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第14章 別に発狂してない宇宙
第74話:別に発狂してない宇宙・1
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「確かに任せるとは言ったが、私にこういうものはあまり似合わないと思う」
「試すだけなら無料やから! 一回だけ試しに、選んであげるお姉ちゃんに免じて!」
桃色のワンピースを持った此岸が試着室へとぐいぐい強引に押し込んでくる。元々頼んでいる身でそこまで言われると断れず、彼方は仕方なくそれを持って鏡の前に立った。
いつもの改造制服とホットパンツを脱ぎ、上から羽織るように着てみる。上半身に薄い布を引っかけているだけで下半身の覆いは重力に任されているのが妙な感じだ。
細かな装飾に何の意味があるのかわからない。色々ごたごた付いている割に防御力は皆無で、肌に何も触れていない部分なんてほとんど裸と大差がないように感じる。
しばらく躊躇ったあと、仕方なく試着室のカーテンを開ける。
彼方の姿を見た此岸の口元が歪む。三秒ほど堪えたあと、遂に盛大に吹き出した。
「あははは、やっぱ甘めのやつは全然似合わへんな! 駄目元やったけど、こんなにとは思わんかったわ。あははははは!」
「脱いでいいか? 今すぐ」
「ごめんごめんて! 今度はばっちり似合うやつ選ぶから、そこで待っといてー」
此岸は適当に手を立てると、店員を捕まえてマシンガンのような身振り手振りを交えて希望を説明する。そのまま店員を連れて猛スピードで店内を歩き回る様子は熟練のプレイヤーがバトルフィールドを偵察しているときに似ていた。
戻ってきた此岸が彼方に手渡したのは、黒くて細いチェーンの付いたジーンズと、薄いラインが入った大きめの白いシャツだった。彼方の目にもさっきよりはかなりマシなものに見える。肌にぴったりフィットしてとりあえずの防御力にも懸念はない。
着替えた彼方は今度は此岸と店員の二人に拍手で迎えられ、隣の棚から大きなロゴの入った野球帽のような帽子を被せられた。
「これこれ、彼方はこういう感じや。スマートなストリート系っていうのかな? 大味っぽいけどエッジもある感じが彼方の乱暴でクールな感じに合っててええな」
「私は別に乱暴じゃないが」
「イメージの話やて。バナナとか甘くて柔らかいだけやのに、見た目キュウリみたいにシャキシャキしてる感じするやろ?」
「そうか?」
「そうなの。ちょっと回ってみて。ええね! 彼方的にもこれどう?」
「さっきよりは動きやすい」
「じゃこれで! 店員さーん、着たまま帰るからタグだけ外しといてや」
此岸が長財布から料金を支払い、彼方は新しい服を着たままで店を出る。初夏の少し強い日差しが全身を照らして新たな装いを祝福する。
しかし街に一歩足を踏み出すと、一挙一動に細かいノイズが乗っているようでどうにも動きづらい。彼方の動き自体は同じでも動いた結果として生じる肌感覚のフィードバックがいつもと違う。正直なところいつもの戦闘服に着替えたい気持ちが早くも膨らみつつあったが、服選びをお願いしたのは彼方だ。少なくとも観光中くらいはこの服を着ていなければならないだろう。
港区の街は彼方と同じようにショッピングを楽しむ人たちで騒がしい。あちらこちらの店から出てきた人々がカラフルな紙袋を抱えて談笑しながら行き交う。台車に段ボールを乗せて車まで転がしている人までいる。大きな地図を広げて歩く若い男性とぶつかりそうになり、横にズレて避けると、二つ折りの携帯電話を耳に当てて歩く女性と肩が触れた。
此岸は鉄骨作りの塔の前で立ち止まった。赤白に塗られた何の変哲もない電波塔だが、それにしてはわざわざ巨大な入口が作られ、正面の広場には人だかりが出来ている。
「ここでも上っとこか。眺めがええらしいで」
「戦場でも見えるのか?」
「いや、別におもろいもんは何も見えんと思うけど。単に世界で一番高いってだけや」
「ああ、それで妙に街中にあるのか。この程度の建造物がランドマークになる文化レベルだから」
少し並んで入場する。とりあえずはエレベーターで展望台まで上るが、外から見た通りで別にどうということもなかった。
全長数キロの建造物が建ち並ぶ世界だって星の数ほど見てきたし、ガラスの外に見える街並みもありふれている。ちょっと足場に上っただけで歓声を上げている人を見る方がまだ面白いくらいだ。
此岸も勧めた割には大した興味は無かったようで、何となくぐるりと一周したあとは展望台内の喫茶店に二人で腰かけた。
「ま、とりあえず彼方が元気そうで良かったわ。出会い頭で服を選んでくれとか言われたときは別人かと思ったけど。最近はどうなん? ぼちぼち?」
「色々あるにはあったが、だいたいのところは次元鉄道で話したときと何も変わっていないよ。私は今も一つずつ世界を滅ぼしながら遡っている」
「そっか。ここにも世界便は届いてるし、何も変わらんね。この世界では、恐怖の大王が空から降ってきて世界を滅ぼすとかいう話になっとるみたいや」
「世界を滅ぼす神にしては随分サブカルチックだな」
「ちゃんとした宗教とか信仰じゃないよ、都市伝説みたいなもんや。誰もが表立っては言わんけど、ネットとか匿名の場所ではうっすらとは信じられてはいなくもないくらいの温度感やなあ」
「何であれ、すぐに現実になって思い知るだろう。しかしそうなったとき姉さんはここから脱出できるのか?」
「問題あらへんよ。いつでもパパパや」
「便利なものだな、世界便は」
「いや、世界便でもいけないことはないんやけど、実は色々と面倒なんよな。それより次元鉄道で走ればらくらくや。この世界にも駅は通っとるし」
此岸はテーブルに手を広げて置いた。一度軽く握り、もう一度開くとそこには大きな鉄製の鍵が乗っていた。
太い直線をいくつも繋ぎ合わせた無骨な形、端には小さなベッドのキーホルダーがくっ付いている。此岸はキーホルダーを指先にひっかけ、重そうな鍵をくるくると回してみせた。
「VAISちゃんから貰った合鍵や。うちは借りてるだけやから新しく線路作ったりはできんけど、これさえあればとりあえず走れるからな。この世界に来たのも、適当にぶらぶら走ってたらたまたま着いた感じやね」
「なるほど。攻撃手段の印象が強いが、元はと言えば移動手段だ」
「そんでVAISちゃんは元気なん? もうずっと帰ってきてないけど」
「私もしばらく会っていないが、車掌帽は私の手元にある。これは姉さんが持っていた方がいい気がする」
彼方はポケットからVAISの黒い車掌帽を取り出してテーブルの上に置いた。此岸が眉を寄せて怪訝な顔を作る。
「どしたん? それ」
「よくある収納スキルだ。普通に持ち歩く程度のものは全てポケットに入る」
「そっちやなくて。この帽子はどしたん?」
「落ちてた」
「どこに」
「地面」
此岸が珈琲を一口含む。そして窓の外に顔を向けた。どこを見るでもなく、何もない空中に焦点を合わせたまま液体を飲みこむ。そしてようやく口を開いた。
「死んだね? VAISちゃん」
「やはりわかるか」
「バレバレや。慣れないことするもんじゃないて。彼方が殺したんか?」
「一騎打ちで殺そうと思ったが、別のやつに横取りされた」
「それも意外やな。ま、うちは誰が殺しても構わんし、形見も貰っとくけどな」
此岸が車掌帽を被る。黒くてぴかぴかした鍔の大きな帽子。VAISが被っていたときはかっちりした業務用という印象だったが、此岸が被るとちょっと尖ったファッションアイテムのようだ。ふわふわした服装とのギャップが個性の強い雰囲気を作り出す。
「うちは戦う方やないからわからんけど、夢遊病みたいにダラダラ生きててもしゃーないし、やりたいことやってスパッと死んだ方がましっちゅうのはわかる」
「私もそう思う」
「そんで彼方はどしたん? 昔ならそんな気の遣い方せんかったやろ。服だってミリタリー以外は興味なかったはずやし。色々おかしいで。恋でもしてるんか?」
「そうかもしれない」
「えっ、これどっちなん? 下手くそな切り返しとガチの話のどっち?」
「恋かどうかはわからないが、四六時中そいつのことだけ考えているような相手はいる。たまにしか会えないが、今の私はそのために生きているようなものだ」
「ガチやん! お姉ちゃんの知ってる子?」
「天輪神威。あの巫女服を着てる二つ結びのやつ」
「あー、あの堅物そうな子。うーん、あんま想像できへんな。彼方って小さい女の子が好きなんやと思ってたけど、彼女小さくはないしな。でも二人とも変なところで頑固そうやし、わからんでもないかなー。仲良しさん?」
「会うたびに殺し合ってる。今まで世界を巡って百回以上も戦ってきた、というより、私は神威と戦って殺すために世界を滅ぼして巡っているのかもしれない。いくつもの世界から回収した戦力でいつも今度こそは絶対に殺せると確信して挑むのに、神威に刃が届いたことはまだない。爆撃も、刀剣も、武闘術も、超能力も、魔法も、生物兵器も。私がどんなに策を増やしても、神威は既に私と同じ水準まで辿り着いているんだ。それが本当に楽しい。だから私は神威のことが好きだし、絶対に殺す」
「めっちゃ語るやん。彼方がそこまで言うならお姉ちゃんも挨拶しときたいけど、どっかで会えたりする?」
「ここで待っていればすぐ会えるさ。昔は神威が私に追いつくのは十世界に一回の頻度だったが、追跡の精度はどんどん上がってきている。最近はもう終末器と遜色ないスピードで世界を遡って私を追ってくる。おかげで私にもわかるようになってきた、可能性が書き換わる気配というものが。ほらもうすぐ来る、いや、今すぐ来る」
彼方が窓の外を指さす。
その遥か先、大きな公園の真上に虹色の球体が浮かんでいた。それはどうしようもなく世界から浮いている。この世界が創造したものではない、襲来する異物だから。
球体から虹の波紋が立て続けに何度も広がる。薄い波動がタワーを通り抜けて世界全体を覆う。展望台から人々が消え、賑わいが嘘のように展望台は静寂に包まれる。たまたま他の誰も展望台に来なかった可能性が強制的に選択されたから。
だから窓にぴしりと亀裂が走る音はよく聞こえた。強化ガラスを突き破って長い鎖が飛び込んでくる。その先端は直線軌道で天井を目指す。彼方は天井に突き刺さった尖った鉤を見上げた。
「フックショットか」
神威が窓を蹴破って展望台に殴り込んできた。
虹色に光る日本刀を上段に構え、着地した足がステンレスのテーブルを強く踏みしめる。カップが砕け散り、茶色い液体が飛び散る。彼方の首を狙った刀が斜めに振り下ろされた。
「試すだけなら無料やから! 一回だけ試しに、選んであげるお姉ちゃんに免じて!」
桃色のワンピースを持った此岸が試着室へとぐいぐい強引に押し込んでくる。元々頼んでいる身でそこまで言われると断れず、彼方は仕方なくそれを持って鏡の前に立った。
いつもの改造制服とホットパンツを脱ぎ、上から羽織るように着てみる。上半身に薄い布を引っかけているだけで下半身の覆いは重力に任されているのが妙な感じだ。
細かな装飾に何の意味があるのかわからない。色々ごたごた付いている割に防御力は皆無で、肌に何も触れていない部分なんてほとんど裸と大差がないように感じる。
しばらく躊躇ったあと、仕方なく試着室のカーテンを開ける。
彼方の姿を見た此岸の口元が歪む。三秒ほど堪えたあと、遂に盛大に吹き出した。
「あははは、やっぱ甘めのやつは全然似合わへんな! 駄目元やったけど、こんなにとは思わんかったわ。あははははは!」
「脱いでいいか? 今すぐ」
「ごめんごめんて! 今度はばっちり似合うやつ選ぶから、そこで待っといてー」
此岸は適当に手を立てると、店員を捕まえてマシンガンのような身振り手振りを交えて希望を説明する。そのまま店員を連れて猛スピードで店内を歩き回る様子は熟練のプレイヤーがバトルフィールドを偵察しているときに似ていた。
戻ってきた此岸が彼方に手渡したのは、黒くて細いチェーンの付いたジーンズと、薄いラインが入った大きめの白いシャツだった。彼方の目にもさっきよりはかなりマシなものに見える。肌にぴったりフィットしてとりあえずの防御力にも懸念はない。
着替えた彼方は今度は此岸と店員の二人に拍手で迎えられ、隣の棚から大きなロゴの入った野球帽のような帽子を被せられた。
「これこれ、彼方はこういう感じや。スマートなストリート系っていうのかな? 大味っぽいけどエッジもある感じが彼方の乱暴でクールな感じに合っててええな」
「私は別に乱暴じゃないが」
「イメージの話やて。バナナとか甘くて柔らかいだけやのに、見た目キュウリみたいにシャキシャキしてる感じするやろ?」
「そうか?」
「そうなの。ちょっと回ってみて。ええね! 彼方的にもこれどう?」
「さっきよりは動きやすい」
「じゃこれで! 店員さーん、着たまま帰るからタグだけ外しといてや」
此岸が長財布から料金を支払い、彼方は新しい服を着たままで店を出る。初夏の少し強い日差しが全身を照らして新たな装いを祝福する。
しかし街に一歩足を踏み出すと、一挙一動に細かいノイズが乗っているようでどうにも動きづらい。彼方の動き自体は同じでも動いた結果として生じる肌感覚のフィードバックがいつもと違う。正直なところいつもの戦闘服に着替えたい気持ちが早くも膨らみつつあったが、服選びをお願いしたのは彼方だ。少なくとも観光中くらいはこの服を着ていなければならないだろう。
港区の街は彼方と同じようにショッピングを楽しむ人たちで騒がしい。あちらこちらの店から出てきた人々がカラフルな紙袋を抱えて談笑しながら行き交う。台車に段ボールを乗せて車まで転がしている人までいる。大きな地図を広げて歩く若い男性とぶつかりそうになり、横にズレて避けると、二つ折りの携帯電話を耳に当てて歩く女性と肩が触れた。
此岸は鉄骨作りの塔の前で立ち止まった。赤白に塗られた何の変哲もない電波塔だが、それにしてはわざわざ巨大な入口が作られ、正面の広場には人だかりが出来ている。
「ここでも上っとこか。眺めがええらしいで」
「戦場でも見えるのか?」
「いや、別におもろいもんは何も見えんと思うけど。単に世界で一番高いってだけや」
「ああ、それで妙に街中にあるのか。この程度の建造物がランドマークになる文化レベルだから」
少し並んで入場する。とりあえずはエレベーターで展望台まで上るが、外から見た通りで別にどうということもなかった。
全長数キロの建造物が建ち並ぶ世界だって星の数ほど見てきたし、ガラスの外に見える街並みもありふれている。ちょっと足場に上っただけで歓声を上げている人を見る方がまだ面白いくらいだ。
此岸も勧めた割には大した興味は無かったようで、何となくぐるりと一周したあとは展望台内の喫茶店に二人で腰かけた。
「ま、とりあえず彼方が元気そうで良かったわ。出会い頭で服を選んでくれとか言われたときは別人かと思ったけど。最近はどうなん? ぼちぼち?」
「色々あるにはあったが、だいたいのところは次元鉄道で話したときと何も変わっていないよ。私は今も一つずつ世界を滅ぼしながら遡っている」
「そっか。ここにも世界便は届いてるし、何も変わらんね。この世界では、恐怖の大王が空から降ってきて世界を滅ぼすとかいう話になっとるみたいや」
「世界を滅ぼす神にしては随分サブカルチックだな」
「ちゃんとした宗教とか信仰じゃないよ、都市伝説みたいなもんや。誰もが表立っては言わんけど、ネットとか匿名の場所ではうっすらとは信じられてはいなくもないくらいの温度感やなあ」
「何であれ、すぐに現実になって思い知るだろう。しかしそうなったとき姉さんはここから脱出できるのか?」
「問題あらへんよ。いつでもパパパや」
「便利なものだな、世界便は」
「いや、世界便でもいけないことはないんやけど、実は色々と面倒なんよな。それより次元鉄道で走ればらくらくや。この世界にも駅は通っとるし」
此岸はテーブルに手を広げて置いた。一度軽く握り、もう一度開くとそこには大きな鉄製の鍵が乗っていた。
太い直線をいくつも繋ぎ合わせた無骨な形、端には小さなベッドのキーホルダーがくっ付いている。此岸はキーホルダーを指先にひっかけ、重そうな鍵をくるくると回してみせた。
「VAISちゃんから貰った合鍵や。うちは借りてるだけやから新しく線路作ったりはできんけど、これさえあればとりあえず走れるからな。この世界に来たのも、適当にぶらぶら走ってたらたまたま着いた感じやね」
「なるほど。攻撃手段の印象が強いが、元はと言えば移動手段だ」
「そんでVAISちゃんは元気なん? もうずっと帰ってきてないけど」
「私もしばらく会っていないが、車掌帽は私の手元にある。これは姉さんが持っていた方がいい気がする」
彼方はポケットからVAISの黒い車掌帽を取り出してテーブルの上に置いた。此岸が眉を寄せて怪訝な顔を作る。
「どしたん? それ」
「よくある収納スキルだ。普通に持ち歩く程度のものは全てポケットに入る」
「そっちやなくて。この帽子はどしたん?」
「落ちてた」
「どこに」
「地面」
此岸が珈琲を一口含む。そして窓の外に顔を向けた。どこを見るでもなく、何もない空中に焦点を合わせたまま液体を飲みこむ。そしてようやく口を開いた。
「死んだね? VAISちゃん」
「やはりわかるか」
「バレバレや。慣れないことするもんじゃないて。彼方が殺したんか?」
「一騎打ちで殺そうと思ったが、別のやつに横取りされた」
「それも意外やな。ま、うちは誰が殺しても構わんし、形見も貰っとくけどな」
此岸が車掌帽を被る。黒くてぴかぴかした鍔の大きな帽子。VAISが被っていたときはかっちりした業務用という印象だったが、此岸が被るとちょっと尖ったファッションアイテムのようだ。ふわふわした服装とのギャップが個性の強い雰囲気を作り出す。
「うちは戦う方やないからわからんけど、夢遊病みたいにダラダラ生きててもしゃーないし、やりたいことやってスパッと死んだ方がましっちゅうのはわかる」
「私もそう思う」
「そんで彼方はどしたん? 昔ならそんな気の遣い方せんかったやろ。服だってミリタリー以外は興味なかったはずやし。色々おかしいで。恋でもしてるんか?」
「そうかもしれない」
「えっ、これどっちなん? 下手くそな切り返しとガチの話のどっち?」
「恋かどうかはわからないが、四六時中そいつのことだけ考えているような相手はいる。たまにしか会えないが、今の私はそのために生きているようなものだ」
「ガチやん! お姉ちゃんの知ってる子?」
「天輪神威。あの巫女服を着てる二つ結びのやつ」
「あー、あの堅物そうな子。うーん、あんま想像できへんな。彼方って小さい女の子が好きなんやと思ってたけど、彼女小さくはないしな。でも二人とも変なところで頑固そうやし、わからんでもないかなー。仲良しさん?」
「会うたびに殺し合ってる。今まで世界を巡って百回以上も戦ってきた、というより、私は神威と戦って殺すために世界を滅ぼして巡っているのかもしれない。いくつもの世界から回収した戦力でいつも今度こそは絶対に殺せると確信して挑むのに、神威に刃が届いたことはまだない。爆撃も、刀剣も、武闘術も、超能力も、魔法も、生物兵器も。私がどんなに策を増やしても、神威は既に私と同じ水準まで辿り着いているんだ。それが本当に楽しい。だから私は神威のことが好きだし、絶対に殺す」
「めっちゃ語るやん。彼方がそこまで言うならお姉ちゃんも挨拶しときたいけど、どっかで会えたりする?」
「ここで待っていればすぐ会えるさ。昔は神威が私に追いつくのは十世界に一回の頻度だったが、追跡の精度はどんどん上がってきている。最近はもう終末器と遜色ないスピードで世界を遡って私を追ってくる。おかげで私にもわかるようになってきた、可能性が書き換わる気配というものが。ほらもうすぐ来る、いや、今すぐ来る」
彼方が窓の外を指さす。
その遥か先、大きな公園の真上に虹色の球体が浮かんでいた。それはどうしようもなく世界から浮いている。この世界が創造したものではない、襲来する異物だから。
球体から虹の波紋が立て続けに何度も広がる。薄い波動がタワーを通り抜けて世界全体を覆う。展望台から人々が消え、賑わいが嘘のように展望台は静寂に包まれる。たまたま他の誰も展望台に来なかった可能性が強制的に選択されたから。
だから窓にぴしりと亀裂が走る音はよく聞こえた。強化ガラスを突き破って長い鎖が飛び込んでくる。その先端は直線軌道で天井を目指す。彼方は天井に突き刺さった尖った鉤を見上げた。
「フックショットか」
神威が窓を蹴破って展望台に殴り込んできた。
虹色に光る日本刀を上段に構え、着地した足がステンレスのテーブルを強く踏みしめる。カップが砕け散り、茶色い液体が飛び散る。彼方の首を狙った刀が斜めに振り下ろされた。
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