方の手に顔を近付けていた。
これは個人的な儀式であって他人に煽られたような形になるのは癪だが、いずれにせよ彼方に押さないという選択肢はない。いつものように手がボタンの上に吸い寄せられていき、あとは少し力を入れるだけで……
「彼方ちゃん!」
そこで映像が切れた。
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