坊主頭は高嶺の花に恋をする

堀尾さよ

文字の大きさ
1 / 2

7月

しおりを挟む
 真っ青な空と、とても涼しい風が吹く夏に、僕は失恋した。
「まだ仲良くないから、ごめんね」
 僕の意中の相手は、僕の告白を聞いてくるりと踵を返して屋上から去って行った。
 高校一年の、夏休みに入る一歩手前の爽やかな季節。僕の青春と初恋は無残にも砕け散ったのだった。
 
 木ノ崎さんは、可憐な乙女だった。 

 汗と泥にまみれた中学校から卒業して、数ヶ月。一ヶ月とちょっと見ないだけだった僕の同い年達はすっかり垢抜けてしまっていた。新品の大人びた制服に身を包んだクラスメイトは誰もが大人に見えた。

「まだこのままで良いや」と思っていた坊主頭を撫でさすり、みんなの襟足のある髪型を羨ましく見ていた。遅めの成長期で、背丈ばかりが大きくなっていた。

 坊主が恥ずかしい。みんなが羨ましい。
 その羞恥と羨望が、自虐に繋がった。背丈ばっかり大きくて、あとは素朴な顔面と、坊主頭。
 ここで変に髪の毛を伸ばしても、垢抜けとは遠くなってしまうだろう。
 気がついたらすっかり同級生の間で「いじられキャラ」としてのキャラクターが設定された。されてしまった。まぁ、そこまで嫌な思いはしていないけれど。

「おにぎりくん!」

 女子からも親しみやすいらしく、そこいらの普通の男子よりかは接点が増えた。

「おにぎりくんの頭って、ジョリジョリしてて気持ちいいね!」

 気軽に触れられるものだから、坊主頭も悪くないもんだ。女子の小さな手に触れられる感覚にたまらなくドギマギしてしまった。思春期の真っ只中の男子なんて、みんなこんなものだ。
 女子が僕の頭に触れるたび、男子の燃えるような視線を感じた。そこに優越感を感じなかったといえば、嘘になる。
 それが恋愛感情よりもマスコットを愛でるような感情があっても、だ。

 そんな中、木ノ崎さんは僕が唯一マトモに話せない女子であり、一番可憐な女子でもあった。

 小さな唇は薔薇の花びら。
 花はつんと上を向いたリスのよう。
 大きな目はダイアモンドの輝き。
 髪はサラサラでいい匂い。

 いわゆる、クラスのマドンナなのだ。
 誰しもが木ノ崎さんとすれ違ったら振り返る。目が合えば体がビビビと痺れる。ちょっと微笑みかけられれば腰が砕ける。
 そんな彼女だから、迂闊に話しかけられない。

「おい、今木ノ崎さんと何話してたんだよ」
「次の移動教室の持ち物聞かれたんだよ。ラッキー」
「くう、羨ましい」

 木ノ崎さんの隣の席の男子は羨望の的だった。授業関係の会話は、隣の席の特権だからだ。
 彼女には特定の友達もいないらしく、いつも一人で行動していた。けれどそれがまた他の女子と違って格好良く見えた。

 シャキッと背筋を伸ばして歩く可憐な乙女には、曲げられない強い意志を感じた。スカートから伸びるスラリと伸びた二本の足が輝いて見えた。この視線がどうかいやらしいものではありませんように。美術作品を見るような、崇高な視線でありますように。

 意識しなくとも、彼女の姿がよぎるのだ。
 木ノ崎さんは、外見が可憐なだけではない。内面も可憐だから、それが動作となって滲み出ているのだ。
 僕の恥ずかしさが自虐に繋がったのと同様に、木ノ崎さんは内面に秘めているものが可憐だからこそ、外見も美しいのだ。

 みんなは彼女の外側ばっかり褒めるし、惚れ込むけど、僕はそうじゃない。僕は、僕だけは、木ノ崎さんの内面に惹かれているのだ。
 

 七月。二回目の席替えで奇跡が起こった。木ノ崎さんが隣の席になったのだ。

「なんでお前なんだよ!」「いやぁ、日頃の行いが良いからかな」「木ノ崎さんと仲良くなったら承知しないぞ」「なれないってば」

 多くの友達に詰め寄られたけれど、これは別に僕の策略でもなんでも無いのだからお門違いというものだ。まぁ、彼等は僕というか、僕の運が羨ましいのだと思うけれど。

「俺なんて、ずっと話しかけててるのに無視されっぱなしなんだ。くう、おにぎりが悔しい!」
 一番仲の良いクラスメイトが血涙を流さんばかりに詰め寄ってくる。そんなことを言われても、困る。

「よろしくね、岩里くん」
 僕のことをあだ名で呼ばないのは木ノ崎さんくらいだった。裏を返せば、僕の名前をちゃんと知っているのは木ノ崎さんくらい、なのかもしれない。

 その事実に気付いてか、木ノ崎さんの優しい微笑みに無愛想に頷くことくらいしか出来なかった。なぜここで硬派なキャラクターにしてしまったのか。

 いつものいじられている、愛想の良いものだったら、もっと距離が縮まったかも知れないのに!
 心の中の後悔は、それでも悟られたくはない。
 次のチャンスがあれば、ちょっとだけ砕けたキャラクターで接しても罰は当たらないだろう。

「あ、ごめん」

 鈴を転がすような綺麗な音が聞こえた。それが木ノ崎さんの囁き声だとわかったのは、数瞬経ってからだった。
 授業中。足下にころりと転がった消しゴム。
 角が丸い、使い駆けなのにケースがピカピカに輝いていた。気がする。なにせ、木ノ崎さんの消しゴムなんだ。
 百均のものだし、なんなら僕が中学生の時に使っていたものと同じやつなのに、どうしてこんなにも宝石みたいに見えるのだろうか。
 それを拾い上げて、木ノ崎さんの手の平に転がす。

「ありがとう、岩里くん」

 にっこりと笑ってくれて、危うく僕の心は天国へ登っていくところだった。
「いつでも落としてくれて構わないからね」この返事は果たして正解だったのだろうか。
 木ノ崎さんは声を殺してクスクス笑ってくれたので、それ以上深く考えるのはやめた。

 その一件があってから、僕はずっと考え込むようになっていた。
「ありがとう、岩里くん」の、あの可愛い声が脳内で延々と繰り返される。
 お礼の後に名前をつける意味とは? 名前を覚えてるよというアピールなんだろうか。
 それに、他の男子のちょっとした返答でクスクス笑うのだろうか。

 もしかして、僕だけ特別なのかも知れない!?
 木ノ崎さんは、僕が好きなのか!?

 一度考えだしてしまったら、もう止まらない。
 今までちょっとだけ気になっていたのから、あっという間に恋に転がり落ちてしまっていた。

 輝く内面が僕に向かって微笑んだのを感じたのだ。
 木ノ崎さんも僕が好きなのか。そうかそうか。

 思い返せば、目が合えばにっこり笑ってくれたし、体育で僕が活躍しているときはこっちを向いていてくれた、気がする。入学したてで、二回目の席替えで隣同士になるなんて、見えない糸で結ばれているに違いないのではないか! いや、間違いなくそうだ。
 そうに違いない。
 燃えだした恋の炎は最早止められぬ。この炎が消えてしまわぬようにと僕は木ノ崎さんを屋上に呼び出すことにした。やることはただ一つ、告白だ。

 期末試験の直後。夏休みの一歩手前。みんながテストの内容について雑談している隙に、そっと「屋上に来てくれない?」と耳打ちした。
 完全に二人の世界に入っていた。木ノ崎さんはうっとりと頷いた、ように僕には見えていたのだけれど……。



「仲良くないからって……」
「馬鹿め。迂闊に木ノ崎さんに近づくからこんなことになるんだよ」
「違うんだよ、だって運命だって思ったから……」
「おにぎりくんさぁ、もっとちゃんとアプローチの仕方を考えなくちゃ。ま、相手が木ノ崎さんなら告白しただけでも偉いと思うけど」

 屋上にて、膝から崩れ落ちて再起不能になっていた僕に声を掛けてくれたのは、偶然にもクラスメイトだった。
 木ノ崎さんと僕が二人で教室を出るのを見て気になって付いてきたのだと言った。
 高校から一番近いチェーンの喫茶店に連れてこられ、周りに構わず涙の限り泣き、悔しさをコーヒーで流し込んだ。クラスメイトは僕の様子に呆れながらも、同情していた。

「まぁ、お前には不相応な相手だったって事だ」
「でもあの木ノ崎さん、物凄く怖かったんだ。冷たく言い放つというか、言語道断、みたいな」
「そりゃ、君。未練を残させないためさ。木ノ崎さんは思っていた以上に武士だな」

 確かにそういう解釈もできるのかも知れない。いや、介錯できるのかも知れない。
 僕の想いを断ち切らせるためにわざと悪人の役に回ったのだ。そんな健気なところも好きだ。

「でも、仲良くないからって言われたんだろう?」
 クラスメイトはメロンソーダを啜りながら、指摘した。そういえば、そうだ。

「それってつまり、仲良くなり次第で、付き合っても良いって事じゃないのか?」

 なるほど、確かにそうも捉えられる。ぼろぼろと流れていた涙がヒュッと止まった。

「じゃあ、二学期でもっと木ノ崎さんと仲良くなれば良いんだ!」

 もう夏休みに入ってしまうわけだから、木ノ崎さんには一ヶ月会えない。つまりは、一ヶ月掛けて念入りに準備することができるということだ!

「俺達で計画立てようぜ。題して、『おにぎり君恋愛成就大作戦』」
「今は藁にもすがる思いだ。頼りにするぜ」
 テーブルを挟んでクラスメイトがぐりぐりと僕の坊主頭を撫でた。ゴツくて大きな男子の手だ。
 なんの感情も湧き起こらなかった。起こってもらっても、困る。

「木ノ崎さんと付き合うのは心の底から許せないけれど、お前の泣き顔があまりにもブスだったから、応援くらいはしてやるよ」

 クラスのマドンナを僕が射止めようとしているのを面白がっているようにしか見えなかったけれど、相談相手は居た方が良い。僕は涙を拭い、そして自主学習用のノートを開いた。

 木ノ崎さんの心を掴んで離さないようにするためには……。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

処理中です...