公爵令嬢の出来る事【完】

mako

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もう逃げない。共に背負うと決めたから

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フリードリヒが宮殿医務室へ踏み入ると、そこには既にチェチーリアの姿はなかった。
まだ身体は本調子ではないはずだ――焦りが胸を突き、フリードリヒは足早に第八妃の私室へと向かう。

扉を開けた瞬間、思った通りだった。
部屋の中では、アメリアが黙々と私物の整理を進めていた。そして、その中心で、チェチーリアが旅装を身にまとい、窓の外を見つめている。

「……逃げる気か」

低く押し殺した声が部屋を満たすと、アメリアの手が止まり、チェチーリアはゆっくりと振り返った。

「――陛下。お怪我はありませんでしたか?」

「その言葉、そっくり返そう。貴女こそ、まだ傷が癒えていないだろう」

「これ以上、帝都に波風を立てるわけには参りません。すべては、私の軽率な行動から始まったことですから」

「それが貴女の選んだ“責任”の形か。――姿を消すことが、か?」

フリードリヒの瞳が鋭く光る。
だが、チェチーリアは微笑みながら首を振った。

「責任とは、誰かの痛みを肩代わりすることだと……そう教えられてきました。妃たちの怒りも、民の混乱も、私が居なければ起きなかった。ならば――私が消えれば静まるのではないかと」

アメリアが言葉を挟もうとしたが、フリードリヒが手で制した。
その一瞬に込められた緊張が、空気を震わせた。

「馬鹿な真似を……!」

フリードリヒは一歩、彼女へと踏み込む。

「誰かの痛みを一人で背負うことが、責任だと本気で思っているのか?」

「ええ。思っています。少なくとも、それが私の生きてきた“方法”でしたから」

「ならば今ここで、違う方法を知れ」

フリードリヒは声を強め、まっすぐ彼女を見つめた。
その声は怒りに震えているようでいて、どこか必死だった。

「私のせいだ。あの夜――“次の山を見てみたい”などと、軽々しく言った。貴女の覚悟も、歩みも理解しないまま……俺の願望を押しつけた。貴女がそれを真に受け、命を懸けるほどの責任と捉えてしまったなら……それは俺の罪だ」

チェチーリアの瞳が、大きく揺れた。

「――そんな……陛下が責任を感じることでは」

「あるとも。だが、それを犠牲で終わらせてはならない」

フリードリヒは、まるで祈るように言葉を重ねた。

「これからは、共に背負おう。責任とは、ひとりで血を流すことじゃない。共に痛み、共に進みながら、少しずつ果たしていくものだ」

チェチーリアの頬を、一筋の涙が伝う。

「それは……甘えではありませんの?」

「なら、甘えればいい。人は誰かに頼っていい。貴女は、この国に必要な人間だ。命を捨てるためじゃない。生きて、未来を築くために――必要なんだ」

静かに近づいたフリードリヒが、チェチーリアの手を取った。

「もう、貴女一人に背負わせない。これは命令だ。……妃としてではなく、“貴女”として、生きてくれ」

チェチーリアは、しばらく彼の手を見つめていたが、やがてそっと重ね返した。

「……では、もう逃げられませんわね。陛下」

その微笑みは、かつての彼女のどれとも違った。
確かにそこには、自己犠牲ではない“意志”が宿っていた。

アメリアが静かに荷造りの手を止め、そっと微笑んだ。

新たな“責任”の形を知った瞬間――帝国に、ひとつの光が灯った。
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