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薄紅の贖罪
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「アメリア様、本日は町で行列ができる焼き菓子屋に行ってまいりましたの」
王宮のガゼボテラスに、明るく弾む声が響いた。
季節の風に揺れるカーテンとともに、エルナの姿が柔らかく差し込む陽光に照らされている。
侍女たちはもう慣れた様子で紅茶を淹れ、エルナの持参した菓子をきれいに並べた。
彩り豊かなそれらにアメリアは目を輝かせる。王宮の格式高い菓子とは違い、町の味には素朴な温もりと親しみがある。
「いつもありがとう。お土産なんて、毎回お気遣いなくていいのよ。ただ、あなたとお話できるだけで十分なんだから」
アメリアが優しく言うと、エルナは慣れた手つきで紅茶を一口啜り、ふいに口を開いた。
「アメリア様……その……」
「どうかしたの? 何か、心配ごと?」
アメリアが覗き込むと、エルナの視線は思いつめたまま動かない。
「何でも言って。私にできることなら、力になるわ」
「アメリア様にしか、できないことなのです」
アメリアは驚いたように手元のティーカップをそっとテーブルに置き、エルナを真っすぐに見つめた。
「私……だめなのです。無理なのです。もう、どうしようもないのです」
「……え?」
「わかっているのに……どうしても、どうしたらいいのかわからなくて……」
「落ち着いて。ゆっくりでいいの。話してくれる?」
エルナの目にたまっていた涙が、ついに頬を伝った。
「殿下……いえ、セリのことが、頭から離れないのです。優しい眼差しも、大きな手も、ぬくもりも……何もかもが忘れられないの……」
その言葉にアメリアは、息を呑んだ。まさか、そんな想いを胸に秘めていたとは。言葉が出ず、ただそっとエルナの肩を撫でることしかできなかった。
「アメリア様……もしこの先、万が一にもお子がお生まれにならなければ、側妃が設けられるのでしょう? それが、親愛なるあなたであるならば……私は、まだ受け入れられますの。でも、でも……他の誰かが殿下と結ばれるなんて……私には堪えられません」
そう言って、エルナは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
その姿を前に、アメリアの胸には、忘れかけていた贖罪の想いが再び疼いた。
どれほどの時間が流れたか。やがて、顔を上げたエルナは、アメリアの両肩に手を添え、震える声で言った。
「もし……もしその時が来たら、私を側妃にしていただけませんか? いいえ、側妃でなくても妾でもかまいません。ただ……ただ、セリと過ごす時間がほしいだけなのです。地位や名誉なんていりません。アメリア様だって……まったく知らぬ女の子より、私の子の方がよろしいのでは?」
突飛な提案に、アメリアはすぐに言葉を返すことができなかった。
「お願い……助けると思って……勘違いしないでほしいの。あなたなら、許せるの。でも……他の誰かが殿下と……それだけは、私には……耐えられないのです。……アメリア様も、心に秘めた想い人がいると聞いています。ならば、きっと理解してくださると……思ったのだけど……やっぱり、無理ですよね? ごめんなさい……忘れて……」
そう言ってうつむき、再び涙をこぼすエルナ。
アメリアは、そっと息をついた。そして静かに頷いた。
「……わかりました。もし、もしその時が来たなら——そのように、殿下に進言いたしますわ」
顔を上げたエルナは、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
その笑顔がまぶしくて、アメリアはただ静かに目を細めて見つめていた。
王宮のガゼボテラスに、明るく弾む声が響いた。
季節の風に揺れるカーテンとともに、エルナの姿が柔らかく差し込む陽光に照らされている。
侍女たちはもう慣れた様子で紅茶を淹れ、エルナの持参した菓子をきれいに並べた。
彩り豊かなそれらにアメリアは目を輝かせる。王宮の格式高い菓子とは違い、町の味には素朴な温もりと親しみがある。
「いつもありがとう。お土産なんて、毎回お気遣いなくていいのよ。ただ、あなたとお話できるだけで十分なんだから」
アメリアが優しく言うと、エルナは慣れた手つきで紅茶を一口啜り、ふいに口を開いた。
「アメリア様……その……」
「どうかしたの? 何か、心配ごと?」
アメリアが覗き込むと、エルナの視線は思いつめたまま動かない。
「何でも言って。私にできることなら、力になるわ」
「アメリア様にしか、できないことなのです」
アメリアは驚いたように手元のティーカップをそっとテーブルに置き、エルナを真っすぐに見つめた。
「私……だめなのです。無理なのです。もう、どうしようもないのです」
「……え?」
「わかっているのに……どうしても、どうしたらいいのかわからなくて……」
「落ち着いて。ゆっくりでいいの。話してくれる?」
エルナの目にたまっていた涙が、ついに頬を伝った。
「殿下……いえ、セリのことが、頭から離れないのです。優しい眼差しも、大きな手も、ぬくもりも……何もかもが忘れられないの……」
その言葉にアメリアは、息を呑んだ。まさか、そんな想いを胸に秘めていたとは。言葉が出ず、ただそっとエルナの肩を撫でることしかできなかった。
「アメリア様……もしこの先、万が一にもお子がお生まれにならなければ、側妃が設けられるのでしょう? それが、親愛なるあなたであるならば……私は、まだ受け入れられますの。でも、でも……他の誰かが殿下と結ばれるなんて……私には堪えられません」
そう言って、エルナは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
その姿を前に、アメリアの胸には、忘れかけていた贖罪の想いが再び疼いた。
どれほどの時間が流れたか。やがて、顔を上げたエルナは、アメリアの両肩に手を添え、震える声で言った。
「もし……もしその時が来たら、私を側妃にしていただけませんか? いいえ、側妃でなくても妾でもかまいません。ただ……ただ、セリと過ごす時間がほしいだけなのです。地位や名誉なんていりません。アメリア様だって……まったく知らぬ女の子より、私の子の方がよろしいのでは?」
突飛な提案に、アメリアはすぐに言葉を返すことができなかった。
「お願い……助けると思って……勘違いしないでほしいの。あなたなら、許せるの。でも……他の誰かが殿下と……それだけは、私には……耐えられないのです。……アメリア様も、心に秘めた想い人がいると聞いています。ならば、きっと理解してくださると……思ったのだけど……やっぱり、無理ですよね? ごめんなさい……忘れて……」
そう言ってうつむき、再び涙をこぼすエルナ。
アメリアは、そっと息をついた。そして静かに頷いた。
「……わかりました。もし、もしその時が来たなら——そのように、殿下に進言いたしますわ」
顔を上げたエルナは、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
その笑顔がまぶしくて、アメリアはただ静かに目を細めて見つめていた。
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