愛の唄……

月詠嗣苑

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八話

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「乗せたか?」

「はい……」

 大きなシーツに包まれた沙織ちゃん。

 に、手を合わせる三上……。

「行くか……」

 ソレを乗せた車に乗り込んだ、俺と三上と坂下。

 何故、坂下が乗るのかは分からなかった。

 少し離れた所に車を停め、二人で担いで、坂下は歩く。

「押すぞ……」

「あぁ……」

 三上が、持田家のインターフォンを鳴らし、ダッシュで逃げた。さながら、子供時代のピンポンダッシュだな……。


「ね? なんか、鳴らなかった?」

「鳴りました、ね?」

「さ、沙織かも!!」

 インターフォンを鳴らしても、誰の姿はなく、玄関を開けようとしても、おかしなことに開かない。

「え? あら?」

 で、田沼さんが庭から玄関へ……

「た、大変だ! 救急車! 消防車も!!」

 開いた玄関から見ると、大きなものが……。

「さ、沙織!!」

 沙織は、冷たくなっていた。

「すぐ救急車と警察が来ますから!」


「よし、行くぞ……」

「へぇ」

「三上、お前バカだろ? バカだな……。玄関のクソ前に置いてどーすんだよ!!」

 逃げるように車を走らせると、救急車とすれ違った。

「死んでんのにな……」

「……。」

 俺は、たぶん今夜殺される……。この坂下に……。

 そんな予感はしてた。

 長谷川は、余計な口を挟まれるのを嫌がる……。

 俺は、知りすぎた男か……。

「ん? 坂下さん、降りないんすか?」

「あぁ、こいつとちょっと話があってな……」

 俺は、後部座席で目を閉じてはいたが、眠ってはいない。

 どれだけ走ったのだろう……。

「出ろ……」

 坂下に言われ、俺は車を出た。

「お前とは、どれくらいだったか?」

「五年……か」

「榎木……」

「はい……」

 暗いから坂下が、どんな表情なのかは知らない。

 だが、真っ直ぐ俺だけを捉えた銃口だけは、黒く怪しい光を放っていた。

「すまん……」

 ポスッ……ポスッ……と静かな銃音がし、ツンとくる匂いが鼻をついた……。

 真っ暗闇……怪しげに紅く光る炎が、段々と大きくなっていった。

 この日、俺は死んだ……。

 坂下に撃たれて……。


「沙織っ!」

「……。」

 沙織は、見つかった。

 やつれ、顔には生気が無かった。

「これは、娘さんので間違いないですか?」

 警察官が見せに来たのは、沙織が着ていたであろう高校の制服……。

「奥田さん……」

 警察官や救命士が、脈や心拍数をみたが、首を振る。

 もう誰もが、駄目だと思った……。

 だが……。

「うっ……」

 沙織の指が少し動き、声を出したのだ。

「沙織!! ママよっ?! わかる?」

 私が、いくら声をかけても反応はなく、沙織は病院へ搬送された……。

「行きましょう」

「はい」

「おい、田沼。お前はもう帰れ」

「あぁ。奥さん、お嬢さんが目を覚ますことを願ってますから」

 田沼さんは、そう言って頭をさげ、私は奥田さんの車で救急車が向かう第一病院へと向かった……。


「生きてた……」

「あれだけ、冷たかったし、脈とかもなかったのに……」

「ええ。でも……生きて、また……あぁっ!!」

 言葉にならない声と涙が溢れた。

 沙織が、生きてた。

 生き返ったのかも知れない。

 病院に着くと、救命室の前で待たされ、沙織の無事をひたすらに祈っていた。

「持田さんのご家族の……」

「は、はいっ!」

 ま、まさか沙織が……?!

「こちらにどうぞ……」

 私は、立つのがやっとで奥田に支えられるように中へはいった。

「沙織は?!」

「大丈夫です。呼吸も安定して、今は自呼吸しています。非常にこんなことを言うのは、もうしにくいのですが……」

「……。」

 なんだろう?

「お嬢さんは、複数の男にレイプされた可能性があります……」

「は?」

「え?」

 衝撃的な言葉だった。父親だけではなく、複数の男から……。

 さらに……

「これはまだ確定はしていないのですが……」

「はい……」

「奥さん、クラリスと言う薬はご存知ですか?」

「クラ……リス? いえ……」

 私には、なんの事だかわからなかったが、奥田の手が動いた。

「それを打たれた?」

「おそらく……。あと……これも確定はしていないのですが……」

 医師が、私と奥田の顔を見て言った。

「……ラブキスという薬の確認が取れました」

「ラブキス? なんですか?」

「クラリスは、幻覚剤。いわゆる、麻薬の一種だが、覚醒剤よりは弱い。ラブキスは、性行為に使う媚薬。いわゆる、興奮剤の強い薬だ……。大丈夫だから」

 どうして、そんなものが……。

「あと、もう一種……。ドキシントレイドは?」

 私には、初めての名前ばかり……。

「それは……?」

「いわゆる、仮死状態にする薬をなんですが。何故か、胃の中から検出出来まして……」

 だから、息を吹き返した?

「行きますか? 少しなら大丈夫です」

 救命室の中には、沙織以外にも何人かいて、苦しそうな感じだった。

「沙織? ママよ? わかる?」

 目を開けて……沙織。

 手だけをひたすら握って、祈るように呼びかけた。

「沙織!」

 沙織は、一瞬目を開けたが、また閉じてしまった。

「明日、あ、今日か。今日、意識が戻ったら、そのまま検査に入ります……」

 なんの検査をするのか?聞いてみたかったが、先生はまた急患の対応で呼ばれていった。


 長谷川か?

 他に薬で快楽を金にする男は、知らない。

 どこかで、監禁され、手籠にされ、仮死状態になったのを死んだと思われ、戻された。いや、恐らく棄てるつもりだったのだろう……。

 この薬が手に入る男も……。


「奥田さん!」

「はい……」

 腕は、点滴、鼻はチューブを通されていたが……。

「沙織が……」

 目を開けていたが、何やらおかしい。

 暫く瞬きを繰り返し、また目を閉じた。

「大丈夫ですよ……。待機室行きますか?」

 ここは、救急車が搬送され、急患が運ばれてくる。本当は、沙織の側にいたかった……。

 けど……。

「朝になったら、またくるから」

 届いてなくてもいい……。

 沙織が、また目を開けてくれるのを待つしかなかった。


「クックッ……」

「ふっ……」

 俺と坂下は、顔を見合わせて笑った。

「おい、金は?」

「移した……。明日になったら、噴火するかもな……。あのたぬき親父」

「……にしても、助けてくれてありがとう」

「貸しだ。助けた訳じゃねぇ。ま、俺もバレたら殺されるだろうが」

「あぁ……」

 段々と小さくなる炎を見ながら、笑いあえるのも、裏の人間だからだろう……。

「おそらく、今日中には目を覚ますだろうな。で、お前どうすんだ?」

「あ? 生まれ変わるさ……。お前もだろ?」

 沙織ちゃんには、悪いが、俺と坂下は、かねてからあの長谷川をなんとかしたかった。

 坂下と年密な計画を経て、実をつけ始めた頃に、沙織ちゃんが迷い込んだ。

 他に監禁されている少女は、もう駄目だろうが……。

「明日、察が入る……」

「俺は、一番の便で飛ぶ……」

「了解……」

 手を合わせ、俺と坂下は、別々の方向へ向かった。

 所在がバレる事はない。俺にも坂下にも、両親はおろか、兄弟や親戚もいなかった。


「持田さん……ちょっと……」

 看護士さんが、小さな声で手招いた。

「あの、今警察か連絡があって……」

 死んだ?あの人が……。

 どうして?

「奥さん?」

「奥田さん……」

 なんとなく察したのか、奥田は何も言わず、抱きしめてくれた。

「あっ! 良かった! ここにいたんですね!」

「沙織になにかっ?!」

「早く来てくださいっ!」

 夫が死んで、沙織までいなくなったら……。

 救命室に入ると、沙織はいた。

 目を開けて、真っ直ぐ私を見て、手を差し出した。

「沙織……良かった。沙織……」

 鼻からのチューブが取れ、沙織は大部屋へと移った。


「……そ、パパ死んだの」

「ええ。さっき連絡あったわ」

 夫は死んだ。

 病室の中で、ベルトで首を吊っていたらしい。

 [沙織……すまなかった……]という遺書?まで書いてあった。

 ペンと紙は、頼んで借りたらしい。

「この人、誰?」

 沙織には、詳しくは言っていなかった。

「ね、前に会った愛理佐ちゃん、覚えてる?」

「うん」

「その愛理佐ちゃんのお父さん……」

 沙織は、ジッと奥田を見、奥田は頭を下げた。

「そうか……」

 沙織は、疲れたのか、そのまま安らかな呼吸で、眠りについた。


「社長? これは、いったい……」

「しらんっ! 知らんぞ、わしは! おい、坂下は!」

「知りません。坂下さんと全然連絡取れないんです!」

 長谷川カンパニーには、何人ものスーツの刑事、警察官、鑑識の人間でごった返した上に……

 隠し金庫にしまってあるった三億までが忽然と消えて……

「坂下ーーーーーっ!!!」

 社長は、叫び、倒れた……。
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