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第15章 世界の有機構成
第81話:世界の有機構成・2
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薄く茶色いサラサラした絹の髪。長い長い髪が優雅に揺れ、朝の陽ざしを浴びて白く輝いている。およそ高校生らしからぬ落ち着きは聖母の職に就いた天使のようだ。
細くしなやかな手が少し大きな本を開き、長い睫毛の下のくすみ一つない目から視線を注いでいる。そして時折くすりと笑う、お茶目な深窓の令嬢。
怪物的クラスメイト、語世麗華が彼方にその美貌を向けた。
「彼方にもこれを一冊上げようか。コピーで良ければなのだけれども」
心地よく粘性のある声でリズムよく語りかけ、手元で読んでいた本を僅かに傾けて示してくる。
開いたフルカラーの紙面には、小学校中学年ほどの女の子がスクール水着を着てこちらに手を振っている写真が印刷されていた。その隣には公園で遊ぶ小さな少女が無防備にスカートを翻している様子が映っている。窓から風が吹き込み、幼い少女の写真がギチギチに詰まったページをパラパラ捲った。
「要ると思うか?」
「思うね。小さい女の子が好きそうな見た目してるもの」
「どんなだよ。一緒にするな、小児性愛者」
「私はわかる、君の性癖」
「下の句を勝手に接ぐな」
「そう言うな。君は結構、私が好きだろ」
またしてもアクロバティックに五七五七七を繋げ、麗華は少女写真集を閉じた。そして大切な詩集のように愛おしそうに傍らに置く。
その表紙にはBeautiful Worldと金字で刻印されている。これは彼女自身が収集した写真を製本したアルバムだ。学校に持ち込んでいるこれはまだましな方で、巻数によってはほとんど半裸のような少女が映っていることもよくある。そしてその中には幼い日の麗華自身の写真も混ざっていたりするのだ。
「君は私に興味津々なはずさ。今だって昨日の恋バナの続きを聞きたくて仕方ないだろ?」
「別に」
「聞きたいだろ?」
「勝手に喋ってろ」
「昨日一人でつまらなさそうにブランコを漕いでいた華奢な女の子とまた会ったよ。昨日は警戒していたが、今日はお姉ちゃん……と向こうから呼んできた。飴玉をあげてから膝に乗せてブランコを漕いであげたよ。これはほとんど合意だな、来週には恋人同士になっていることだろう」
「向こうはそうは思っていないと思うが」
「君が私に妬く気持ちもわからないではない。恋とは残酷なものだから」
「せいぜい気を付けろよ。補導回数は私とお前でトップだ」
「君がそうやって私との接点を作っていることはわかっているし、それに応えられないことは本当に申し訳ない。願わくば十年前の君に出会いたかった……」
「お前の耳には人の話を聞く機能が無いのか?」
麗華はいつでも本気であり、その異様な人間的才覚によって大抵の無茶はなし崩しで押し通してしまうのであまり冗談にならない。至近距離で言い寄られて当たりを強く保っていられる人間はそう多くなく、大抵の人は何となく篭絡されて味方に付いてしまう。
また一人、机に近付いてくる美少女にも麗華は躊躇なく手を伸ばす。
「君が十歳から十一歳三ヶ月までなら、私は何を捨ててでも君を手に入れただろう。ツバメさん」
「ありがと。でもジュニアアイドルに手を出すのは相当危ないかな、事務所に訴えられても知らないよ。そんなことより放課後までにはこれを書いておいてね」
学級委員のツバメはスッと唇に指を当てて麗華をいなす。学業の傍らアイドルをやっているだけのことはあって捌き方も鮮やかだ。去り際にツバメが彼方と麗華の席に一枚ずつ置いていったプリントには、大きく「進路調査票」と書かれている。
「彼方もまだ書いていなかったのかい。確かに、君が働いている様子は想像できないか」
「一応書いてはいるが突き返されているだけだよ」
彼方はシャーペンで進路希望欄に「プロゲーマー」と走り書きした。麗華が形の良い眉を動かして苦笑する。
「ゲームのプロ? 面白いけど、それは仕事なのか? どうやって儲けるんだい」
「賞金制の大会で稼いでもいいが、基本はスポンサーが付く」
「誰が出資するんだい」
「誰でも。ゲームを見て楽しむ人が大勢いれば広告料が取れるから、不動産屋でもハンバーガーショップでもいい」
「へえ。そうなったら私も呼んでおくれよ。応援しに行く、私のコレクションを賞品にしてもいい」
麗華はくつくつと笑う。決して馬鹿にしているわけではない。彼方が真顔で冗談を言っていると思っているのだ。
麗華とて彼方がゲームセンターで負け知らずなことは知っているが、その技能が食っていける職業として成立するという発想が無いのだ。インターネットもまだ満足に普及していないこの世界では電子ゲームは少し高級な砂場遊びのようなものだ。ちょっと楽しいが特に何も生まない娯楽、それ以上でも以下でもない。
「はいはいはい、席に着いてねー」
パンパンと手を叩く音がして、ちょうど始業のチャイムが鳴る。
一時間目は世界史の授業だ。前回から世界大戦の解説に入ったところで、軍部の動向と思惑を桜井先生が饒舌に喋り出す。こんな軍事作戦を語る歴史教師は彼女くらいのものだが、そこらの映画よりも面白く熱の入った解説はどのクラスでも大人気だ。
細くしなやかな手が少し大きな本を開き、長い睫毛の下のくすみ一つない目から視線を注いでいる。そして時折くすりと笑う、お茶目な深窓の令嬢。
怪物的クラスメイト、語世麗華が彼方にその美貌を向けた。
「彼方にもこれを一冊上げようか。コピーで良ければなのだけれども」
心地よく粘性のある声でリズムよく語りかけ、手元で読んでいた本を僅かに傾けて示してくる。
開いたフルカラーの紙面には、小学校中学年ほどの女の子がスクール水着を着てこちらに手を振っている写真が印刷されていた。その隣には公園で遊ぶ小さな少女が無防備にスカートを翻している様子が映っている。窓から風が吹き込み、幼い少女の写真がギチギチに詰まったページをパラパラ捲った。
「要ると思うか?」
「思うね。小さい女の子が好きそうな見た目してるもの」
「どんなだよ。一緒にするな、小児性愛者」
「私はわかる、君の性癖」
「下の句を勝手に接ぐな」
「そう言うな。君は結構、私が好きだろ」
またしてもアクロバティックに五七五七七を繋げ、麗華は少女写真集を閉じた。そして大切な詩集のように愛おしそうに傍らに置く。
その表紙にはBeautiful Worldと金字で刻印されている。これは彼女自身が収集した写真を製本したアルバムだ。学校に持ち込んでいるこれはまだましな方で、巻数によってはほとんど半裸のような少女が映っていることもよくある。そしてその中には幼い日の麗華自身の写真も混ざっていたりするのだ。
「君は私に興味津々なはずさ。今だって昨日の恋バナの続きを聞きたくて仕方ないだろ?」
「別に」
「聞きたいだろ?」
「勝手に喋ってろ」
「昨日一人でつまらなさそうにブランコを漕いでいた華奢な女の子とまた会ったよ。昨日は警戒していたが、今日はお姉ちゃん……と向こうから呼んできた。飴玉をあげてから膝に乗せてブランコを漕いであげたよ。これはほとんど合意だな、来週には恋人同士になっていることだろう」
「向こうはそうは思っていないと思うが」
「君が私に妬く気持ちもわからないではない。恋とは残酷なものだから」
「せいぜい気を付けろよ。補導回数は私とお前でトップだ」
「君がそうやって私との接点を作っていることはわかっているし、それに応えられないことは本当に申し訳ない。願わくば十年前の君に出会いたかった……」
「お前の耳には人の話を聞く機能が無いのか?」
麗華はいつでも本気であり、その異様な人間的才覚によって大抵の無茶はなし崩しで押し通してしまうのであまり冗談にならない。至近距離で言い寄られて当たりを強く保っていられる人間はそう多くなく、大抵の人は何となく篭絡されて味方に付いてしまう。
また一人、机に近付いてくる美少女にも麗華は躊躇なく手を伸ばす。
「君が十歳から十一歳三ヶ月までなら、私は何を捨ててでも君を手に入れただろう。ツバメさん」
「ありがと。でもジュニアアイドルに手を出すのは相当危ないかな、事務所に訴えられても知らないよ。そんなことより放課後までにはこれを書いておいてね」
学級委員のツバメはスッと唇に指を当てて麗華をいなす。学業の傍らアイドルをやっているだけのことはあって捌き方も鮮やかだ。去り際にツバメが彼方と麗華の席に一枚ずつ置いていったプリントには、大きく「進路調査票」と書かれている。
「彼方もまだ書いていなかったのかい。確かに、君が働いている様子は想像できないか」
「一応書いてはいるが突き返されているだけだよ」
彼方はシャーペンで進路希望欄に「プロゲーマー」と走り書きした。麗華が形の良い眉を動かして苦笑する。
「ゲームのプロ? 面白いけど、それは仕事なのか? どうやって儲けるんだい」
「賞金制の大会で稼いでもいいが、基本はスポンサーが付く」
「誰が出資するんだい」
「誰でも。ゲームを見て楽しむ人が大勢いれば広告料が取れるから、不動産屋でもハンバーガーショップでもいい」
「へえ。そうなったら私も呼んでおくれよ。応援しに行く、私のコレクションを賞品にしてもいい」
麗華はくつくつと笑う。決して馬鹿にしているわけではない。彼方が真顔で冗談を言っていると思っているのだ。
麗華とて彼方がゲームセンターで負け知らずなことは知っているが、その技能が食っていける職業として成立するという発想が無いのだ。インターネットもまだ満足に普及していないこの世界では電子ゲームは少し高級な砂場遊びのようなものだ。ちょっと楽しいが特に何も生まない娯楽、それ以上でも以下でもない。
「はいはいはい、席に着いてねー」
パンパンと手を叩く音がして、ちょうど始業のチャイムが鳴る。
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