公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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チェチーリアの新たな一面

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苦しい立場に追い込まれながらも、チェチーリアはいつも通り穏やかな微笑を絶やさなかった。
そんな彼女を、遠くから見つめていた男が、ついに動いた。

「やぁ、ご機嫌……は、麗しくはなさそうだね」

声の主はレイモンドだった。書庫の片隅で文献に目を通していたチェチーリアが顔を上げると、彼は手を軽く上げて近づいてきた。

立ち上がろうとするチェチーリアを手で制すると、彼は彼女の向かいに気軽に腰を下ろした。

「君の根性は見上げたもんだよ。こんな状況下で、まだ勉強とはね。…部屋に籠もっていた方がよほど安全だと思うけど?」

「逃げてばかりでは、前には進めませんもの」

「逃げてばかりって……君、そもそも逃げたことなんてあったの? いつも勇ましく立ち向かってる印象しかないけど」

チェチーリアは読んでいた書物をそっと閉じ、レイモンドをまっすぐに見つめた。

「ここだけのお話ですが……」

(出たよ。“ここだけの話”が本当にここだけだったためしがない)
心の中で毒づきながらも、レイモンドは口元に笑みを浮かべた。

「私は、本来引っ込み思案で、臆病で、泣き虫なんですのよ」

にわかには信じがたいという表情で、レイモンドは首を傾げた。

「ドリームウィーバー王国の国王陛下も、実はそこを一番懸念しておられましたの。だから、王太子妃の話が流れた時は、正直……少し安堵したくらいでして」

チェチーリアは小さく笑って、目を伏せた。

「帝国への輿入れも、その時は軽く考えていました。どうせ私は、他国の王女様たちが皇后の座を争うのを、外から眺めているだけだろうって」

「ところがどっこい、ど真ん中だね、君は」

レイモンドの言葉に、チェチーリアは子どもっぽくぷうっと頬を膨らませて見せた。

その仕草に、レイモンドは自分でも驚くほど心が高鳴るのを感じた。

「……なら、どうして続けてるのさ。誰も責めたりはしないのに」

チェチーリアは遠くの窓辺に目をやりながら、静かに呟いた。

「“見てみたい”とおっしゃったから」

「え?」

「私が、次の山を越える姿を。…」

レイモンドの眉がわずかに動く。だがチェチーリアは、まるで何でもないことのように続けた。

「でも、この一連の出来事の責任は、私にあるのです。たとえどんな理由があろうとも」

「責任って……なに?」

その問いには答えず、チェチーリアはふっと微笑んだ。まるで女神のように、静かで、そして強い笑みだった。

「最後に、どうしてもやり遂げなければならないことがあるのです。第八妃としてではなく――私個人として」

その姿を、レイモンドはまぶしそうに、そしてほんの少しだけ切なげに見つめていた。
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