公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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偽善か、信念か

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二度目の視察の日は、前日までの晴天が嘘のように曇っていた。

チェチーリアは、今度は帝都南の貧民街近くにある診療所と、露天の市場を訪れることにしていた。

「きっとまた、何をしているのかと笑われるのでしょうね」

馬車の中、窓の外に目を向けながらチェチーリアが呟くと、隣に座っていたアメリアがため息混じりに応じた。

「それはもう確実ですわ」

「……否定してほしいところだけど」

「申し訳ありません、妃殿下。でも、きっと今日もおひとりは味方が増えますわ」

その言葉に、チェチーリアは目を細めて笑った。

「なら、それだけで十分ね」

 

***

 

南市場は、北と違って静かだった。
店舗が整然と並ぶ代わりに、ぼろぼろの布を敷いた路面販売。
靴も履かぬ子どもたちが走り回り、煙の立つ小鍋からは香辛料の匂いが漂っていた。

「……どうして、こんなにも違うのかしら。同じ帝都なのに」

ふと漏らした言葉に、案内役の侍従が戸惑いながら答える。

「南部は……古くから流民の多い地域でして。帝都の中でも、税の徴収も緩く、治安もあまり……」

「それは“放置している”ということですか?」

ピシャリとした言い方に、侍従は沈黙した。
チェチーリアはそれ以上問わず、歩みを進めた。

 

そんな中、彼女の目に、一人の少年が映った。

身なりは薄汚れ、片足を引きずるように歩いている。
その少年が、果物の露天にふらりと近づくと――不意にリンゴを一つ、袖に滑り込ませた。

「ちょっと!」

売り手の女が怒鳴るより早く、アメリアが飛び出そうとしたその瞬間。
チェチーリアが手を上げて止めた。

「私が行くわ」

そう言って、彼女はひとりで少年に近づいた。

 

「待って」

少年が逃げようとした腕を、彼女はそっと掴んだ。
その手は、冷たく細かった。

「リンゴ、好きなの?」

少年は、恐れと怒りをにじませた目で睨んできた。

「うるせぇよ……金なんて、ないから取っただけだ!」

「うん、そうだと思った。でも、これがどんな結果になるかは、分かってる?」

「……知らねぇよ」

「お店の人、これを売らなきゃ、家に帰れないの。あなたが取ったら、誰かが損をする。分かる?」

少年の目が、わずかに揺れた。

「今回は何かの縁だわ。このリンゴは私が買います。そしてあなたにあげるわ。」

そういうと店主にお金を差し出した。


「……妃殿下」

アメリアがそっと近づく。

「また、あの噂が広がりますよ。“正義のふり”とか、“偽善者”だとか」

「ええ、きっとそうでしょうね」

チェチーリアは空を見上げた。
雲の切れ間から、一筋の光が射していた。



 

***

 

その日、夕刻。
フリードリヒは、王宮の高い塔から帝都を見下ろしていた。

「お疲れさま、と言ってやるべきか……」

視線の先には、遠く宮殿へと戻ってくる馬車。
旗印は、第八妃のものだった。

「――正しいことを、正しくやっている者ほど、早く潰れる」

独り言のように呟き、彼は背を向けた。
まるで、それを見なかったかのように。

だがその指は、わずかに拳を握っていた。
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