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アレクセイ視点
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帝国の空気は、想像よりもずっと乾いていた。
人々の目は沈黙し、石畳の街路は完璧に整っているのに、どこか「人の温度」が薄い。
――この国で、妹は笑っていたのか?
離宮に到着した瞬間、アレクセイ・アルストロメリアはそう思った。
チェチーリアは、笑っていた。
だがその笑みは、幼き日、兄に勝ったときの無邪気なそれではない。
凛として、穏やかで、まるで王家の女たる者として“選ばれた微笑み”。
――訓練されたもの、か。
幼い頃、泣き虫だった妹が、今や帝国の正妃だという。
その道のりが、どれほど孤独であったか――報告書では一切語られていない。
だが、分かる。
「……無事だったか」
精いっぱいの言葉は、それしか出てこなかった。
夜、離宮の回廊で一人歩いていると、レイモンドとすれ違った。
あの、フリードリヒの側近という男だ。
「お兄様。ご姉妹仲、よろしくて羨ましいですな」
「……皮肉か?」
「本心ですよ。わたし、あの方がこんなにも懐いている人間を、初めて見たもので」
アレクセイは無言で通り過ぎた。
だが、その言葉は耳に残っていた。
フリードリヒという男と対したとき、彼の目に一点の曇りもないことに驚いた。
冷酷な皇帝、無慈悲な支配者――帝国から届いたあらゆる評判の中で、アレクセイが最も懸念していたのは「妹が、心を殺して従っている」ことだった。
しかし――チェチーリアは、生きていた。
あの瞳は、自らの足で道を選び、信じ、立っている者のそれだった。
だから、言った。
「陛下。あなたがどれほど優れた統治者であろうとも、私にとっての“陛下”は、妹の瞳に映る姿で決まる」
そうだ。妹の見る景色こそが、アレクセイの判断のすべてだった。
別れの朝、アレクセイは珍しく冗談を口にした。
「子が生まれたら、真っ先に俺の名を付けるなよ」
チェチーリアがふくれっ面で返す。
「つけませんわ!」
ああ、そうだった――と思い出す。
泣き虫で甘えん坊だったあの子は、やはり“変わって”などいない。
ただ、強くなったのだ。
背負い、折れず、歩いてきた――それだけのこと。
妹は、今や“女王の器”だ。
だが、アレクセイにとってはいつまでも“妹”であり続ける。
だから彼は、剣も、政治も、命も惜しまない。
守るとは、奪うことではない。支えることだ。
帝国の風は冷たくても、妹が笑っていれば、それでいい。
そしてアレクセイは、再び馬車に乗る。
その背に、妹が小さく手を振っていた。
心に言葉を残す――
「越えろ、チェチーリア。お前の山を。
――兄は、いつだって後ろにいる」
人々の目は沈黙し、石畳の街路は完璧に整っているのに、どこか「人の温度」が薄い。
――この国で、妹は笑っていたのか?
離宮に到着した瞬間、アレクセイ・アルストロメリアはそう思った。
チェチーリアは、笑っていた。
だがその笑みは、幼き日、兄に勝ったときの無邪気なそれではない。
凛として、穏やかで、まるで王家の女たる者として“選ばれた微笑み”。
――訓練されたもの、か。
幼い頃、泣き虫だった妹が、今や帝国の正妃だという。
その道のりが、どれほど孤独であったか――報告書では一切語られていない。
だが、分かる。
「……無事だったか」
精いっぱいの言葉は、それしか出てこなかった。
夜、離宮の回廊で一人歩いていると、レイモンドとすれ違った。
あの、フリードリヒの側近という男だ。
「お兄様。ご姉妹仲、よろしくて羨ましいですな」
「……皮肉か?」
「本心ですよ。わたし、あの方がこんなにも懐いている人間を、初めて見たもので」
アレクセイは無言で通り過ぎた。
だが、その言葉は耳に残っていた。
フリードリヒという男と対したとき、彼の目に一点の曇りもないことに驚いた。
冷酷な皇帝、無慈悲な支配者――帝国から届いたあらゆる評判の中で、アレクセイが最も懸念していたのは「妹が、心を殺して従っている」ことだった。
しかし――チェチーリアは、生きていた。
あの瞳は、自らの足で道を選び、信じ、立っている者のそれだった。
だから、言った。
「陛下。あなたがどれほど優れた統治者であろうとも、私にとっての“陛下”は、妹の瞳に映る姿で決まる」
そうだ。妹の見る景色こそが、アレクセイの判断のすべてだった。
別れの朝、アレクセイは珍しく冗談を口にした。
「子が生まれたら、真っ先に俺の名を付けるなよ」
チェチーリアがふくれっ面で返す。
「つけませんわ!」
ああ、そうだった――と思い出す。
泣き虫で甘えん坊だったあの子は、やはり“変わって”などいない。
ただ、強くなったのだ。
背負い、折れず、歩いてきた――それだけのこと。
妹は、今や“女王の器”だ。
だが、アレクセイにとってはいつまでも“妹”であり続ける。
だから彼は、剣も、政治も、命も惜しまない。
守るとは、奪うことではない。支えることだ。
帝国の風は冷たくても、妹が笑っていれば、それでいい。
そしてアレクセイは、再び馬車に乗る。
その背に、妹が小さく手を振っていた。
心に言葉を残す――
「越えろ、チェチーリア。お前の山を。
――兄は、いつだって後ろにいる」
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