2 / 27
公爵家の晩餐
しおりを挟む晩餐の席には、まるで芸術品のように美しく仕上げられた料理がずらりと並び、
それを囲む公爵家の人々、そしてその場に仕える者たちもまた、洗練された所作でその場に華を添えていた。
だが、この夜の晩餐には、いつになく重苦しい空気が立ち込めていた。
「……あの愚王めが、ここまで愚かだとはな」
チェチーリアの兄、アレクセイが珍しく苛立ちを露わにし、手にしたワイングラスを一息に干した。
「こら、アレク。言葉を慎め。誰が聞いているかわからんだろう」
父である公爵は、息子が代弁してくれた自身の本音に内心頷きつつも、形式上の注意を与える。
しかし、アレクセイはわずかに眉をひそめ、公爵をにらみつけるようにして言った。
「父上とて、同じお気持ちなのでは?」
言葉を返さず黙り込む父を見て、アレクセイは小さく息を吐き、納得したように頷いた。そして目の前の肉に、苛立ちをぶつけるようにナイフを深く突き立てた。
「だいたい、“真実の愛”だと? 王太子ともあろう者が……いや、あんなんでもさ」
最後の一言には毒が混じっていた。だが、“あんなんでも”とはさすがに言い過ぎだろう。仮にも一国の王太子なのだから。
「でも、おかげでチェチーリアはそんな者に嫁がずに済んだとも言えるぞ?」
そう言ったのは他でもない公爵だった。発言としてはどうかと思うが、それもまた本音なのだろう。
「それで? ルーゼンベルク帝国か。婚約破棄に一抹でも後ろめたさがあれば、あんな仕打ちはしないはず」
アレクセイの言葉に、食卓は沈黙に包まれる。そして自然と、その視線はチェチーリアに向けられた。
「私は……どちらでも構いませんわ」
重たい空気を少しでも和らげようと、チェチーリアはそっと微笑む。その微笑みを、アレクセイは容赦なく打ち砕いた。
「お前が構わなくても、私は構う。可愛い妹を何だと思っている。
第一、ルーゼンベルク帝国のフリードリヒ・ルーゼンベルクという男を知っているのか?」
チェチーリアとて知らないわけではない。すでに幾人もの妃を迎えながら、正室はいまだ空位。妃たちは皆、どこかの王族の姫君ばかりだ。
「もしかして……チェチーリアが正室に?」
母・マリネットの問いかけに、アレクセイは即座に声を荒げた。
「そんなわけがあるものか! すでに娶った妃たちは、すべて有力な王女たち。
彼は、女を並べてその権威を誇示する男なのだ!」
マリネットは言葉を失い、唇を震わせる。その様子をそっと気遣いながら、チェチーリアがやさしく語りかける。
「お母さま、大丈夫ですわ。妃の一人であっても、このドリームウィーバー王国とルーゼンベルク帝国の懸け橋になれるのなら、それで……」
またしても、沈黙。
それを破ったのは、公爵だった。
「ところで、“あれ”との婚約の発表は、いつ頃になるのだ?」
含みを持たせたその言葉に、アレクセイが鼻を鳴らす。
「子爵令嬢ごときが、チェチーリアと同じように王太子妃としての務めを果たせると?
冗談もほどほどにしてほしいものだ。国費からいくら教育に費やされてきたと思っている?
淑女として、王太子妃として、完璧に育てられたチェチーリアこそが、王太子にふさわしかった。
その損失の大きさも理解せぬまま、何が“真実の愛”だ……」
アレクセイは鋭い言葉を吐き捨てるように言い終え、真っ白なナフキンで口元を静かに拭った。
公爵もまた、深いため息を一つ。
そしてナイフとフォークを静かに置いた。
――今宵の晩餐は、芸術とは程遠いものであった。
3
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
アクアリネアへようこそ
みるくてぃー
恋愛
突如両親を亡くしたショックで前世の記憶を取り戻した私、リネア・アージェント。
家では叔母からの嫌味に耐え、学園では悪役令嬢の妹して蔑まれ、おまけに齢(よわい)70歳のお爺ちゃんと婚約ですって!?
可愛い妹を残してお嫁になんて行けないわけないでしょ!
やがて流れ着いた先で小さな定食屋をはじめるも、いつしか村全体を巻き込む一大観光事業に駆り出される。
私はただ可愛い妹と暖かな暮らしがしたいだけなのよ!
働く女の子が頑張る物語。お仕事シリーズの第三弾、食と観光の町アクアリネアへようこそ。
転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが
クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた
そして殿下にリリーは殺される?
転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが
何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう
『白亜の誓いは泡沫の夢〜恋人のいる公爵様に嫁いだ令嬢の、切なくも甘い誤解の果て〜』
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢キャロルは、長年想いを寄せていた騎士爵の婚約者に、あっさり「愛する人ができた」と振られてしまう。
傷心のキャロルに救いの手を差し伸べたのは、貴族社会の頂点に立つ憧れの存在、冷徹と名高いアスベル公爵だった。
彼の熱烈な求婚を受け、夢のような結婚式を迎えるキャロル。しかし、式の直前、公爵に「公然の恋人」がいるという噂を聞き、すべてが政略結婚だと悟ってしまう。
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
ただの道具屋の娘ですが、世界を救った勇者様と同居生活を始めます。~予知夢のお告げにより、勇者様から溺愛されています~
小桜
恋愛
勇者達によって魔王が倒され、平和になったばかりの世界。
海辺にあるグリシナ村で道具屋を営むビオレッタのもとに、なぜか美しい勇者がやってきた。
「ビオレッタさん、俺と結婚してください」
村のなかで完結していたビオレッタの毎日は、広い世界を知る勇者によって彩られていく。
狭い世界で普通にこつこつ生きてきた普通なビオレッタと、彼女と絶対絶対絶対結婚したい自由な勇者ラウレルのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる