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暴かれる名と血
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アメリアがルヴェール王国に輿入れして一年半が過ぎたある日。
エルナは、別れたセリュアン王太子からの突然の召喚に、胸の高鳴りを抑えきれずに王宮の広間へと足を踏み入れた。
そこは、彼女がこれまで一度も通されたことのない、重厚で荘厳な空気を湛えた空間だった。
玉座の前には、セリュアンとアメリアが並んで立ち、その両脇にはアレンとカイルの姿。
まるで儀式のような並びに、エルナはわずかに戸惑いながらも、アレンに促されて静かに椅子へと腰を下ろした。
目の前のアメリアは、どこか悲しげに微笑んでいる。その表情に、エルナはすぐに察した。
──そう、もう“その時”なのだ。懐妊が叶わなければ、次の段階へ進むしかない。
アメリアの心中を慮るように、エルナは小さく頷いた。が、次に発せられたアメリアの言葉は、彼女の予想を大きく裏切った。
「お呼び立てしてごめんなさいね。エルナ・シュタット──いいえ、エルナ・リュミエル様」
エルナは瞬間的に目を見開き、驚きに固まった。しかしすぐに笑顔を浮かべて取り繕う。
「まあ、アメリア様ったら……何を仰っているのかしら?」
アメリアはゆっくりと立ち上がると、彼女の目の前まで歩み寄り、穏やかに、しかし冷静に告げた。
「いつからだったかしら……あなたに違和感を覚えたのは」
「違和感?」
「ええ。初めは私も、あなたも被害者だと思っていたの。でも……あなたが“あの手紙は貴族の偉い人が書いた”と断言した時、引っかかったの」
「それが?」
「“公印を使える立場にある人”だと言った。でもね、普通の市井の娘なら、“偉い人”を貴族の“上位”だなんて、表現はしないわ。上下の階層に対する感覚が、まるで貴族そのものだった」
エルナはアメリアをじっと見つめた。口元にはまだ笑みがあったが、瞳は揺れていた。
「それでも分からなかった。なぜ、そんなにまでして身分を偽る必要があるのか……」
その時、口を開いたのはアレンだった。
「君と同じように操られていた令嬢がいた。彼女はすでに更生し、他国へ嫁ぐことが決まっている」
エルナは安堵したように微笑んだ。会話が逸れたとでも思ったのだろう。
「その令嬢が言ったんだ。殿下の側近だと名乗る男が、彼女に感情を露わにしたことがあったと。その際、南部のなまりが出たと」
「……なまり、ですか?」
「リュミエル王国は南部の出身国だよね?」
その一言に、エルナの瞳が大きく見開かれる。
「それがどうしたというのです? 私には関係ありませんわ」
アレンは静かに言葉を継いだ。
「その令嬢は言っていた。最初は“町娘を正妃に据えるためのお飾り”という話を信じて喜んでいたが、次第に欲が出たと。“なぜ自分がこんな役を担わねばならないのか、高々町娘ごときの為に”、と。そう口にした時、その男は激しく怒った。“殿下の最愛の人を侮辱するな”と。でも私はそうは思わない!その男は殿下の最愛の人だからではなくリュミエル王国王女を侮辱したことに感情的になったんだ!」
アレンの語気が徐々に熱を帯びるのを、カイルが苦笑しつつも見守る。そしてアメリアが静かに場を引き取った。
「私ね、帝都の公園であなたと殿下が一緒にいるところを見たことがあるの。その時、連れの者が言ったの。“あの方、帝国の夜会で見た。たしかどこかの王子だった”と。でも、私には分からなかった。そうしたら遠くに護衛の姿が見えた。だからなるほどと思った。──でも、後に知ったの。殿下はあなたと会う時、護衛を付けていなかったと」
アメリアは静かに微笑みながら言い切った。
「ならば、あの男は殿下の護衛ではなく──リュミエル王国、最後の王女の護衛だったのよ・・・」
エルナは震えながら立ち上がり、叫ぶように言った。
「だとしたら何だというのです! 私は何も関係ありません!」
──その時、沈黙を破ったのは、セリュアンだった。
「もうやめろ、エルナ」
全員の視線が、セリュアンへと向けられる。
「……もういい。君がどれだけ否定しても、今この場がすべてを物語っている。市井の娘が、これだけの詰問の中でも動じずにいられるはずがない。できるのは、君がやはり──一国の王女だったからだ」
アメリアはじっとエルナを見つめていた。その瞳に宿るのは、怒りでも憎しみでもない。
ただ、哀しみに似た祈りのようなものだった。
エルナは、別れたセリュアン王太子からの突然の召喚に、胸の高鳴りを抑えきれずに王宮の広間へと足を踏み入れた。
そこは、彼女がこれまで一度も通されたことのない、重厚で荘厳な空気を湛えた空間だった。
玉座の前には、セリュアンとアメリアが並んで立ち、その両脇にはアレンとカイルの姿。
まるで儀式のような並びに、エルナはわずかに戸惑いながらも、アレンに促されて静かに椅子へと腰を下ろした。
目の前のアメリアは、どこか悲しげに微笑んでいる。その表情に、エルナはすぐに察した。
──そう、もう“その時”なのだ。懐妊が叶わなければ、次の段階へ進むしかない。
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「お呼び立てしてごめんなさいね。エルナ・シュタット──いいえ、エルナ・リュミエル様」
エルナは瞬間的に目を見開き、驚きに固まった。しかしすぐに笑顔を浮かべて取り繕う。
「まあ、アメリア様ったら……何を仰っているのかしら?」
アメリアはゆっくりと立ち上がると、彼女の目の前まで歩み寄り、穏やかに、しかし冷静に告げた。
「いつからだったかしら……あなたに違和感を覚えたのは」
「違和感?」
「ええ。初めは私も、あなたも被害者だと思っていたの。でも……あなたが“あの手紙は貴族の偉い人が書いた”と断言した時、引っかかったの」
「それが?」
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「それでも分からなかった。なぜ、そんなにまでして身分を偽る必要があるのか……」
その時、口を開いたのはアレンだった。
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「その令嬢が言ったんだ。殿下の側近だと名乗る男が、彼女に感情を露わにしたことがあったと。その際、南部のなまりが出たと」
「……なまり、ですか?」
「リュミエル王国は南部の出身国だよね?」
その一言に、エルナの瞳が大きく見開かれる。
「それがどうしたというのです? 私には関係ありませんわ」
アレンは静かに言葉を継いだ。
「その令嬢は言っていた。最初は“町娘を正妃に据えるためのお飾り”という話を信じて喜んでいたが、次第に欲が出たと。“なぜ自分がこんな役を担わねばならないのか、高々町娘ごときの為に”、と。そう口にした時、その男は激しく怒った。“殿下の最愛の人を侮辱するな”と。でも私はそうは思わない!その男は殿下の最愛の人だからではなくリュミエル王国王女を侮辱したことに感情的になったんだ!」
アレンの語気が徐々に熱を帯びるのを、カイルが苦笑しつつも見守る。そしてアメリアが静かに場を引き取った。
「私ね、帝都の公園であなたと殿下が一緒にいるところを見たことがあるの。その時、連れの者が言ったの。“あの方、帝国の夜会で見た。たしかどこかの王子だった”と。でも、私には分からなかった。そうしたら遠くに護衛の姿が見えた。だからなるほどと思った。──でも、後に知ったの。殿下はあなたと会う時、護衛を付けていなかったと」
アメリアは静かに微笑みながら言い切った。
「ならば、あの男は殿下の護衛ではなく──リュミエル王国、最後の王女の護衛だったのよ・・・」
エルナは震えながら立ち上がり、叫ぶように言った。
「だとしたら何だというのです! 私は何も関係ありません!」
──その時、沈黙を破ったのは、セリュアンだった。
「もうやめろ、エルナ」
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「……もういい。君がどれだけ否定しても、今この場がすべてを物語っている。市井の娘が、これだけの詰問の中でも動じずにいられるはずがない。できるのは、君がやはり──一国の王女だったからだ」
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