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第13章 神っぽいか?
第73話:神っぽいか?・5
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「あなたが眼球を摘出した世界を調べて回収しました」
「大した趣味だな。人の身体をわざわざ集めるやつがいるとは思わなかった」
「あなたはジュリエットとの戦いで敗北寸前まで追い込まれ、眼球を一つ失いました。よってこの不具の眼球こそ、あなたにとって有り得た敗北の象徴です。VAISにとっては一枚の汚れた布が死の象徴だったように。事物に潜在する可能性を拾い出し、それを実現する世界へと移動する。すなわち可能世界に広がる様相を転移する。それが能力、私の能力。そしてそれ故に様相転移」
「私はジュリエットに負けてない! 彼女とのゲームは私の勝利だった。あらかじめ合意したルールに基づいて、敗北条件を満たさずに勝利条件を満たしたのは私だ。それはジュリエットでさえも認めている。右目を殺されたのは勝負が決着したあとだ。ゲームの勝敗とは関係が無い」
「いいえ。限りなく敗北に近い勝利でした。一の勝利の裏には百の敗北が潜んでいます。遍く全ての事象において、実現した現実性の裏側には全く異なる可能性が潜在していると何度も言っているはずです」
「ゲームとはゲーマーが全てを賭けて殺し合う戦争だ。決着が着いたあとに勝敗が違っていた可能性など有り得ない」
「遊戯とは遊戯者が可能性を模索する共同作業です。決着が着いたあとでさえ豊潤な可能性が残ります。あなたとて、遊戯に勝利したあとに敗北していた可能性を検討することは珍しくないはずです」
「なるほど確かに、私も試合後の反省会ではリプレイを見ながら『ここで対応が遅れていたら私は負けていたかもしれない』という言い回しをするさ。だが、それは言葉の綾でしかない。将来に発生しうる同じような状況に対してあたかも過去の出来事であるかのような表現で言及しているだけだ。実際には起こらなかった敗北が別のどこかに実在していると主張しているのではない」
「違います。たった今ですらあなたは可能的には負けていました。左足を蛆虫にする判断が間に合わなければ、あなたはそのまま全身で敗北可能性を実現して死んでいたのですから」
「二言目にはありもしない妄想で負け惜しみを零すのがお前の能力か? それなら私も私の終末器を使おう。お前の言う可能世界ごと滅ぼして、全く別の世界にニューゲームする私の能力を使おう。いずれにせよ、お前とはきちんと決着を着けなければならないのだから。こんなロスタイムではなく、世界全てを渡って、私たち貫存在の全てを使って」
彼方は一歩前に出た。蛆虫の左足が地面の終末器を押す。
これは生徒たちとゲームを始める時に生成されたものだ。終末器は一度出現したら誰にも動かせない。VAISと神威との戦いを挟みながら、終末器は確かにずっとそこにあった。
「逃げるんですか?」
「逃がさないだろ?」
「ええ。あなたは不倶戴天の敵です。全世界の全存在の敵です。いつでもどこでも存在している時点で常に既に最悪の敵です」
「私にとっても、ゲームを始めた時点でお前はどんなに親しい友人でも恋人でも同胞でも敵だ。私も逃げ切るつもりなんてないが、それでも終末器を押す理由は三つある」
無音のまま灰色の空がぱっくりと割れた。
割れた隙間からはグラデーションのない原色の赤が顔を出す、指先を切ったときに赤い肉が現れるように。表面を取り繕う覆いが壊れて世界の裏側が顔を出す。
VAISの虹のレールが空を走ったのとは違う。これは世界の侵略ですらない。世界の基本要素それ自体が破壊されること、それが終末器がもたらすゲームオーバーなのだ。
「一つには、終末器を押すことはこの世界の住人たちとのゲームの勝利条件だからだ。私はもう敵を全員殺したが、それは勝利条件ではない。乱入者がいたにせよ、一度始めたゲームはきちんと終わらせなければならない」
赤い空から青い稲妻が落ちる。ジグザグに走る閃光が地上に着弾する。それは光のように消え去るわけではなかった。
青く太いラインは地上に落ちたあともそのまま残り続け、空と大地を繋ぐ配線を何本も増やしていく。
「二つには、お前とは私の全てを使って戦いたいからだ。私の終末器は世界をゲームごと強制終了させてしまうが、世界を超えられるお前は滅びずに私を追ってきてくれる。お前が汎将を使うなら、私も終末器を使った方がフェアな戦いになるだろう」
青い稲妻が伸縮を始める。バネのように地上と天空の間で何度も振動する。そのたびに地面がズタズタに罅割れて土埃が舞い上がる。もはや無用となった世界を終わらせるため、地面自体が崩壊していく。
VAISの車掌帽が地面から舞い上がる。彼方は帽子を捕まえてコートに押し込んだ。
「三つには、私はどこまでも害悪でいなければならないからだ。お前に追って殺しに来てもらうためには、私はこれからもこまめに世界を滅ぼさなければならない。私はお前が粛清せずにはいられない世界の災害になろう」
遂に大地が傾く。重力と地面が直交しなくなり、大地がバラバラになって浮かび上がった。もはや天地がどちらであるかもわからない。
神威の手の中で汎将が何度も点滅している。薄い被膜を世界に飛ばし続けている。そのたびに僅かずつ世界が移動する。可能性への無限小転移を無限回繰り返してこの世界から脱出する。
「あなたが何度世界を超えようと私は追いかけて粛清します。汎将で無数の可能性を手繰って、あなたが転移した異世界へ必ず辿り着きます。この世界に来た時のように」
「待ってる。いつでもどこでも君を待ってる。アルマゲドンを十六連射しながら君のことを待っている。何度でも逃げるから、何度でも追い付いて、何度でも戦おう。この楽園のような遊び場で」
世界が終わり、鬼ごっこが始まる。彼方の胸をこの上なく高鳴らせて。
「大した趣味だな。人の身体をわざわざ集めるやつがいるとは思わなかった」
「あなたはジュリエットとの戦いで敗北寸前まで追い込まれ、眼球を一つ失いました。よってこの不具の眼球こそ、あなたにとって有り得た敗北の象徴です。VAISにとっては一枚の汚れた布が死の象徴だったように。事物に潜在する可能性を拾い出し、それを実現する世界へと移動する。すなわち可能世界に広がる様相を転移する。それが能力、私の能力。そしてそれ故に様相転移」
「私はジュリエットに負けてない! 彼女とのゲームは私の勝利だった。あらかじめ合意したルールに基づいて、敗北条件を満たさずに勝利条件を満たしたのは私だ。それはジュリエットでさえも認めている。右目を殺されたのは勝負が決着したあとだ。ゲームの勝敗とは関係が無い」
「いいえ。限りなく敗北に近い勝利でした。一の勝利の裏には百の敗北が潜んでいます。遍く全ての事象において、実現した現実性の裏側には全く異なる可能性が潜在していると何度も言っているはずです」
「ゲームとはゲーマーが全てを賭けて殺し合う戦争だ。決着が着いたあとに勝敗が違っていた可能性など有り得ない」
「遊戯とは遊戯者が可能性を模索する共同作業です。決着が着いたあとでさえ豊潤な可能性が残ります。あなたとて、遊戯に勝利したあとに敗北していた可能性を検討することは珍しくないはずです」
「なるほど確かに、私も試合後の反省会ではリプレイを見ながら『ここで対応が遅れていたら私は負けていたかもしれない』という言い回しをするさ。だが、それは言葉の綾でしかない。将来に発生しうる同じような状況に対してあたかも過去の出来事であるかのような表現で言及しているだけだ。実際には起こらなかった敗北が別のどこかに実在していると主張しているのではない」
「違います。たった今ですらあなたは可能的には負けていました。左足を蛆虫にする判断が間に合わなければ、あなたはそのまま全身で敗北可能性を実現して死んでいたのですから」
「二言目にはありもしない妄想で負け惜しみを零すのがお前の能力か? それなら私も私の終末器を使おう。お前の言う可能世界ごと滅ぼして、全く別の世界にニューゲームする私の能力を使おう。いずれにせよ、お前とはきちんと決着を着けなければならないのだから。こんなロスタイムではなく、世界全てを渡って、私たち貫存在の全てを使って」
彼方は一歩前に出た。蛆虫の左足が地面の終末器を押す。
これは生徒たちとゲームを始める時に生成されたものだ。終末器は一度出現したら誰にも動かせない。VAISと神威との戦いを挟みながら、終末器は確かにずっとそこにあった。
「逃げるんですか?」
「逃がさないだろ?」
「ええ。あなたは不倶戴天の敵です。全世界の全存在の敵です。いつでもどこでも存在している時点で常に既に最悪の敵です」
「私にとっても、ゲームを始めた時点でお前はどんなに親しい友人でも恋人でも同胞でも敵だ。私も逃げ切るつもりなんてないが、それでも終末器を押す理由は三つある」
無音のまま灰色の空がぱっくりと割れた。
割れた隙間からはグラデーションのない原色の赤が顔を出す、指先を切ったときに赤い肉が現れるように。表面を取り繕う覆いが壊れて世界の裏側が顔を出す。
VAISの虹のレールが空を走ったのとは違う。これは世界の侵略ですらない。世界の基本要素それ自体が破壊されること、それが終末器がもたらすゲームオーバーなのだ。
「一つには、終末器を押すことはこの世界の住人たちとのゲームの勝利条件だからだ。私はもう敵を全員殺したが、それは勝利条件ではない。乱入者がいたにせよ、一度始めたゲームはきちんと終わらせなければならない」
赤い空から青い稲妻が落ちる。ジグザグに走る閃光が地上に着弾する。それは光のように消え去るわけではなかった。
青く太いラインは地上に落ちたあともそのまま残り続け、空と大地を繋ぐ配線を何本も増やしていく。
「二つには、お前とは私の全てを使って戦いたいからだ。私の終末器は世界をゲームごと強制終了させてしまうが、世界を超えられるお前は滅びずに私を追ってきてくれる。お前が汎将を使うなら、私も終末器を使った方がフェアな戦いになるだろう」
青い稲妻が伸縮を始める。バネのように地上と天空の間で何度も振動する。そのたびに地面がズタズタに罅割れて土埃が舞い上がる。もはや無用となった世界を終わらせるため、地面自体が崩壊していく。
VAISの車掌帽が地面から舞い上がる。彼方は帽子を捕まえてコートに押し込んだ。
「三つには、私はどこまでも害悪でいなければならないからだ。お前に追って殺しに来てもらうためには、私はこれからもこまめに世界を滅ぼさなければならない。私はお前が粛清せずにはいられない世界の災害になろう」
遂に大地が傾く。重力と地面が直交しなくなり、大地がバラバラになって浮かび上がった。もはや天地がどちらであるかもわからない。
神威の手の中で汎将が何度も点滅している。薄い被膜を世界に飛ばし続けている。そのたびに僅かずつ世界が移動する。可能性への無限小転移を無限回繰り返してこの世界から脱出する。
「あなたが何度世界を超えようと私は追いかけて粛清します。汎将で無数の可能性を手繰って、あなたが転移した異世界へ必ず辿り着きます。この世界に来た時のように」
「待ってる。いつでもどこでも君を待ってる。アルマゲドンを十六連射しながら君のことを待っている。何度でも逃げるから、何度でも追い付いて、何度でも戦おう。この楽園のような遊び場で」
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