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第1話 はじまりはファイアーボール
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僕と彼女の前で線香花火が揺れていた。パチパチと弾け、細い紐の下で輝いていた。
「火のたま、きれいだね」
「そうね。でも手を出してはダメ、やけどしちゃうよ?」
「わかった。でもきれい」
「うん、そうね」
それは遠い記憶の底にある小さな思い出だ。
隣の家にすごく綺麗なお姉さんがいた。
小さかった頃はいつも話をしてくれ、年を経るごとに花のように美しくなった。僕が中学生になった時ぐらいからあまり話をしなくなり、彼女が高校に上がってからはさらに疎遠に、ついには挨拶もしてくれなくなった。
彼女は高校を卒業する頃には、伸ばしていた髪にウェーブをかけ派手に着飾るようになった。まるでどこかお金持ちの令嬢のようだったし、その時来ていた服やアクセサリーはとても豪華だった。きっと安くはなかったはずだ。
その頃から彼女だけでなく、彼女の両親も近所付き合いをしなくなった。
手入れが行き届いていた庭は荒れるようになり、たまに買い物に出かけるときも人目を憚るようになった。
その後、彼女は大学に進んだと聞いた。
けれど、毎日のようにスパンコールや真珠が散りばめられたドレスやブランド物のバッグと編み上げの髪で着飾り、高級車で乗りつけた男にエスコートされてどこかに出かけていた。あれで、大学に行くとは思えないので、どこかにデートだったんだと思う。
それからあまり良くないことが起こった。
彼女を迎えにくる男は頻繁に変わり、帰り際に言い合いをすることが多くなったのだ。近所での評判は最悪で何人かが彼女の家に抗議に行った。最初は彼女の両親がペコペコ謝っていたが、そのうちベルを鳴らしても誰も出てこなくなった。
僕は抗議している人がいることは知ってはいたが、実際に見たのは一度限り。覚えているのは彼女の両親がひどくやつれていたことだ。
終わりは突然だった。
ある日、隣の家はもぬけの殻になっていた。誰にも挨拶もせず、誰も家族が出て行ったところを見たものもいなかった。部屋の中には粗末な家具がいくつか残っていたが中身はなく、ゴミ箱には数枚のレシートが見つかっただけ。いくつかは近所のスーパーの弁当の値切り品。幾つは高級デパートのブランド服のもの。金額の差は4桁。そういうことだったんだろうな。
それから3ヶ月したある日。
ウチにどこからか不動産屋がやってきた。隣の家を解体するらしい。
「工事業者が入るからうるさくなります、すいません」
そう言って菓子折り一つを置いて帰って行った。
工事が始まった。
二階建ての普通の家屋だからそんなにかからないだろうと思ったが、意外に難航しているらしい。一階奥の左部屋がどうしても壊すことができないのだそうだ。そこはウチに一番近い部屋で塀からも離れていない。大きな重機を使って破片が飛んだ場合、僕の家に被害が出るかも知れない。解体の工事業者は一旦引き上げて不動産屋に相談するらしい。
翌日、不動産屋が来た。
工事が遅れていることに腹を立てていて、工事業者の監督の言うことを何一つ聞かなかった。
「とにかくやれ。うまくやれば破片など出ない。期日に間に合わなければ金は出せんぞ」
えらい剣幕だった。
それだけ言うと帰ってしまった。最初に来た時、ウチに菓子折りを持って挨拶をしてきたのと同じ人だとはとても思えない。
工事業者は不動産屋を見送るとウチにやってきて、大きな重機を入れるのでウチの壁を養生させて欲しいと言ってきた。僕の両親は戸惑っていたが、僕が工事業者と不動産屋のやり取りを説明すると「まあ、仕方ないな」と納得した。工事業者の監督はぺこぺこと何度も僕と両親に頭を下げた。
翌日から僕の家に足場が組まれ丁寧に養生された後、今までとは一回り違う大きな重機がやってきて、隣の家の一階奥の部屋にハンマーが叩きつけられた。
ドォウウウン
ボッ
凄まじい音だった。大きな火花が出てそれが僕の家に飛んできた。
どれだけデカいパワーが叩きつけられたのかはわからなかったが、それでも部屋はびくともしなかった。そして、僕の家に飛んだ大きな火の玉が、その時舞った木片やおが屑に燃え移ってしまった。
「ああ、家が」
僕は反射的に走り出していた。僕の家が燃える。何とかしたいと言う一心で何も持たずに近寄ったのは不味かった。だが、もし消化器を持っていたとしてもあの火の勢いは止められなかったと思う。
僕は火に包まれ、それから後のことは覚えていない。
気がついた時には見知らぬ小屋にいた。
起き上がってみると体に悪いところはなさそうだ。怪我も火傷もしていない。何が起こったのかはわからない。小屋を出ると隣には一軒家がある。道があり草はらがあった。
「大丈夫? 昨日、そこに倒れていたのよ。とりあえず小屋に連れて行ったのだけど……ああ、本当はウチのベッドに寝かせてあげたかったんだけど、私の部屋はちょっと危険なのよ。一つ間違えると火だるまになるかも知れないから。ごめんなさいね」
「いえ、助けていただいたんですね。ありがとうございます」
綺麗なお姉さんだった。
隣の綺麗なお姉さんに火だるまになる危険。ちょっとトラウマになりそうな組み合わせだ。
「それであなたはどうするの? 見た感じ一人のようだし、着ている服も変わっているわね」
僕に言わせれば彼女の方がよっぽど変わっている。帽子に杖にマント。まるで魔女じゃないか。
「ここはどこなんですか。僕は東京の生まれで………そもそもここ日本なんですか。あー、でも言葉が通じるから……な、なんです!?」
彼女はツツーと寄ってきて僕のことをまじまじと見た。
「ああ、あなたは転生したのね。ここはあなたの住んでいたところとは違う世界よ。つまり……うーん、まず生きて行く手段が必要ね」
「えっ! あぁ………はあ」
僕は驚き、がっかりし、納得した。
どうやらまずい状況らしい。
「まず、魔法を覚えなさい。ここから4時間くらい歩いたところに町があるの。でも、今のままでは魔物が出たら助からないわ。そこで、あなたには魔法を覚えてもらいます。今日は一日、それを練習すること。今晩の食事は運んであげるから明日の朝に町に行くことね」
「ま、魔法なんて使ったことありませんよ。僕に使えるんですか?」
「大丈夫。私は魔法使いなの。あなたに魔力があることは一目でわかったわ。しかも、火属性に向いているみたい」
よりによって火属性か。
それでこんな異世界に紛れ込む羽目になったんだけどな。
「……ほかの魔法じゃダメなんですか?」
「もちろん、日常の生活に困らないように水を出せる魔法『ウォーター』、灯りを灯す魔法『ライト』も教えてあげる。でも、魔物を追い払う力が必要なの。火属性に適性があるあなたにぴったりの攻撃魔法があるの」
こうして不思議な縁で知り合った隣の綺麗な魔法使いのお姉さんに魔法を習うことになった。
「あまり社交的な性格ではないようね。今日は私がたくさんお話をしてあげる。それがあなたにとって必要なことだと思うの」
「そうなんでしょうか?」
「よくわからないけど、そんな気がする。もしかしてあなたは昔、話したいのに話せなかった相手がいたんじゃない?」
うん。確かにいたよ。
あの隣の綺麗なお姉さんは高校に入るまでは優しかったのだ。でもだんだん疎遠になって、話してくれなくなった……。
いや、もしかしたら違うのかも知れない。
確かに高校に入った頃から彼女は忙しそうにしていて話すことが減っていったのは確かだけど、僕も彼女に自分から話すことがだんだんできなくなってたんだ。綺麗になっていく彼女に気後れするようになって。
なのに、それを僕は彼女のせいにしていた。
もし、彼女ともたくさん話をしていれば結果は違っていたのかな…………。
よし、魔法を覚えよう。この魔法使いのお姉さんともたくさん話をして。
この世界のことを知らないといけないし……。ただ、魔法の種類は変えてくれないかなぁ。
「わかりました。でも、僕は火の玉がちょっとトラウマになってまして……」
「大丈夫よ。それも克服していきましょ。はじまりはファイアーボールよ」
そう言って彼女はにっこり笑った。
「火のたま、きれいだね」
「そうね。でも手を出してはダメ、やけどしちゃうよ?」
「わかった。でもきれい」
「うん、そうね」
それは遠い記憶の底にある小さな思い出だ。
隣の家にすごく綺麗なお姉さんがいた。
小さかった頃はいつも話をしてくれ、年を経るごとに花のように美しくなった。僕が中学生になった時ぐらいからあまり話をしなくなり、彼女が高校に上がってからはさらに疎遠に、ついには挨拶もしてくれなくなった。
彼女は高校を卒業する頃には、伸ばしていた髪にウェーブをかけ派手に着飾るようになった。まるでどこかお金持ちの令嬢のようだったし、その時来ていた服やアクセサリーはとても豪華だった。きっと安くはなかったはずだ。
その頃から彼女だけでなく、彼女の両親も近所付き合いをしなくなった。
手入れが行き届いていた庭は荒れるようになり、たまに買い物に出かけるときも人目を憚るようになった。
その後、彼女は大学に進んだと聞いた。
けれど、毎日のようにスパンコールや真珠が散りばめられたドレスやブランド物のバッグと編み上げの髪で着飾り、高級車で乗りつけた男にエスコートされてどこかに出かけていた。あれで、大学に行くとは思えないので、どこかにデートだったんだと思う。
それからあまり良くないことが起こった。
彼女を迎えにくる男は頻繁に変わり、帰り際に言い合いをすることが多くなったのだ。近所での評判は最悪で何人かが彼女の家に抗議に行った。最初は彼女の両親がペコペコ謝っていたが、そのうちベルを鳴らしても誰も出てこなくなった。
僕は抗議している人がいることは知ってはいたが、実際に見たのは一度限り。覚えているのは彼女の両親がひどくやつれていたことだ。
終わりは突然だった。
ある日、隣の家はもぬけの殻になっていた。誰にも挨拶もせず、誰も家族が出て行ったところを見たものもいなかった。部屋の中には粗末な家具がいくつか残っていたが中身はなく、ゴミ箱には数枚のレシートが見つかっただけ。いくつかは近所のスーパーの弁当の値切り品。幾つは高級デパートのブランド服のもの。金額の差は4桁。そういうことだったんだろうな。
それから3ヶ月したある日。
ウチにどこからか不動産屋がやってきた。隣の家を解体するらしい。
「工事業者が入るからうるさくなります、すいません」
そう言って菓子折り一つを置いて帰って行った。
工事が始まった。
二階建ての普通の家屋だからそんなにかからないだろうと思ったが、意外に難航しているらしい。一階奥の左部屋がどうしても壊すことができないのだそうだ。そこはウチに一番近い部屋で塀からも離れていない。大きな重機を使って破片が飛んだ場合、僕の家に被害が出るかも知れない。解体の工事業者は一旦引き上げて不動産屋に相談するらしい。
翌日、不動産屋が来た。
工事が遅れていることに腹を立てていて、工事業者の監督の言うことを何一つ聞かなかった。
「とにかくやれ。うまくやれば破片など出ない。期日に間に合わなければ金は出せんぞ」
えらい剣幕だった。
それだけ言うと帰ってしまった。最初に来た時、ウチに菓子折りを持って挨拶をしてきたのと同じ人だとはとても思えない。
工事業者は不動産屋を見送るとウチにやってきて、大きな重機を入れるのでウチの壁を養生させて欲しいと言ってきた。僕の両親は戸惑っていたが、僕が工事業者と不動産屋のやり取りを説明すると「まあ、仕方ないな」と納得した。工事業者の監督はぺこぺこと何度も僕と両親に頭を下げた。
翌日から僕の家に足場が組まれ丁寧に養生された後、今までとは一回り違う大きな重機がやってきて、隣の家の一階奥の部屋にハンマーが叩きつけられた。
ドォウウウン
ボッ
凄まじい音だった。大きな火花が出てそれが僕の家に飛んできた。
どれだけデカいパワーが叩きつけられたのかはわからなかったが、それでも部屋はびくともしなかった。そして、僕の家に飛んだ大きな火の玉が、その時舞った木片やおが屑に燃え移ってしまった。
「ああ、家が」
僕は反射的に走り出していた。僕の家が燃える。何とかしたいと言う一心で何も持たずに近寄ったのは不味かった。だが、もし消化器を持っていたとしてもあの火の勢いは止められなかったと思う。
僕は火に包まれ、それから後のことは覚えていない。
気がついた時には見知らぬ小屋にいた。
起き上がってみると体に悪いところはなさそうだ。怪我も火傷もしていない。何が起こったのかはわからない。小屋を出ると隣には一軒家がある。道があり草はらがあった。
「大丈夫? 昨日、そこに倒れていたのよ。とりあえず小屋に連れて行ったのだけど……ああ、本当はウチのベッドに寝かせてあげたかったんだけど、私の部屋はちょっと危険なのよ。一つ間違えると火だるまになるかも知れないから。ごめんなさいね」
「いえ、助けていただいたんですね。ありがとうございます」
綺麗なお姉さんだった。
隣の綺麗なお姉さんに火だるまになる危険。ちょっとトラウマになりそうな組み合わせだ。
「それであなたはどうするの? 見た感じ一人のようだし、着ている服も変わっているわね」
僕に言わせれば彼女の方がよっぽど変わっている。帽子に杖にマント。まるで魔女じゃないか。
「ここはどこなんですか。僕は東京の生まれで………そもそもここ日本なんですか。あー、でも言葉が通じるから……な、なんです!?」
彼女はツツーと寄ってきて僕のことをまじまじと見た。
「ああ、あなたは転生したのね。ここはあなたの住んでいたところとは違う世界よ。つまり……うーん、まず生きて行く手段が必要ね」
「えっ! あぁ………はあ」
僕は驚き、がっかりし、納得した。
どうやらまずい状況らしい。
「まず、魔法を覚えなさい。ここから4時間くらい歩いたところに町があるの。でも、今のままでは魔物が出たら助からないわ。そこで、あなたには魔法を覚えてもらいます。今日は一日、それを練習すること。今晩の食事は運んであげるから明日の朝に町に行くことね」
「ま、魔法なんて使ったことありませんよ。僕に使えるんですか?」
「大丈夫。私は魔法使いなの。あなたに魔力があることは一目でわかったわ。しかも、火属性に向いているみたい」
よりによって火属性か。
それでこんな異世界に紛れ込む羽目になったんだけどな。
「……ほかの魔法じゃダメなんですか?」
「もちろん、日常の生活に困らないように水を出せる魔法『ウォーター』、灯りを灯す魔法『ライト』も教えてあげる。でも、魔物を追い払う力が必要なの。火属性に適性があるあなたにぴったりの攻撃魔法があるの」
こうして不思議な縁で知り合った隣の綺麗な魔法使いのお姉さんに魔法を習うことになった。
「あまり社交的な性格ではないようね。今日は私がたくさんお話をしてあげる。それがあなたにとって必要なことだと思うの」
「そうなんでしょうか?」
「よくわからないけど、そんな気がする。もしかしてあなたは昔、話したいのに話せなかった相手がいたんじゃない?」
うん。確かにいたよ。
あの隣の綺麗なお姉さんは高校に入るまでは優しかったのだ。でもだんだん疎遠になって、話してくれなくなった……。
いや、もしかしたら違うのかも知れない。
確かに高校に入った頃から彼女は忙しそうにしていて話すことが減っていったのは確かだけど、僕も彼女に自分から話すことがだんだんできなくなってたんだ。綺麗になっていく彼女に気後れするようになって。
なのに、それを僕は彼女のせいにしていた。
もし、彼女ともたくさん話をしていれば結果は違っていたのかな…………。
よし、魔法を覚えよう。この魔法使いのお姉さんともたくさん話をして。
この世界のことを知らないといけないし……。ただ、魔法の種類は変えてくれないかなぁ。
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