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第1章 錆びた魔剣
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妙にくぐもったような音が耳に届いている。耳を覆われているかのようだ。小さな声、地面を走る足音は軽く、小さい。
子供の足音だ……
そう気づいた瞬間から、音は徐々に澄んで、わかりやすくなっていった。子供が笑いながら走っている。ティナはそう思い、目の前に広がる光景に目をやった。
(ああ…… あたしだ……)
笑い声の主、走っていた小さな子供はどうやら自分自身らしい。少し先には犬が楽しげに走っている、自分はそれを追いかけていたのだろう。
犬は彼女の方を振り向き、いたずらな表情を見せる。笑いかけているような…… 舌が動きにつれて跳ね、ハッ、ハッと上がった息の音が耳に届く。
(この子は確か近くの農場のポムとかいう子だった)
(もう何年も前に亡くなったはず……)
犬は楽しげに古い小屋の中へと入っていく。ドアの陰から飛び出して驚かせようとしているのだろう。
彼女は笑いながらそれをかわし、犬を捕まえて抱きしめた。ふわふわした毛が頬に触れ、少しくすぐったい。犬は抱きしめる彼女の腕から抜け出し、小屋の奥へと走っていく。
(ダメ、その奥は……)
工房の裏手の木立の陰、古い小屋はまだ窓もあり、炉も残っている。ただし、長らく使われている様子はない。
(ポム、どこに行ったの?)
彼女は犬が隠れていそうな作業台の下を覗き込んだ。
(ポム……?)
そこに犬の姿はなかった。その代わり……
「はっ?!」と彼女は息を呑み、目を覚ました。「……夢? だったのか……」
そこは祖父の工房の裏手ではなく、ウィルフレッドの屋敷の一室だった。夢の続き、作業台の下にあったものは何だったのか、とうとうわからず終いだ。窓から差し込む朝の光の筋にきらめく微細な埃。どこか遠くから人の動く音と気配がする。
彼女はゆっくりとベッドの上に身を起こした。サイドチェストの上には昨夜置いた剣がそのまま置かれている。
「アンタのこと、知ってるかもしれない人がいるらしいよ? 銘くらいわかるといいよね?」と彼女は剣に語り掛けた。しかし返答はない。
彼女はベッドから下りると手早く身支度を済ませた。
彼女の家は王都の西の城門外にあり、ウィルフレッドの屋敷も西門にほど近い界隈にある。昨夜訪問の約束を取り付けたシモンズ伯の屋敷は王都の東南地区にあった。その地域はかなり高級で、裕福な貴族の屋敷も多い。ティナはウィルフレッドとともに馬車の中にあった。
「どうした、ティナ? 借りてきた猫のようだぞ?」とウィルフレッドが笑った。普段は少年のような服を好むティナだったが、今日は主にかしずく従者よろしくメイドの服装を身に着けていた。
「スカート…… すーすーする……」
彼女の言葉にウィルフレッドは笑った。
「まあ、一応主従の態にしておきたくてな。シモンズ伯は気楽に付き合える相手だが、夫人は少々気難しい人物でな」
「はぁ……」
ウィルフレッドも実際は貴族の家柄で、本来ならティナのいつもの受け答えも咎め建てされてもやむを得ない。堅苦しいことは好まないティナだったが、致し方ない。
やがてシモンズ邸が近づいてきた……
邸内の馬車止めに馬車が止まると、ティナは巨大な木箱を持ち上げた。中身の剣は彼女にとって重さがないものの、急遽用意された木箱が意外なほど重い。
「うん、しょ」と思わず声が漏れてしまう。
木箱は元は等身大の彫像が収められていたものだ。中の美術品を守るために頑丈に作られている。剥き出しの剣を持ち歩くわけにもいかず、美術品よろしくその木箱の中に隠したのだ。
見た目だけは貴族の主のために荷物を運ぶメイドの態となっている。
「手伝ってやりたいのはやまやまだが……」とウィルフレッドが小声で囁いた。
「わかってますよ、先生」とティナは返した。「コレ、あたし以外には持てないし」
豪華な玄関口のロビーで初老のシモンズ伯と夫人が待っていた。
夫人は確かに少々気難しそうな表情で、夫の友人とそのメイドを見ていた、が、メイドが大きな荷物を持っているのを見るなり驚いた。
「誰か、手伝って御上げなさい!」
「けけ、結構でございますー!」と慣れない口調でティナが返した。
「お気遣いだけいただいておきます、夫人」とウィルフレッドが無難に続けた。
シモンズ伯は既に、かなり変わったものを見てほしいとの訪問の内容をざっと聞いている。すかさず歩み寄ってきた。
「久しいな、ウィルフレッド。まあ、私の書斎にでも」とシモンズ伯は余人が入らない場所へと先導した。
子供の足音だ……
そう気づいた瞬間から、音は徐々に澄んで、わかりやすくなっていった。子供が笑いながら走っている。ティナはそう思い、目の前に広がる光景に目をやった。
(ああ…… あたしだ……)
笑い声の主、走っていた小さな子供はどうやら自分自身らしい。少し先には犬が楽しげに走っている、自分はそれを追いかけていたのだろう。
犬は彼女の方を振り向き、いたずらな表情を見せる。笑いかけているような…… 舌が動きにつれて跳ね、ハッ、ハッと上がった息の音が耳に届く。
(この子は確か近くの農場のポムとかいう子だった)
(もう何年も前に亡くなったはず……)
犬は楽しげに古い小屋の中へと入っていく。ドアの陰から飛び出して驚かせようとしているのだろう。
彼女は笑いながらそれをかわし、犬を捕まえて抱きしめた。ふわふわした毛が頬に触れ、少しくすぐったい。犬は抱きしめる彼女の腕から抜け出し、小屋の奥へと走っていく。
(ダメ、その奥は……)
工房の裏手の木立の陰、古い小屋はまだ窓もあり、炉も残っている。ただし、長らく使われている様子はない。
(ポム、どこに行ったの?)
彼女は犬が隠れていそうな作業台の下を覗き込んだ。
(ポム……?)
そこに犬の姿はなかった。その代わり……
「はっ?!」と彼女は息を呑み、目を覚ました。「……夢? だったのか……」
そこは祖父の工房の裏手ではなく、ウィルフレッドの屋敷の一室だった。夢の続き、作業台の下にあったものは何だったのか、とうとうわからず終いだ。窓から差し込む朝の光の筋にきらめく微細な埃。どこか遠くから人の動く音と気配がする。
彼女はゆっくりとベッドの上に身を起こした。サイドチェストの上には昨夜置いた剣がそのまま置かれている。
「アンタのこと、知ってるかもしれない人がいるらしいよ? 銘くらいわかるといいよね?」と彼女は剣に語り掛けた。しかし返答はない。
彼女はベッドから下りると手早く身支度を済ませた。
彼女の家は王都の西の城門外にあり、ウィルフレッドの屋敷も西門にほど近い界隈にある。昨夜訪問の約束を取り付けたシモンズ伯の屋敷は王都の東南地区にあった。その地域はかなり高級で、裕福な貴族の屋敷も多い。ティナはウィルフレッドとともに馬車の中にあった。
「どうした、ティナ? 借りてきた猫のようだぞ?」とウィルフレッドが笑った。普段は少年のような服を好むティナだったが、今日は主にかしずく従者よろしくメイドの服装を身に着けていた。
「スカート…… すーすーする……」
彼女の言葉にウィルフレッドは笑った。
「まあ、一応主従の態にしておきたくてな。シモンズ伯は気楽に付き合える相手だが、夫人は少々気難しい人物でな」
「はぁ……」
ウィルフレッドも実際は貴族の家柄で、本来ならティナのいつもの受け答えも咎め建てされてもやむを得ない。堅苦しいことは好まないティナだったが、致し方ない。
やがてシモンズ邸が近づいてきた……
邸内の馬車止めに馬車が止まると、ティナは巨大な木箱を持ち上げた。中身の剣は彼女にとって重さがないものの、急遽用意された木箱が意外なほど重い。
「うん、しょ」と思わず声が漏れてしまう。
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見た目だけは貴族の主のために荷物を運ぶメイドの態となっている。
「手伝ってやりたいのはやまやまだが……」とウィルフレッドが小声で囁いた。
「わかってますよ、先生」とティナは返した。「コレ、あたし以外には持てないし」
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「誰か、手伝って御上げなさい!」
「けけ、結構でございますー!」と慣れない口調でティナが返した。
「お気遣いだけいただいておきます、夫人」とウィルフレッドが無難に続けた。
シモンズ伯は既に、かなり変わったものを見てほしいとの訪問の内容をざっと聞いている。すかさず歩み寄ってきた。
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