ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

LW

文字の大きさ
16 / 89
第4章 上を向いて叫ぼう

第16話:上を向いて叫ぼう・4

しおりを挟む
 開口一番、流暢なヤンキー語が飛び出した。インテリ然とした見た目には全く似合わない、ナチュラルな暴言イントネーションで。
 そして思い切り舌打ちをして、下から抉り込むような角度でグッとVAISを睨み付ける。彼方はこれほど見事なメンチ切りを初めて見た。
 アバターを貫通して貫録を感じさせる動きというのは稀に見るが、これもその一つだ。リアルでもチンピラのような挙動をする人間で無ければこんなメンチ切りはとてもできない。

「お前さ、やっていいことと悪いことってあるくね? わかる? オイお前だよ」
「日本語ワカリマセーン」
「マジで死んでくれぇー!」

 ヤンキー博士はVAISよりはだいぶ背が低いが、一切物怖じしないどころか胸を張って詰め寄っていく。
 彼方が横から口を開きかけた瞬間、博士が不意に彼方の方に視線を切る。眼光の鋭さに不意を突かれて一瞬動きが止まる。アバターですら飛んでくる威圧感が並大抵のものではない。

「おーいおい、あんたも共犯か?」
「私は責められるようなことをした記憶はない。たぶん全部VAISが悪いが、VAISが何をした?」
「いま目の前でやってんじゃねえかよ! こんなもんが適法なわけねえだろ」

 博士は目の前にある鉄道に向かって煙草を投げつけた。
 煙草はその車体にトンと当たってポトリと落ちる。彼女がリアルでも火の点いた煙草を投げつけていないかが心配になるところだ。

「次元鉄道は違法プログラムだったのか。いちいち色々破壊するし、そんな気はしていたが」
「そんな生易しいもんじゃねえって。こいつに轢かれたもんは全部デリートされんだよ。API不使用、アクセス履歴無し、ファイアウォールも暗号化も無効、しかもアトミック書き換え、エラーコード読むどころじゃねえよ。お前何やってるわけ? 電子を直接弄れる妖精か?」
「企業秘密デス。逆にそれだけのことが出来るのに次元鉄道を走らせるだけで済ませているのハ、ワタシが無害である証明になるはずデス」
「屁理屈言ってんじゃねえぞ! ……と言いたいのは山々だが、それはあんたが正しいなあ」
「デショ」
「正直言やな、あたしはお前の次元鉄道とやらを止めようとは思ってねえのよ。仕事が増えるのはちとムカつくが、謎技術が走り回るのはプラットフォームにとってだいたい良いことだ。少なくとも下手くそなゴミハッカーの始末をするよりゃ断然マシだ。あんたさえ良ければヘッドハンティングしてもいいと思ってるくらいだが、あたしにも体面とか色々あんだわ」
「ひょっとして、あなたはローチカ博士か?」
「それがどした……ってああ、あんたこそ彼方か」

 ローチカ博士は彼方を見て片方の眉を持ち上げた。
 ローチカ博士とは、ファンタジスタの基幹システムをたった一人で設計開発した伝説的なエンジニアだ。日本におけるVRプラットフォーム設計の立役者として名前はよく知られているが、公衆の前に姿を現すことはほとんどない。顔出しのインタビューはおろか、アバターですら表に出てきたという話を聞いたことがなかった。「ローチカ博士」とは巨大な組織の名前だと言われていることもあるくらいだ。
 ローチカ博士は白衣のポケットから新たに煙草を出すと、何も持っていない手で火を点けるような動作をした。やはり煙草からは火が出ないが、息を吸って吐く動作でトーンダウンする。

「ふーん、じゃあ別にいいや。規約通りなら永久BANだが、このくらいは開発者権限でいいだろ。あんたの試合が見られなくなるのは困んだよ、隠し仕様に気付いて色々使ってくれるからな。特にランゼスタシリーズの七十六番にだけバックファイアに三十六フレームの当たり判定があることに気付いて、しかも実戦で使ってるのは世界中であんただけだ。ありゃ元を辿れば基幹レベルのけっこう根が深いバグのせいなんだが、誰か気付くかと思って残しといたんだわ」
「それはどうも」
「こちらこそ。開発者はそういうのが結構嬉しいんだよなー。へっへ」

 ローチカは彼方の胸を裏拳で軽く叩くと、改めてVAISに向き直った。

「それで? あんたのクラッキングは一度や二度じゃねえが、わざわざ呼ばれたのは初めてだ。何か要求あんだろ? 話が全く通じねえやつじゃあないようだし、彼方の知り合いってんなら少しは融通してやってもいいぜ」

 顎を突き出すローチカに対し、VAISはVサインを突き出して応じた。

「話が早くて助かりマス。要求は二つありマス」
「言ってみ、聞くだけ聞いてやら」
「まず、ワールド一つがそのまま欲しいデス! ワールド一つ分の権限を完全に譲渡してほしいのデス」
「ネットワーク上での権限が欲しいってことか? それは影響が大きすぎてあたしの一存じゃあ通せねえ。来月には政府機関のナンバー制度とも提携することになってるし、無法地帯を作るわけにはいかねえからな」
「ノン! スタンドアローンで構わないデス。ワールド一つをメインシステムからパージして、ワタシの環境で動くようにしてほしいデス」
「なんだ、んなことでいいのか。それなら全然構わねえけど、へえ、意外だな。わざわざあたしに要求するってこた、あんたにそれは出来ないってことだろ? ワールドの書き換えはできる癖に、ワールドそのものの管理状態は動かせない。それがあんたの限界ってこったな」
「核心に迫るのが早すぎマス。さすが天才エンジニアデス」
「うっせー、ちゃちゃっと言えや。もう一つは?」
「こっちの方が簡単デス。新しいワールドの制作に協力してほしいのデス」
「さっきと同じじゃね? もともと新ワールドを一つ作るって話だろ」
「ノン! 創世記の一日目に神は世界そのものを作りましたガ、二日目以降は中身をゴチャゴチャ作る地道な作業でシタ。つまり世界が世界であるためには、その中身が充実している必要がありマス。それをワタシ、あなた、彼方サンの三人でやるのデス」
「そりゃつまり、あたしと箱庭ゲームで遊びたいってか? ふざけてんのかテメー、友達いねえのか」
「友達はたくさんいますガ、ここにいるのはその中でも選りすぐりの精鋭たちデス。日本最強の女子高生ゲーマー、世界最高のプログラマー、正体不明の謎の美女! これだけ揃えばきっと面白い世界が作れるはずデス」
「まあいいぜ。元から拒否権なんてあんまねえしな、それで済むなら御の字さ。それにあんたらに興味があるのも本当だ。ただしあたしは結構忙しいんだ、三十分だけ遊んでやる」

 ローチカがポケットからライターを出して点火した。
 さっきまでの火を点ける身振りだけではなく、今度はライターの炎が一気に平面状に広がって黒く固まり、ローチカの手元には黒一色の古風な画面が開いた。一般ユーザーが見ることのない、開発者専用のコンソールだ。

>makeworld.fg 'SUKIYAKI' --small --False

 ローチカの入力が完了した瞬間、周りにあるもの全てが一気に消え失せた。あたり一面の漆黒だが、三人のアバターだけは依然としてはっきりと見えている。

 現実世界と異なり、バーチャル世界ではライトとは無関係にただ単に描画される存在が許される。よく「世界に私たちしか存在しないような」という表現があるが、それが可能なのは現実世界ではなくバーチャル世界においてなのだ。現実世界で存在するには、私たちに加えて必ず光が必要だから。
 VAISが叫ぶ。

「フィアット・ルクス!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...