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王宮夜会にて
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結婚式が終わり、祝宴の夜が始まっていた。
燭台の光がゆらめき、宝石のような笑い声が舞う大広間。
上流貴族たちの社交の場、その華やかさの裏に潜む“序列と牽制”の空気は、王太子妃として初めて参加するアメリアにとっても例外ではなかった。
「まあまあ、妃殿下。ようこそルヴェールの夜会へ」
ひらりと舞うドレス、完璧な角度のカーテシー。
最初に声をかけてきたのは、名門エステラ家の令嬢・リシェルだった。
「皆、妃殿下のお噂はかねがね伺っておりますわ。ノルディアの“氷の姫”として名高いそうで」
周囲にいた令嬢たちがクスクスと笑う。決して悪意は露骨にせず、あくまで“言葉の装飾”の範疇で攻撃してくるのが、彼女たちの戦い方だった。
アメリアはにこりと微笑みながら応じる。
「まあ。冷たいと見えるなら、それは国の気候のせいかもしれませんね。ノルディアの冬は、ルヴェールの春ほど優しくありませんから」
「まあ……お上手。けれど、ルヴェールの宮廷はどちらかというと“火照りやすい”方が重宝されるようですわ。特に、殿下のお気に召すのは――」
「令嬢」
そのとき、低く通る声が割って入った。
セリュアン王太子が、ワイングラスを手にゆっくりと歩み寄ってくる。完璧な微笑みを湛えたまま、まるで演劇の王子のように。
「僕の妻をもてなしてくださって、感謝します。リシェル嬢、相変わらず言葉遊びがお得意なようで」
リシェルは息を呑んだが、すぐに柔らかな笑顔を作り直した。
「とんでもない。私どもはただ、妃殿下に親しみをこめて……」
「そう。親しみが過ぎると、氷の姫も怒りますよ?」
セリュアンはそう言って、アメリアに手を差し出した。
「そろそろ踊りませんか、妃殿下」
アメリアは一瞬だけ目を細め、唇の端を少しだけ上げて彼の手を取る。
「ええ、王子様。あなたのお国の“火照りやすい”宮廷、ぜひ案内していただかないと」
そして二人は舞踏の輪の中へと消えていく。
残された令嬢たちは、ただ静かにグラスを傾ける。口元の笑みは絶やさずとも、その瞳の奥には明確な敗北の色が滲んでいた。
華やかな舞踏の輪から離れたテラス。
冷たい夜風がアメリアの頬を撫でる。
城の灯りが遠くきらめき、月はまだ高く輝いていた。
セリュアンが隣に立ち、静かに声をかける。
「今夜の夜会は、いかがでしたか?」
アメリアはゆっくりと視線を上げて、王太子の顔を見つめた。その瞳には、誰にも見せない繊細さと覚悟が同居している。
「私は……この国の夜会も悪くないと思います。
貴族たちの微笑みの裏に、どんな思惑が隠れていても。それでも、ここに来たのは私の運命。拒めないものですものね」
彼女の声は優しく、だが揺るがぬ決意を含んでいた。
「私はただ……愛せる人と結ばれたいと願っただけ。けれど、現実はそれを許さない。だからこそ、強くならなければ。自分自身にも、そしてこの国の民にも」
セリュアンはそんなアメリアの言葉に、静かに頷いた。
「君がその強さを持っていることは、誰よりも知っている。氷の姫という異名は、冷たさの象徴だけではない。それはむしろ、厳しい環境の中で磨かれた鋭い知性と揺るがぬ意志の証だ」
「ありがとう、セリュアン殿下」
アメリアの口元に浮かんだのは、今夜初めて彼に向けた、無防備な微笑みだった。
「私たちはまだ、政略結婚の道の途中にいる。
だけど、あなたとならば、その先も歩んでいけるかもしれないと……少しだけ思えたのです」
セリュアンもまた、彼女の手を優しく握り返した。
「僕もだよ、アメリア。仮面を脱いだ君の素顔を、いつか心から愛せるように――」
二人の間に流れた静かな時間は、外の喧騒とはまるで別世界のようだった。
その夜、アメリアの心は確かに揺れ動き、強さと優しさが交錯するひとときを迎えたのだった。
燭台の光がゆらめき、宝石のような笑い声が舞う大広間。
上流貴族たちの社交の場、その華やかさの裏に潜む“序列と牽制”の空気は、王太子妃として初めて参加するアメリアにとっても例外ではなかった。
「まあまあ、妃殿下。ようこそルヴェールの夜会へ」
ひらりと舞うドレス、完璧な角度のカーテシー。
最初に声をかけてきたのは、名門エステラ家の令嬢・リシェルだった。
「皆、妃殿下のお噂はかねがね伺っておりますわ。ノルディアの“氷の姫”として名高いそうで」
周囲にいた令嬢たちがクスクスと笑う。決して悪意は露骨にせず、あくまで“言葉の装飾”の範疇で攻撃してくるのが、彼女たちの戦い方だった。
アメリアはにこりと微笑みながら応じる。
「まあ。冷たいと見えるなら、それは国の気候のせいかもしれませんね。ノルディアの冬は、ルヴェールの春ほど優しくありませんから」
「まあ……お上手。けれど、ルヴェールの宮廷はどちらかというと“火照りやすい”方が重宝されるようですわ。特に、殿下のお気に召すのは――」
「令嬢」
そのとき、低く通る声が割って入った。
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「そう。親しみが過ぎると、氷の姫も怒りますよ?」
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アメリアは一瞬だけ目を細め、唇の端を少しだけ上げて彼の手を取る。
「ええ、王子様。あなたのお国の“火照りやすい”宮廷、ぜひ案内していただかないと」
そして二人は舞踏の輪の中へと消えていく。
残された令嬢たちは、ただ静かにグラスを傾ける。口元の笑みは絶やさずとも、その瞳の奥には明確な敗北の色が滲んでいた。
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「今夜の夜会は、いかがでしたか?」
アメリアはゆっくりと視線を上げて、王太子の顔を見つめた。その瞳には、誰にも見せない繊細さと覚悟が同居している。
「私は……この国の夜会も悪くないと思います。
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「君がその強さを持っていることは、誰よりも知っている。氷の姫という異名は、冷たさの象徴だけではない。それはむしろ、厳しい環境の中で磨かれた鋭い知性と揺るがぬ意志の証だ」
「ありがとう、セリュアン殿下」
アメリアの口元に浮かんだのは、今夜初めて彼に向けた、無防備な微笑みだった。
「私たちはまだ、政略結婚の道の途中にいる。
だけど、あなたとならば、その先も歩んでいけるかもしれないと……少しだけ思えたのです」
セリュアンもまた、彼女の手を優しく握り返した。
「僕もだよ、アメリア。仮面を脱いだ君の素顔を、いつか心から愛せるように――」
二人の間に流れた静かな時間は、外の喧騒とはまるで別世界のようだった。
その夜、アメリアの心は確かに揺れ動き、強さと優しさが交錯するひとときを迎えたのだった。
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