王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

文字の大きさ
33 / 85

使者の来訪

しおりを挟む
その日、リントンからの使者は、前触れもなくランズ王国王宮に到着した。

謁見の間でクラリスが対応すると、使者は声を潜め、耳元で小さく囁いた。テオドールは目を閉じ、息を潜めて耳を澄ます。

『王女、リントンにお戻り下さい。理由は聞かずにお戻り下さい』

真っ青な使者は辺りを警戒しながら、必死にクラリスへ耳打ちした。



黙りこくるクラリスを、テオドールは気づかれぬよう見つめていた。

『理由を話しなさい』

使者はなおも緊張を崩さず、声を震わせる。

『王女。ご理解下さい。戻られれば分かります。お願いします。これは王命です』

…王命?

さすがのテオドールも息を飲んだ。

沈黙が広がる中、クラリスの声が静かに響く。

『テオドール』

テオドールは、クラリスが席を外すよう命じるのかと思い、踵を返す。

『貴方、我が国でもトップクラスの剣術よね?』

…は?

呆気に取られるテオドールへ、クラリスは続ける。

『この者が、わざわざ足を運んできた私の言うことも聞かず、自分の言うことを聞けというの。まぁ、この者もリントンの使者だから、王命となれば仕方ないのでしょうけど…だからチャチャっとやっちゃってくれない? そうしたら、この者の責任も軽くなるでしょ? ねえ?』

リントン使者は真っ青になり、恐怖でテオドールを見上げる。

…おいおい。まじか?

テオドールが一歩踏み出した瞬間、使者は慌てて声を上げた。

『王女! 分かりました! 分かりましたから!』

…は? 何とも忠誠心の欠片もない奴だな。

足を止めたテオドールに、クラリスはいたずらっぽく舌を出した。

『さぁ、話しなさい。時間はたっぷりあるわ。他所の国に来て、自分勝手に話してはいけませんよ? ここはリントンではなく、ランズ王国です。無事で帰りたいでしょう?』

その笑顔に、使者はゆっくりと話し始めた。

『王女、貴女はリントンが大切ではないのですか?』

クラリスは顔色ひとつ変えず答える。

『大切よ。決まってるわ。私の祖国だもの』

『ならば、何故…』

使者は訴えるようにクラリスを見つめた。

『貴女がリントンに仕えるよう、この男は今ランズ王国王太子妃である私に仕えているわ。もし貴方が、自分の主や自国を売る姿を見たらどう? 悲しくないかしら?』

使者はゆっくりとテオドールを見る。



『主従関係であっても、人間関係はそれぞれよね? 少なくとも私は、このテオドールに悲しみを与えたくはない』

『貴方のためにリントンに帰れと言えば、この男はどうなるかしら? ランズ王国王太子妃側近がよ? みすみす逃げられたとなれば、汚名が付いて回るわ』

クラリスの真っ直ぐな視線に、使者は観念したように俯き、か細い声で話し始めた。

『我が国の東側にある橋の使用権が無くなりそうで…』

『は? 使用権って東側…ラダン王国が?』

使者はテオドールをチラリと確認する。

『ラダン王国の後ろにはパナン王国が。パナン王国が我が国に使用させるなと…』

『何故? そんなことになれば一大事じゃない! あそこを通らなければ帝国に行くのも一苦労よ?』

『だからお帰り下さいと申しました』

『は? 話が見えないわ。何故その使用権と私の帰還が関係あるの?』



『パナン王国は、王女がランズ王国王太子妃でなくなれば許可を出しても構わないと言っているそうです』

『いつからラダン王国はパナン王国の子分になったの?』

『大きな借金があるそうで。それにそれだけではありません。パナン王国は、我が国所有のリャンド金山の所有権も主張してきております』

『は? あの金山は今も昔もリントンの所有じゃないの! そんな理不尽に屈しているの?』

『いや、屈してなどいません。金山の所有は主張していますが、橋の権利はラダン王国とパナン王国の問題ですので…』

クラリスはうんざりしたようにテオドールを見る。

『なるほど…』

考え込むテオドールに、クラリスが促す。


『なるほどって何?』


『パナン王国はアルフレッド殿下ではなく、フリードリヒ王太子殿下を狙っているということです』


…狙いって。

クラリスは視線を使者に送る。使者も静かに頷いた。

…貴方も分かっていたの?


クラリスはテオドールと使者を交互に見つめ、頭を抱えるようにため息をついた。

『とにかく、あまりこの者をここに留めておくのは得策ではありません。取り敢えず妃殿下をお連れするのを失敗したことにするか、今回の事を正直に話すかは、貴殿次第ですよ』

テオドールはそう告げて使者を促し、部屋を出させる。

使者はトボトボと帰路についた。その後ろ姿に、テオドールは心の底から同情したのであった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」 婚約破棄をきっかけに、 貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。 彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく―― 働かないという選択。 爵位と領地、屋敷を手放し、 領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、 彼女はひっそりと姿を消す。 山の奥で始まるのは、 誰にも評価されず、誰にも感謝せず、 それでも不自由のない、静かな日々。 陰謀も、追手も、劇的な再会もない。 あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、 「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。 働かない。 争わない。 名を残さない。 それでも―― 自分の人生を、自分のために選び切る。 これは、 頑張らないことを肯定する物語。 静かに失踪した元貴族令嬢が、 誰にも縛られず生きるまでを描いた、 “何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

悪役令嬢は六度目の人生を平穏に送りたい

柴田はつみ
恋愛
ループ6回  いずれも死んでしまう でも今回こそ‥

処理中です...