公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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去るチェチーリア

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国王は、最後の挨拶を終えその場を去るチェチーリアの後ろ姿を、しばし目で追っていた。

「……惜しい女だ」

ふと漏れたのは、国王の本音だった。
確かに、彼女の教育には莫大な費用を投じた。だがそれだけではない。
控えめで、どこか儚げな印象すらあったあの少女は、見事なまでに成長を遂げた。
それは金銭や地位によるものではなく、チェチーリア自身の持つ資質と、たゆまぬ努力の賜物である――それを、国王は誰より理解していた。

帝国から縁談の打診が届いたのは、周囲の王女たちが次々と帝国に輿入れし、
ドリームウィーバー王国としても焦燥を感じていた頃のことだった。
正直、安堵した。だが同時に、頭を悩ませる問題でもあった。

この王国には王女がいない。
それに並ぶ器量を持つ者は、ただ一人――チェチーリア・アルストメリア。

だが彼女は、息子・エルウィンの婚約者だった。

そんな折、エルウィンから思いがけない申し出があった。
「チェチーリアとの婚約を解消したい」と。

正直、国王はほっとした。これで帝国に顔向けができる――そう思い、息子の願いを受け入れた。だが、その先に待っていたのは、思い描いていた未来とは異なるものであった。

王太子妃としての教育が思うように進まぬ現状に、エルウィンはこう言った。

「父上、それだけ“伸びしろ”があるということです」

……伸びしろ、とは。
うまく言ったものだ、と国王は苦笑を浮かべた。

チェチーリアの背を見送りながら、思う。
彼女が去ることで、その存在の大きさを知るのか。
それとも――去るからこそ、大きく見えるのか。

できることなら、後者であってほしい。
そう願いながら、国王は小さくため息を吐いた。




長い回廊を、チェチーリアは静かに歩いていた。
優雅な足取りに、淑女としての品位がにじむ。

その姿を見つけたのは、かつての婚約者――エルウィン。
驚いたように目を見開き、思わず口にしたのは、昔馴染みの呼び名だった。

「……シシー」

チェチーリアは静かに微笑み、美しく膝を折って一礼した。

「殿下、これまでお世話になりました。どうかお幸せに」

エルウィンは、ただ彼女を見つめていた。
以前のチェチーリアは、ベージュの控えめなドレスに髪をすっきりとまとめ、王太子妃教育に励んでいた。
だが今、目の前にいる彼女は、ダスティライラックの柔らかなシフォンドレスに、優雅なハーフアップ。
その気品ある顔立ちは、洗練されたメイクにより一層際立ち、堂々たる風格をまとっている。

そう。どこから見ても、完璧な淑女だった。

我に返ったエルウィンは、ようやく言葉を返す。

「……ああ。ありがとう」

チェチーリアはにこやかに微笑むと、静かに言葉を添えた。

「それでは、先を急ぎますので――」

そして、音もなくその場を立ち去っていく。

彼女の背中を、エルウィンは茫然と見送った。
さきほどまで一緒に過ごしていた、婚約者“候補”の顔が脳裏に浮かぶ。

なぜか、胸が痛んだ。
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