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夫婦の日常
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朝日が射し込む執務室の中、アメリアはすでに椅子に腰かけ、万年筆を滑らせていた。
王太子セリュアンが扉を開けて入ると、机上には三山の書類――「未決」「要判断」「再提出」。すでに湯気の立つ紅茶は二人分。
「……なんか、昨日より山が高くなってない?」
「ええ。昨夜、北方領の税制改革案が三通、南方の港湾拡張計画が五通、そして――こちらが問題の“公式晩餐での席次論争”の報告書ですわ」
「問題、の規模に差がありすぎない?」
「ですが、報告書の厚みは同じですわよ?」
「そこが一番の問題な気がするな……」
セリュアンは肩を落としつつ、自分の椅子へ。
アメリアが涼しい顔で書類を手渡す。
「殿下、こちらの件。宰相の助言を受けた草案に“王太子のご意向”が加筆されておりますが……」
「……あー、はいはい、それ。『加筆』っていうより『上書き』されてたよね?」
「ええ、宰相殿の字でがっつりと。しかも赤ペン」
「うちの国の高官、たまに高校教師みたいになるのやめてくれないかな……」
「その意見、全文賛成です。……ところで私、こっそり“元の草案”を参考資料として別添しておきました」
「……やっぱり君がいてくれて助かるわ、妃殿下」
「恐縮です。貴方が思い切りよく“意向”を出しすぎるので、私のほうで“王族としての文体補正”もかけております」
「補正の内容、見ていい?」
「やんわりと貴族への配慮を三割増し、“国益のため”の文言を二倍に、“誤解を恐れず言えば”のくだりは削除しました」
「……全部、俺の書き癖じゃないか……」
その横で、今日も隅っこにいるアレンが小声でつぶやく。
「……また始まったな、夫婦漫才」
「ええ。でも昨日より落ち着いてますよ。昨日は“外交特使に贈る品の選定理由”で2時間議論してましたから」
「そんなに長引く話か?」
「“金細工の価値” vs “象徴としての意味”で平行線。最終的に“じゃんけん”で決着がつきました」
「……貴族の中で唯一じゃんけんが通じる夫婦なんじゃ……」
その間も二人は、完全に議論に没頭していた。
「さて、こちらの王室行事の予定ですが――夜会のテーマ、“古代様式の再現”ってなんですの?」
「あ、それ俺が決めた。たまには歴史の重みを感じさせる演出もいいかなって」
「いい趣旨ですが、衣装にかかる費用が五倍です。しかも、古代様式の食事は“味より形式”が優先ですから、苦情が出ます」
「……なるほど。じゃあ“古代様式風”って曖昧な表現にして、中身は近代的にするのはどう?」
「妥協点として妥当です。さすが殿下、詐欺……いえ、外交向けの柔軟な解決力」
「今、危うく本音出かけたよね?」
「まさか。妃殿下の仮面は完璧ですわ」
「さすが、俺の妃」
書類の山は減らないが、二人の手は止まらない。
仮面は被ったまま、言葉の応酬はどこまでも冷静で、どこか楽しげで。
それが、ルヴェール王宮の朝の“通常運転”だった。
だが今日は違った。すべての執務を終えるとアメリアはほっと息をつくと
セリュアンは優しく微笑みながら
『今日も完璧であったな。さぁ後はゆっくりと休もう』
アメリアの手を引き二人仲良く執務室を後にした。
・・・・・
・・・・・
執務室に残された二人は呆気にとられしばらく呆然と閉められた扉を
見つめていたかと思えば二人仲良く顔を見合わせ
『どうゆう事だ?』
『どうゆう事でしょう・・・。』
首をかしげる二人は、王宮でも名の知れたエリート――
……のはずだった。
が、この一件だけは、まるで理解の範疇外である。
***
王太子夫妻の“仮面”は、たまに――ごくたまに、ふいに外れる。
それでも噛み合った息と筆先は、どこまでも見事だった。
王太子セリュアンが扉を開けて入ると、机上には三山の書類――「未決」「要判断」「再提出」。すでに湯気の立つ紅茶は二人分。
「……なんか、昨日より山が高くなってない?」
「ええ。昨夜、北方領の税制改革案が三通、南方の港湾拡張計画が五通、そして――こちらが問題の“公式晩餐での席次論争”の報告書ですわ」
「問題、の規模に差がありすぎない?」
「ですが、報告書の厚みは同じですわよ?」
「そこが一番の問題な気がするな……」
セリュアンは肩を落としつつ、自分の椅子へ。
アメリアが涼しい顔で書類を手渡す。
「殿下、こちらの件。宰相の助言を受けた草案に“王太子のご意向”が加筆されておりますが……」
「……あー、はいはい、それ。『加筆』っていうより『上書き』されてたよね?」
「ええ、宰相殿の字でがっつりと。しかも赤ペン」
「うちの国の高官、たまに高校教師みたいになるのやめてくれないかな……」
「その意見、全文賛成です。……ところで私、こっそり“元の草案”を参考資料として別添しておきました」
「……やっぱり君がいてくれて助かるわ、妃殿下」
「恐縮です。貴方が思い切りよく“意向”を出しすぎるので、私のほうで“王族としての文体補正”もかけております」
「補正の内容、見ていい?」
「やんわりと貴族への配慮を三割増し、“国益のため”の文言を二倍に、“誤解を恐れず言えば”のくだりは削除しました」
「……全部、俺の書き癖じゃないか……」
その横で、今日も隅っこにいるアレンが小声でつぶやく。
「……また始まったな、夫婦漫才」
「ええ。でも昨日より落ち着いてますよ。昨日は“外交特使に贈る品の選定理由”で2時間議論してましたから」
「そんなに長引く話か?」
「“金細工の価値” vs “象徴としての意味”で平行線。最終的に“じゃんけん”で決着がつきました」
「……貴族の中で唯一じゃんけんが通じる夫婦なんじゃ……」
その間も二人は、完全に議論に没頭していた。
「さて、こちらの王室行事の予定ですが――夜会のテーマ、“古代様式の再現”ってなんですの?」
「あ、それ俺が決めた。たまには歴史の重みを感じさせる演出もいいかなって」
「いい趣旨ですが、衣装にかかる費用が五倍です。しかも、古代様式の食事は“味より形式”が優先ですから、苦情が出ます」
「……なるほど。じゃあ“古代様式風”って曖昧な表現にして、中身は近代的にするのはどう?」
「妥協点として妥当です。さすが殿下、詐欺……いえ、外交向けの柔軟な解決力」
「今、危うく本音出かけたよね?」
「まさか。妃殿下の仮面は完璧ですわ」
「さすが、俺の妃」
書類の山は減らないが、二人の手は止まらない。
仮面は被ったまま、言葉の応酬はどこまでも冷静で、どこか楽しげで。
それが、ルヴェール王宮の朝の“通常運転”だった。
だが今日は違った。すべての執務を終えるとアメリアはほっと息をつくと
セリュアンは優しく微笑みながら
『今日も完璧であったな。さぁ後はゆっくりと休もう』
アメリアの手を引き二人仲良く執務室を後にした。
・・・・・
・・・・・
執務室に残された二人は呆気にとられしばらく呆然と閉められた扉を
見つめていたかと思えば二人仲良く顔を見合わせ
『どうゆう事だ?』
『どうゆう事でしょう・・・。』
首をかしげる二人は、王宮でも名の知れたエリート――
……のはずだった。
が、この一件だけは、まるで理解の範疇外である。
***
王太子夫妻の“仮面”は、たまに――ごくたまに、ふいに外れる。
それでも噛み合った息と筆先は、どこまでも見事だった。
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