公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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後悔

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「貴方は、本当に愚かだ……」

苦い声が、広間の奥で響いた。

レイモンドは、帝室警護隊からの報告書を机に投げるように置いた。
封筒は濡れていた。誰の汗か、涙か、血かはわからない。

その報告書には、チェチーリア第八妃が、単独で帝都南西の地下孤児院――
通称「影の園」へ足を運んだ際、騎士団の同行を断り、現地で何者かに襲撃されたことが記されていた。

幸い、傷は浅く命に別状はない。だが、危険な賭けだった。

「……なぜ、彼女がそんな無茶を?」

フリードリヒの問いに、レイモンドは肩をすくめた。

「さあ? だが、君が口にした“山”の話が関係してるんじゃないか?」

「……“山”?」

「山を越える姿を見ていたいと話したろ?」

フリードリヒは言葉を失った。

確かにあの夜、二人で夜を語らったあの静かな時間の中で、彼は言った。

帝国妃という山を越える姿を見てみたいと。


(まさか、あの言葉に……本気で応えようとしていたのか)

彼女が“越えるべき山”と考えたのは、ただ民に優しくすることではなかった。
帝国の深部に巣食う闇、制度の綻び、誰も触れたがらない領域にこそ、
未来の芽を見つけ出そうとしていたのだ。

それが、どれほど愚かで――どれほど尊いことか。

「君の軽い“理想”が、誰かの命を賭ける“行動”に変わるって、わかってた?」

レイモンドの言葉は柔らかくも、確かな刃のように突き刺さった。

フリードリヒはしばらくの間、何も言えなかった。

あれほど冷静で、どこか他人事だった自分が――
チェチーリアの言葉にだけは、胸を熱くした。

だがそれは、皇帝という立場を忘れてしまうほど、安易だった。

「私は……彼女に、自分の希望を託してしまったんだな」

「違う。君は“任せた”んじゃない。甘えたんだよ。彼女の強さに」

返す言葉がなかった。

静まり返った執務室で、フリードリヒはようやく立ち上がると、窓の外に視線を投げた。

遠く、月が昇っていた。
その光は白く、冷たく――そして、なぜか優しかった。

「……彼女は、今どこに?」

「宮殿医務室で休んでる。まだ動ける状態じゃないよ。止めに入った女官も怪我してる。――ああ、それと」

レイモンドがくしゃりと笑った。

「君が彼女に“見せるべき山”は、まだ残ってる。なら、君も登れよ。今度は君の番だろ?」

フリードリヒは静かに頷いた。
言い訳も、ためらいも、もういらない。

――誰よりも、自分が彼女を見たいと思っていた。

山を越えるその姿を。

でも、それは自分も登ってこそだと、ようやく気づいた。

「……チェチーリア。貴女にだけは、恥ずかしい姿は見せたくないな」

独り言のように呟いて、フリードリヒは執務室を出た。

その背に、レイモンドはそっと微笑を浮かべていた。

「やっと……まともな顔になったね、フリードリヒ」
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