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公爵家の晩餐
しおりを挟む晩餐の席には、まるで芸術品のように美しく仕上げられた料理がずらりと並び、
それを囲む公爵家の人々、そしてその場に仕える者たちもまた、洗練された所作でその場に華を添えていた。
だが、この夜の晩餐には、いつになく重苦しい空気が立ち込めていた。
「……あの愚王めが、ここまで愚かだとはな」
チェチーリアの兄、アレクセイが珍しく苛立ちを露わにし、手にしたワイングラスを一息に干した。
「こら、アレク。言葉を慎め。誰が聞いているかわからんだろう」
父である公爵は、息子が代弁してくれた自身の本音に内心頷きつつも、形式上の注意を与える。
しかし、アレクセイはわずかに眉をひそめ、公爵をにらみつけるようにして言った。
「父上とて、同じお気持ちなのでは?」
言葉を返さず黙り込む父を見て、アレクセイは小さく息を吐き、納得したように頷いた。そして目の前の肉に、苛立ちをぶつけるようにナイフを深く突き立てた。
「だいたい、“真実の愛”だと? 王太子ともあろう者が……いや、あんなんでもさ」
最後の一言には毒が混じっていた。だが、“あんなんでも”とはさすがに言い過ぎだろう。仮にも一国の王太子なのだから。
「でも、おかげでチェチーリアはそんな者に嫁がずに済んだとも言えるぞ?」
そう言ったのは他でもない公爵だった。発言としてはどうかと思うが、それもまた本音なのだろう。
「それで? ルーゼンベルク帝国か。婚約破棄に一抹でも後ろめたさがあれば、あんな仕打ちはしないはず」
アレクセイの言葉に、食卓は沈黙に包まれる。そして自然と、その視線はチェチーリアに向けられた。
「私は……どちらでも構いませんわ」
重たい空気を少しでも和らげようと、チェチーリアはそっと微笑む。その微笑みを、アレクセイは容赦なく打ち砕いた。
「お前が構わなくても、私は構う。可愛い妹を何だと思っている。
第一、ルーゼンベルク帝国のフリードリヒ・ルーゼンベルクという男を知っているのか?」
チェチーリアとて知らないわけではない。すでに幾人もの妃を迎えながら、正室はいまだ空位。妃たちは皆、どこかの王族の姫君ばかりだ。
「もしかして……チェチーリアが正室に?」
母・マリネットの問いかけに、アレクセイは即座に声を荒げた。
「そんなわけがあるものか! すでに娶った妃たちは、すべて有力な王女たち。
彼は、女を並べてその権威を誇示する男なのだ!」
マリネットは言葉を失い、唇を震わせる。その様子をそっと気遣いながら、チェチーリアがやさしく語りかける。
「お母さま、大丈夫ですわ。妃の一人であっても、このドリームウィーバー王国とルーゼンベルク帝国の懸け橋になれるのなら、それで……」
またしても、沈黙。
それを破ったのは、公爵だった。
「ところで、“あれ”との婚約の発表は、いつ頃になるのだ?」
含みを持たせたその言葉に、アレクセイが鼻を鳴らす。
「子爵令嬢ごときが、チェチーリアと同じように王太子妃としての務めを果たせると?
冗談もほどほどにしてほしいものだ。国費からいくら教育に費やされてきたと思っている?
淑女として、王太子妃として、完璧に育てられたチェチーリアこそが、王太子にふさわしかった。
その損失の大きさも理解せぬまま、何が“真実の愛”だ……」
アレクセイは鋭い言葉を吐き捨てるように言い終え、真っ白なナフキンで口元を静かに拭った。
公爵もまた、深いため息を一つ。
そしてナイフとフォークを静かに置いた。
――今宵の晩餐は、芸術とは程遠いものであった。
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