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目隠しの館で再び
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馬車に揺られ、どれほどの時間が経っただろうか。目隠しをされたままのアメリアには、行き先など皆目見当もつかない。ただ、道中の揺れが次第に激しくなり、石畳から未舗装の道に変わったことは足元の感覚でわかった。そして、ようやく辿り着いた先は、どうやら古びた屋敷のようだった。
誰かに腕を引かれ、ぎしぎしと軋む木の階段を上る音、遠くで響く鳥の声や、風の音。目隠しの向こうからでも、屋敷の広さと古めかしさが感じ取れる。開かれた重厚な両開きの扉の軋み、その後すぐに閉まる音が、やけに遠くまで響いたのが印象的だった。広さに反して人の気配は薄く、空気には微かに埃の匂いが混じっている。視覚を奪われている分、アメリアの感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。
「……失礼いたします」
無造作に目隠しの布が外され、ひらりと床に落ちる。アメリアはすぐさま目を開けたい衝動を抑え、敢えてゆっくりと、慎重に瞼を持ち上げた。
そして視界に飛び込んできた人物を認めた瞬間、彼女は静かに、しかし確信を持って頷いた。
「――ヴァイオレット・カーヴァン。お久しぶりですね」
対するヴァイオレットは、唇の片端をゆるく吊り上げて、にやりと笑った。
「あら、覚えていてくださったのね?」
「もちろんですわ。あなたのような印象深い淑女を忘れるはずもありません」
「ふふ、天下の王太子妃にそうやって媚びを売られるのも悪くない気分ね」
「それで?――これから私をどうなさるおつもり?私を消したところで、あなたに何か利益があるとは思えませんけれど?」
アメリアの問いに、ヴァイオレットはふと表情を引き締め、鋭い眼差しで彼女を睨みつけた。
「こう言ってはなんだけれど、いくらあなたが美しくても……伯爵令嬢程度では私の代わりにはなりませんわよ?」
「町娘よりはマシでしょうよ。……そもそも、あの子にはどれほど下手に出ていたか、あなた覚えてる?」
ヴァイオレットは少し声を荒げながら言い放った。
「町で、あなたがどう噂されてるかご存知かしら?」
「さあ、どうでしょう?生まれてこの方、庶民の噂話など耳にしたことはございませんのよ」
そう淡々と答えるアメリアに、ヴァイオレットはわざとらしく愉快そうに笑った。
「まあ、お気の毒に。あの身の程知らずの娘――あなたの国すらろくに知らないあの子がね、友人にこう言っていたの。『正妃にはなれないけれど、自分は側妃として殿下を支えるの。正妃の務めなんて、どうせどこかの国の王女がやってくれるし』って。あれほど良くしてやったのに、彼女はあなたの存在すら知らないらしいわよ。滑稽じゃない?」
「それは残念。ですが、私がこの場から消えたとして……一体誰がその務めを果たすのかしら。少なくとも――あなたではないことは確かでしょうね」
アメリアの皮肉混じりの微笑みに、ヴァイオレットは顔をしかめた。
「……どこまでも嫌な女。あなたは何も知らないくせに!でも――そのうち、思い知ることになるわ」
「まあ、その“そのうち”が来るまで……私、生きていられるといいのだけれど」
能天気に笑うアメリアを、ヴァイオレットは悔しそうに睨みつけながら、唇をきつく噛みしめた。
誰かに腕を引かれ、ぎしぎしと軋む木の階段を上る音、遠くで響く鳥の声や、風の音。目隠しの向こうからでも、屋敷の広さと古めかしさが感じ取れる。開かれた重厚な両開きの扉の軋み、その後すぐに閉まる音が、やけに遠くまで響いたのが印象的だった。広さに反して人の気配は薄く、空気には微かに埃の匂いが混じっている。視覚を奪われている分、アメリアの感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。
「……失礼いたします」
無造作に目隠しの布が外され、ひらりと床に落ちる。アメリアはすぐさま目を開けたい衝動を抑え、敢えてゆっくりと、慎重に瞼を持ち上げた。
そして視界に飛び込んできた人物を認めた瞬間、彼女は静かに、しかし確信を持って頷いた。
「――ヴァイオレット・カーヴァン。お久しぶりですね」
対するヴァイオレットは、唇の片端をゆるく吊り上げて、にやりと笑った。
「あら、覚えていてくださったのね?」
「もちろんですわ。あなたのような印象深い淑女を忘れるはずもありません」
「ふふ、天下の王太子妃にそうやって媚びを売られるのも悪くない気分ね」
「それで?――これから私をどうなさるおつもり?私を消したところで、あなたに何か利益があるとは思えませんけれど?」
アメリアの問いに、ヴァイオレットはふと表情を引き締め、鋭い眼差しで彼女を睨みつけた。
「こう言ってはなんだけれど、いくらあなたが美しくても……伯爵令嬢程度では私の代わりにはなりませんわよ?」
「町娘よりはマシでしょうよ。……そもそも、あの子にはどれほど下手に出ていたか、あなた覚えてる?」
ヴァイオレットは少し声を荒げながら言い放った。
「町で、あなたがどう噂されてるかご存知かしら?」
「さあ、どうでしょう?生まれてこの方、庶民の噂話など耳にしたことはございませんのよ」
そう淡々と答えるアメリアに、ヴァイオレットはわざとらしく愉快そうに笑った。
「まあ、お気の毒に。あの身の程知らずの娘――あなたの国すらろくに知らないあの子がね、友人にこう言っていたの。『正妃にはなれないけれど、自分は側妃として殿下を支えるの。正妃の務めなんて、どうせどこかの国の王女がやってくれるし』って。あれほど良くしてやったのに、彼女はあなたの存在すら知らないらしいわよ。滑稽じゃない?」
「それは残念。ですが、私がこの場から消えたとして……一体誰がその務めを果たすのかしら。少なくとも――あなたではないことは確かでしょうね」
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「……どこまでも嫌な女。あなたは何も知らないくせに!でも――そのうち、思い知ることになるわ」
「まあ、その“そのうち”が来るまで……私、生きていられるといいのだけれど」
能天気に笑うアメリアを、ヴァイオレットは悔しそうに睨みつけながら、唇をきつく噛みしめた。
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