ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第15章 世界の有機構成

第83話:世界の有機構成・4

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 少女が叫ぶ声。そして走る魔獣の行く手を遮って赤い宝石型のコアが出現した。
 赤いコアはキュルキュルと回転しながら猛スピードで宙を走り、3Dプリンターを早回しするように赤い軌跡が空中に巨大な拳を描く。
 ワイヤーの間を真紅の装甲が包み、固めたパンチが魔獣をまとめて殴り飛ばした。魔獣は塵となって宙に溶けていく。

黒壱クロイチなの? どうしてここにデモンドリームが……」

 茂みの影から現れた少女が彼方と神威を見て言葉を切った。
 装飾の多い髪留め、両耳にピアス、手首にもブレスレット、腰にもバックル付きベルト。チェーンやアクセサリを多く纏っているが決して下品な印象ではなく、明るい髪色と赤と黒でまとめた着こなしが華やかな少女だ。

 少女は鋭い目線で彼方を睨む。強烈な敵意を隠そうともしていない。彼方は箸と弁当をゆっくりとベンチに置くと、座ったままで穏やかに応じた。

芽愛メアか。そういえば魔神機は共鳴機能を持っていたような気もするな、他の世界では私しか魔神機を持っていないから気にしていなかったが。迂闊にデモンドゥームを出したせいでゴッドドールの所有者が釣れてしまったのか」
「あなた誰? なんで黒壱のデモンドリームを持ってるの? どうして私の名前を知ってるの?」
「質問が多いな、別に構わないが。君は私の敵ではないのだし、ゆっくりいこう」

 芽愛の隣で浮かんだまま回転を続ける赤いコア、そしてそれに手をかけた体勢は最上級の警戒の証だ。銃のトリガーに指をかけているに等しい。
 しかし不用意に先制してくるほど話の通じない性格ではないことを彼方はよく知っている。芽愛はこの世界での最重要登場人物の一人であり、その性格から来歴まで既に経験して把握している。

「一番答えやすいものからいこう。この魔神機は別の世界で黒壱から奪ったデモンドリームだ。今は私がデモンドゥームとして所有している」
「あなたは黒壱を倒したの?」
「倒した。何なら君とゴッドドールだって倒したことがある。しかしそれはこの世界の出来事ではない。何巡か前の世界の話だ」
「悪いけど、あなたが何言ってるのか全然わからない」
「この世界にはまだループものというサブカルチャーが普及していないのか。別に納得してもしなくてもいいが、今の私たちの間には何の関係もないし、深く関わったところでお互いに得はないというのが結論だ。ここは見なかったことにしないか? 黒壱だってこの世界ではどこかの病院でゆっくり療養しているはずだ」
「それはできないでしょ。この世に魔神機は三柱しか存在しないはず。そのデモンドリーム……デモンドゥームがレプリカかロストナンバーか何なのか知らないけど、魔神機を持ってて堅気なワケないし」
「それはそうだが、デモンドゥームの触手が魔獣を倒しているのは君も見ただろう。私は別にこの魔力渦の黒幕とかではないし、君と麗華の再会を邪魔するつもりもない」
「どうしてそんなことまで知ってるの? あなた、すごく危険な感じがするわ。目的がどうこうじゃなくて、存在そのものが危ない。スズメバチが庭に住み付いてるような感じ」
「その直観は完全に正しいが、それならそれで君はハチの巣を突くべきではない。丁寧なことにハチ自身が敵意の無さを説明してくれているのだから」
「駆除はしないけど移動はしたいかな。せめてこの街からは出て行ってくれない?」
「断る。丸く収めることと際限なく譲歩することは全く別だからだ。丸く収めるというのは態度の問題だが、譲歩となると利害の問題になる。重ねて言うが、我々は君の物語を妨害するつもりはない。もっと具体的に言おうか? かつて魔法少女だった麗華と敵幹部だった君の間には浅からぬ因縁があって、それを清算するために君がこの街を訪れたことを知っている。その上で、君と麗華の和解が円滑に進むことを祈っている。それで妥協しないか?」
「しないって。むしろ思ってたよりずっとずっとヤバいことがわかったわ。悪いけど少しだけ痛い目見てもらおうかな、それでここから出て行ってもらう。魔神機もどきを使えるならちょっと叩いても死なないでしょ」
「それは最悪手だ。君にとっての」

 芽愛の赤いコアが光って回転を始めた。すぐにゴッドドールの巨大な掌打が顕現して彼方に迫る。
 とはいえ拳を固めるのではなく広げて払う動きであるあたり、相当に気を遣っているのがわかる。さっきと比べて動きも遅い。彼方もデモンドゥームの触手を顕現させて鋼鉄の手を打ち払う。
 お互いに巨大な魔神機を全て顕現させればタダでは済まないことがわかっている。これは小競り合いだ。軽くどつき合う程度のモチベーションしかないのに本気になっても仕方がない。カラオケで合いの手を打つように適当に応戦していると芽愛が眉を顰める。

「操縦が上手すぎない? 幹部並みだわ、昨日今日の素人じゃない。あなた、いつ魔神機を手に入れたの?」
「だから前の世界で奪ったと言っているだろう。君よりよほど長く使ってるよ」
「私の方が年上だと思うけど」
「そういう次元の話をしてるんじゃない」
「何でもいいわ。こんなものまで使うとは思わなかったけど!」

 芽愛が両手を滑らせるように打ち合わせた。手の隙間から更に三つのコアが溢れ出す。それぞれが宙を旋回してワイヤーフレームがゴッドドールの四肢を描く。
 これで両手両足。まだ八本の触手を持つデモンドゥームに比べれば半分ではあるが、元より一対一の格闘戦ではゴッドドールに分がある。
 巨大な指先が触手を三本まとめて掴み取った。鞭のように暴れる触手を意に介さず、残りも全て足で踏みつけて制圧する。あっという間に触手全てを封じ、最後の一つである赤い腕が彼方の頭上を取った。
 今度こそ彼方を吹き飛ばすべく斜め上から迫ってくる。強く叩いても大丈夫だと判断したのか、その打ち下ろしは初手のスピードよりもかなり速い。

「飽きた」

 彼方が溜息を吐く。その息は白く凍っていた。
 ゴッドドールの動きがぴたりと止まる。地に落ちる木の葉も飛ぶ鳥も、裏山広場の全てが停止して凍り付く。時間凍結の影響下で動いて喋るのは彼方と神威だけだ。

「やはり暇潰しでしかない。二分や三分は気が紛れてもそれ以上はとても保たない。電車で起動するスマホゲームと同じだ」
「芽愛も確実に強くなってはいるようですが。前回は核は二つまででしたが、今回は最初から四つ保持しています」
「確かに、魔力の乱れから現れる狼だって前回は牙を持たない不定形だった。同じ世界でも一周する前後で全てが同じというわけでもない。少なくとも私たちが介入した分だけ変わる部分はある。私たちが逆向きに遡上するたび、一つ下の世界にも僅かずつ影響が出てはいる。創造した世界から被造された世界へと情報は常に流れている」
「しかし誤差の範囲です。街角の花屋があったりなかったりする程度のことで諸手を上げて喜ぶわけではありません。可能性には計量可能な多寡が明確にあり、元から予測できる変化が実現したところで何にもなりません」
「私にとっても、攻略法の変わらない敵などテクスチャ張替え程度の意味しかない。ニューゲームというよりはバージョンがver3.15.0からver3.15.1になる程度のマイナーアップデートだ」

 ゴッドドールが軋む音がした。凍結した時の中で指先が開き始めている。

「さすがにこの程度の時止めはもう抜けるか。そういえばゴッドドールの固有能力は時絡みだったものな」
「この芽愛はどうするんですか? 不本意とはいえ、始めてしまった以上はどこかに落としどころを付けなければならないでしょう」
「少なくとも倒す選択肢はない。別の世界から持ち込んだ能力でいつでも停止して完全に生殺与奪を握れてしまう、そんな水準の相手は敵ではない。一方的な虐殺はゲームではないし、私個人としても彼女には敵意が無い。強いて言えば、これはゲームに参加するかどうかというよりは、ゲームに参加する振りをするかどうかという問題だ。ゲーマーというよりはデバッガー、ゲームというよりはシミュレーター。私たちは完全に事件の外側にいて、何でも把握していつでも管理できてしまう」

 遂に時止めから復帰したゴッドドールが平手打ちを再開する。
 彼方は二度目の溜息を吐いて右手を上げた。ゴッドドールの巨大な手の平を拳で受け止めると、芽愛が口を両手で覆って息を呑んだ。

「魔神機を素手で? 人間じゃない!」
「最初からそう言ってる……いや、それは別に言ってないか。人間だし」

 ゴッドドールの手の平を思い切り拳で殴った。氷を纏った鉄拳がゴッドドールの装甲を凹ませる。
 この程度の損傷ならすぐに自己修復するはずだが、芽愛の戦意を喪失させるには十分すぎる。絶句する芽愛を放置し、彼方はベンチに座った。

「こっちは生身でもハンデにもならない。レベルデザインが終わってる。異世界転生無双? こんなの何が楽しいんだ。私のゲームはどこで遊べる?」
「残念ですが、遊戯はもう終わったと言わざるを得ません。できるとすれば私たちが遊戯なしで満足するという転換だけです。予想できる程度の変化で満足し、つつがない日常を送るという選択肢が私たちにはあります」
「本気で言っているのか? 私はゲーマーであることを諦めたくない。どこかにあるはずだ、何とかして敵を作り出す方法が」
「私はそうは思いません。私とあなたが戦う選択肢すらもう無いのですから」
「それが最大の痛手だ。私たちはお互いのことを知りすぎてしまった上に、私たちが持つ能力もこれ以上はほとんど変化しない。確かに今戦えば私と君の戦力は拮抗しているだろうが、もう伝統武術の組手のように固着した応酬しかできない。全力で追って追われる、ひりついた戦争はもう生まれない」
「彼方、もう遊戯は卒業しませんか? 私たちも大人になったということです。刺激が無い代わりに危険もない、この楽園に安住するべきです。もう遊戯気分で世界を滅ぼすべきではありませんし、ましてや遊戯もどきを求めて芽愛と麗華の物語に介入するべきではありません。私たちは黒幕ではないし伏線ですらないのです。芽愛との戦いも丸ごと無かったことにする、それが一番穏当な道です」

 神威は弁当を食べ終えた箸を両手で潰して挟み込んだ。虹の波動が世界を包み、汎将で世界を移動する。芽愛と戦った世界から戦わなかった世界へ。
 波が消えたとき、芽愛は正面のベンチに座っていた。もちろん広場にはデモンドゥームもゴッドドールも魔力渦も出ていない。はっと意識を取り戻してきょろきょろとあたりを見回した芽愛は、目の前で座っている神威と彼方を見て首を傾げる。

「……? あの、そこの人、ひょっとして私眠ってた?」
「先ほどからずっと宙をぼんやり見ていました。何かに悩んでいるように」
「そう……実は私、今から六年前の知り合いに会いに行くんだけど……」

 芽愛の言葉を神威は片手を上げて押しとどめた。
 ここがライトノベルの第一巻第一章、物語に巻き込まれるか否かの分水嶺だ。ここで話を聞いたが最後、彼方と神威は不思議な能力で芽愛の力添えをする羽目になる。
 だが、そのポジションは明確に拒絶しなければならない。神威はこのストーリーの登場人物ではない。回想にすら現れない、無名の人間でいなければならない。

「申し訳ありませんが、私はあなたの相談相手ではありません。私たちも自分探しに手一杯で、そこまで手が回りません」
「そうね、初対面の人にごめんなさい。初めて会った気がしなくて」
「私もあなたのことは知りませんが、あなたの道が上手くいくことを祈っています」
「あなたいい人ね。それじゃ」

 立ち去る芽愛の背中を見送り、彼方も食べ終えた弁当を片付けて鞄に入れた。

「私はまだ諦めたわけじゃない。ゲームを続ける方法を何としても見つけてみせる」
「ご自由にどうぞ。あなたがこの世界を滅ぼしたところで、私は次の世界でまたあなたと並んでお弁当を食べるだけでしょう。まだ他に何かやることがありますか?」
「わからない。わからないが、わからないときは思い付く順に思い付きをこなすしかないんだ。芽愛の言葉で思い出した。私も数千年以来の友達にでも会ってみようと思う」
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