王子と王女は今日も仮面をかぶって愛し合う【完】

mako

文字の大きさ
30 / 42

夫婦の日常

しおりを挟む
朝日が射し込む執務室の中、アメリアはすでに椅子に腰かけ、万年筆を滑らせていた。
王太子セリュアンが扉を開けて入ると、机上には三山の書類――「未決」「要判断」「再提出」。すでに湯気の立つ紅茶は二人分。

「……なんか、昨日より山が高くなってない?」

「ええ。昨夜、北方領の税制改革案が三通、南方の港湾拡張計画が五通、そして――こちらが問題の“公式晩餐での席次論争”の報告書ですわ」

「問題、の規模に差がありすぎない?」

「ですが、報告書の厚みは同じですわよ?」

「そこが一番の問題な気がするな……」

セリュアンは肩を落としつつ、自分の椅子へ。
アメリアが涼しい顔で書類を手渡す。

「殿下、こちらの件。宰相の助言を受けた草案に“王太子のご意向”が加筆されておりますが……」

「……あー、はいはい、それ。『加筆』っていうより『上書き』されてたよね?」

「ええ、宰相殿の字でがっつりと。しかも赤ペン」

「うちの国の高官、たまに高校教師みたいになるのやめてくれないかな……」

「その意見、全文賛成です。……ところで私、こっそり“元の草案”を参考資料として別添しておきました」

「……やっぱり君がいてくれて助かるわ、妃殿下」

「恐縮です。貴方が思い切りよく“意向”を出しすぎるので、私のほうで“王族としての文体補正”もかけております」

「補正の内容、見ていい?」

「やんわりと貴族への配慮を三割増し、“国益のため”の文言を二倍に、“誤解を恐れず言えば”のくだりは削除しました」

「……全部、俺の書き癖じゃないか……」

その横で、今日も隅っこにいるアレンが小声でつぶやく。

「……また始まったな、夫婦漫才」

「ええ。でも昨日より落ち着いてますよ。昨日は“外交特使に贈る品の選定理由”で2時間議論してましたから」

「そんなに長引く話か?」

「“金細工の価値” vs “象徴としての意味”で平行線。最終的に“じゃんけん”で決着がつきました」

「……貴族の中で唯一じゃんけんが通じる夫婦なんじゃ……」

その間も二人は、完全に議論に没頭していた。

「さて、こちらの王室行事の予定ですが――夜会のテーマ、“古代様式の再現”ってなんですの?」

「あ、それ俺が決めた。たまには歴史の重みを感じさせる演出もいいかなって」

「いい趣旨ですが、衣装にかかる費用が五倍です。しかも、古代様式の食事は“味より形式”が優先ですから、苦情が出ます」

「……なるほど。じゃあ“古代様式風”って曖昧な表現にして、中身は近代的にするのはどう?」

「妥協点として妥当です。さすが殿下、詐欺……いえ、外交向けの柔軟な解決力」

「今、危うく本音出かけたよね?」

「まさか。妃殿下の仮面は完璧ですわ」

「さすが、俺の妃」

書類の山は減らないが、二人の手は止まらない。
仮面は被ったまま、言葉の応酬はどこまでも冷静で、どこか楽しげで。

それが、ルヴェール王宮の朝の“通常運転”だった。

だが今日は違った。すべての執務を終えるとアメリアはほっと息をつくと
セリュアンは優しく微笑みながら

『今日も完璧であったな。さぁ後はゆっくりと休もう』

アメリアの手を引き二人仲良く執務室を後にした。


・・・・・


・・・・・


執務室に残された二人は呆気にとられしばらく呆然と閉められた扉を
見つめていたかと思えば二人仲良く顔を見合わせ


『どうゆう事だ?』

『どうゆう事でしょう・・・。』


首をかしげる二人は、王宮でも名の知れたエリート――
……のはずだった。

が、この一件だけは、まるで理解の範疇外である。

***

王太子夫妻の“仮面”は、たまに――ごくたまに、ふいに外れる。
それでも噛み合った息と筆先は、どこまでも見事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…

みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。   

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

処理中です...