ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第4章 上を向いて叫ぼう

第17話:上を向いて叫ぼう・5

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 新たに読み込まれた新ワールドには二つの色しかなかった。灰色一色の床、水色一色の空。
 その中に佇む三人が天頂に置かれた点光源で照らされている。彼方が手元にコマンド画面を出して確認すると、このワールドは5km四方の立方体らしい。いまどきワールドとしては小さな方だ。
 また、ワールドチャット機能はグレーアウトして開かない。確かにメインエリアからは完全に切断されているようだった。

「やはり何もない場所は苦手だ。目的もない仮想空間に閉じ込められると自殺したくて仕方がない」
「だからこそ連れてきたのデス。子供がニンジンを食べるのと同じ、苦手を克服するのが修行ですカラ。何も無い場所ほど想像力を働かせなければいけない場所はありまセン」

 立ち尽くす彼方の隣でVAISは小躍りしながら手元に小さな机のような装置を出現させた。
 大きな六本のレバーといくつもの時計のようなメーター、そして百個以上の小さなボタン。それは電車の先頭に付いている運転台によく似ている。
 横から顔を出したローチカが上下左右からVAISの装置を舐めるように見回す。顎に手を当てて。

「まともなコンソールじゃねえな? これ公式提供してるインターフェースで作れるもんじゃねえだろ」
「イエス、これはワタシ専用の作業台デス。次元鉄道もこれで作りマス。気になるのはわかりますガ、ローチカサンも世界を作る作業をしてくれないと困りマス。そういう約束デス」
「そうだな。あたしは約束を破ったことは一度もねえんだ」

 ローチカも手元に自分の作業台を出現させた。
 先ほどのコンソール画面をもう少し大きくしてそのまま横向きに傾けた、鉄板のようにフラットなパネルだ。
 まずはその中央あたりを軽くタップすると、端の方にはタイムカウントが白文字で出現した。30:00の表示から一秒ずつ減っていく。
 ローチカは湾曲した円盤のようなものをパネルから取り出して彼方に差し出した。

「これでも使えよ、初心者用3Dパレットだ。立体を整形したり、色を塗ったり、アセットを組み合わせたりするやつな。ちょっと触ればすぐわかんだろ、それで何でも作ってくれや」
「助かる。レンタルか?」
「記念にやるよ。サインも書いといてやった。言っとくがあんたの参加だって約束の中に入ってるんだからな」

 手渡されたパレットは木のテクスチャが全面に貼ってある。絵の具パレットを模してはいるが、腕に嵌めるような持ち手が付いて少しいかつい。
 表面にはローチカの大きなサイン。角が丸まったアルファベットの独特な筆跡で、'For KANATA'という名前まで入っている。その隣には「頑張りましょう」と書かれた小さなシールが貼られていた。
 ボタン類は付いておらず中央にモニターがあるだけだ。そこにはニコニコと手を振る猫のようなキャラクターが表示されていた。

「うーむ」

 「まず作りたいものを選んでね」という表示の前で彼方は硬直する。
 動物とか植物とか建物とかアバウトにいくつかのジャンルが表示されているが、別にこれといって魅力的なものがあるわけでもない。完全に均等な選択肢の中で何か一つを適当に選ぶということが彼方は苦手だった。目的も評価もなく何でもできるというのはルールの欠落に等しい。
 例えば「火災シミュレーションのために最適な街を作れ」というような目的さえあれば、彼方はそれを誰よりも上手くこなす自信がある。しかし、何を達成すればよいのかがそもそもわからないときにはどうすればいいのか。何を作っても乱数で生み出すのと大差ないような気がしてくる。
 再び立ち尽くす彼方の肩に、ローチカが馴れ馴れしく手を置いてくる。さっきから先輩風が吹いているのを隠そうともしない。実際、エンジニアリングにかけてはこの世で並ぶ者のいない先輩だが。

「使い方わかんねえのか? しょうがねえなー」
「いや、それは見ればだいたいわかる。何を作ればいいのかがわからない」
「ピピッと来たものをチャチャッと作ればいんだよ、別に一からモデリングしなくていいんだからよ。パッと思い浮かぶものとか、好きなものとかあるだろ」
「好きなもの……そうだな、じゃあアサガオ畑を作ろう」
「そんなら種でも撒けばいんじゃね? 生き物を置くコツは完成品をいきなり置くんじゃなくて育てる工程をやることだな。環境に馴染むし愛着も出てくる」
「なるほど」

 パレットのパネルから「植物」表示をタップする。やたら細分化された植物種をフィルター検索経由で辿っていくと、三層下ったところに「花の種」類を発見した。
 その中からもう一度検索をかけて、ようやくアサガオの種子を見つけた。色はランダムに、とりあえず百個程度の生成を指定する。

「土を先に作った方がいいぜ。その気になればどこからでも生やせるが、初心者は冒険しすぎない方がいい。守破離の守ってやつだな」

 意外と面倒見の良いローチカのアドバイス通りにまずは地面に土を撒き、その上にアサガオの種子を散布する。そのままでは砂山のようで不格好だ。適当に小石を並べて枠を作り、その中に種子と土を寄せ集める。
 まだ土地が余っているので、大型の石でもっと大きく区切った区画を作ってみる。その隣には丸い鉢植えみたいなものを作ってみたりもして、そこにもアサガオの種を一粒選択してドロップ。

「ふむ」

 散乱したアサガオ畑を一旦遠くから俯瞰すると、その隣にアサガオ研究所みたいなものを建てることを思い付いた。適当に研究室っぽい建物のアセットを探してドカンと設置すれば済むのがバーチャルの楽なところだ。
 となると、入口の前を土が覆っているのは不自然だから、少し石を並べて道っぽいものを作った方がいいかもしれない。
 最初にアサガオを育てようと思ったところから次々にアイデアが連鎖していく。なるほど、確かにこれはそこそこ面白いかもしれない。

「オー、いいですネ! 適当、無秩序、無目的! 彼方サンに足りないのはこういう体験デス。今は時間も空間もワタシたちの手の中にあるのですカラ、何でも試してくだサイ」

 VAISが大きく息を吸って頬を膨らませ、銀色の笛を思い切り吹いた。ピィーという音は質感を持つかのようにこのワールド全てを満たす。
 いや現に、その音波は明らかに可視化されていた。衝撃波が空間を一定の周波数で歪ませる。
 コンクリート素材の研究所が豆腐のようにプルプルと揺れ、地面の土がさざめいた。音波で泡立つ地面からは、新聞を裏から突き破るように一気に緑が生えてきた。ドスドスドスと地面を貫通して野太い茎が屹立する。上方に伸びた緑は徒党を組むように水平に絡み合って生垣のような形を成す。
 VAISが最後にピッと短く笛を吹くと、それを合図にアサガオの花が一気に開花する。見たこともないほどの大輪の花。

「てめー、相変わらず訳わかんねえ技術使いやがって。そんなもんメインワールドで使ったら修復できねえぞ」

 文句を言いながら、ローチカもローチカで淡々と自分のオブジェクトを作り上げていた。
 直立してコンソールを叩いているだけだが、あまりにも動きが早すぎて両手の指先が見えない。一秒に十回以上は打鍵している。
 パネルを一回叩くごとに歯車が一つ生成され、無数のギアとベルトが空中でカチャカチャと組み合わさる。歯車は白く輝くコアのようなものを取り囲む形で配置されていく。
 じきに白いコアが回転を開始し、それがメインモーターであることがわかった。そこから回転が伝播することで、超大型の装置が全身からガシャガシャと音を立てて歩き出す。身の丈三メートルほどもある奇怪な機械巨人だ。
 驚くべきは、この機械巨人が物理演算ベースで動いていることだった。決して全体として一つのオブジェクトになっているわけではなく、小さな部品オブジェクトの組み合わせに過ぎない。ローチカは設計と製造を同時並行で行い、フレームの中で数万ものパーツが絡み合うからくりを即興で作っているのだ。
 機械巨人は歯車を無数に回転させ、ウィーンウィーンと滑らかに歩き出す。ローチカがパネルを拳でダンダンダンと叩くと、機械巨人がコピーペーストされて増え、アサガオ畑と研究所の景色を思い思いの方向に歩きだしていった。

「凄いデス! ひょっとしてシングルモーター?」
「あたりめえだろ、トルク計算もトライボロジーも必要ねえのにモーターをいくつも付けても意味ねえだろが。無限馬力で形だけ組み合わせりゃあ動くんだから楽なもんだ」
「ワタシの次元鉄道は質量ありできちんと駆動してマス。重さもエネルギーも私たちのアイデア次第デス」

 VAISは羽織った外套の中に手を突っ込み、今度は四角いランタンのような合図灯を取り出した。
 それはやたら角ばっていてゴツく、鈍器のような重量感がある。上部には厚みのある持ち手、中央には丸く大きな橙色の電灯が一つ。少なくとも物理的には服の中に入るサイズではないが、ここは物理空間ではない。
 VAISが合図灯を思い切り振り回すと、橙光の残像がテールランプのように空中に残る。残った軌跡は全方位へと拡散していき、世界に赤と黄色の波動を振りまいた。
 波動を被ったアサガオは膨張するかのように目いっぱい伸び切ったかと思うと、一気に茶色く変色して枯れていく。枯れ木と化したアサガオは地面に横たわり、その上に大量の種が落下してパラパラと音を立てた。アサガオが枯れ果てるのと同時に土も一切の水分を失って罅割れる。
 しかし萎びたアサガオが地面に溶け込むように形を崩していくことで、茶色い土は肥えた黒土へ輝きを取り戻す。そこにもう一度合図灯の波動を浴びると、種がその場で爆発するように緑の茎を伸ばし、再び生垣が再生する。代謝のサイクルが猛烈なスピードで循環していく。
 ローチカの機械巨人も衝撃波を浴び、曖昧に錆び付いて波面のような模様が表面に刻まれる。彼方が建てた研究所は壁面のコンクリートが原料の砂に戻ってサラサラと空中へ溶けだしていた。崩れた砂塵が合図灯の放つテールランプに巻き込まれると、歩き回る機械巨人と合体して翼のような形を成した。

「アハハハハハ! アハハハハハ……」

 VAISは世界の中心で踊る。小笛を吹き鳴らし、合図灯を振り回し。

 彼女を中心にして、ワールドの時間と空間がめちゃくちゃに歪む。オブジェクト全てが複雑怪奇に作り替えられていく。変転は更に混迷を極めていく。合図灯が放つ赤い波動と笛から拡散する衝撃波が世界を狂わせる。
 ある畑ではアサガオが早送りのように育っては枯れていく、しかしその隣では葉っぱから茎までもが巻き戻しで縮小して縮み、種の中に放り込まれていった。茎がまるで蜘蛛の巣のように空間に網を張っていく。
 そのままローチカの機械巨人に取り付き、ベルトとして歯車の動きを伝達する部品と化した。高速で回転する茎がフレームから飛び出し、糸鋸のように研究所の角を削っていく。そうして出来た断面には流れ着いた土が畑を作り、アサガオではなく歯車が生えてきた。
 歯車が回転して種を弾き飛ばす、しかしそれは茶色い楕円の種ではなく、よく見るとミニチュアサイズの研究所だ。もちろんそれは地面に刺さるとすくすくと育っていく、立派な研究施設を目指して窓の数が増えていく。
 ここは不条理の帝国、そしてシュールレアリスムの悪夢。何もかもが自分の領分を失って、概念の境を無視して動き回る。
 異常な光景だが、彼方にとってこの世界はそれなりに好ましいもののように思えた。少なくとも、廃墟のようなリアルの街並みや、胡散臭いハリボテを組み合わせワールドの街並みよりは。
 オリジナリティと狂気が紙一重だということくらい、本当は誰でも知っている。違いがあるとすれば、それを知らないフリをするか正面から受け止めるかだけだ。
 ピピ、と小さな電子音が鳴ると同時に、VAISはやり切ったとばかりに仰向けに倒れた。その背中をアサガオのベッドが覆う。
 ローチカの手元を彼方が覗き込むと、黒いスクリーンにはちょうど残り五分と表示されていた。

「もうそんなに経っていたのか」
「まあな。あー、こういうメチャクチャを見てると昔暴れてた頃を思い出すな。やっぱ年を取ると落ち着くなーあたしもなー」
「十分若いように感じるが。態度も言葉遣いも」
「うるせえよ、どう考えてもお前の方が若いだろが。好きな女の子が好きな花畑を育てるって童貞中学生でもやんねえって」
「恥ずかしくないさ。愛を隠す必要なんてない。本人にだって何度も伝えている」
「言いづらいけどよー、それって普通に脈無しってことじゃね?」
「仮にそうだとしても私が諦める理由にはならない。何度でもチャレンジする。夢とか恋とかいうのはそういうものだろう。きっとあなただってそうだったはずだ。このVRネットワークが不屈の精神で作り上げられたことは見ればわかる」
「まあな。でもよ、恋でも夢でも手段と目的がひっくり返らねーように気を付けた方がいいぜ。頑張るために頑張っちゃ人間終わりだよ」
「それは杞憂だな。私が目的を妥協することなど有り得ない」
「あんたやっぱ若いな、若さだな。あたしが言ってんのは逆だよ。人生の先輩からアドバイスしてやら、夢を叶えるコツは妥協することだぜ。中途半端に優秀なせいで妥協できずに沈んでくプログラマーなんてあたしは腐るほど見てきた。このファンタジスタだって最初に考えてた仕様の九割を諦めたおかげで完成してんだよ。わかったか?」
「いいや、わからない。見解の相違だな。私は絶対に諦めないし妥協しない。立夏もゲームも」
「オメー見た目の何倍も頑固なのな。嫌いじゃねえが」

 タイマーがまたしてもピ、と小さな予告音を出して水を差す。残り三分。

「楽しかったデス! 私たち、もう友達デス!」
「ま、そこそこ面白かったわな。元々あたしはこういうことがやりたくてファンタジスタを設計したんだっけか。約束通り、このワールドの権限はあんたにやるよ。どうせネットワークから外れたワールドなんてあたしにゃどうでもいいしな」

 VAISのハグがローチカの前蹴りで拒絶されているのを横目に、彼方はローチカの仕掛けたタイマーから目が離せなかった。
 何はともあれ、当面のクエスト「皆で世界の中身を作る」は達成された。そしてそれこそがこの世界の存在意義であり唯一の目的だった。それ故にあと二分で世界が閉じる。
 となれば彼方がやるべきことは一つしかない。まるで地面から電流が突き上がってくるように、足から背中を伝って衝動が脳に達して身体が震える。
 今すぐそれをしなければ!

「自殺していいか?」
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