両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚

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番外編 厳しく育てられたお姉様の顛末10


 それは突然の出来事だった。
 エレノアお姉様は皇太子妃として何不自由なく恵まれた環境で政務に励まれていると思って疑ってはいなかった。
 確かに、エレノアお姉様は懸命に政務に励んでいた。でも、エレノアお姉様は公費を私的に使うことに対しての罪悪感から次第に弱っていった。
 そうジュドー皇太子殿下から聞いたのは、エレノアお姉様が皇太子妃となって三ヶ月ほど経った時だった。エレノアお姉様はもう既に自分の力で立ち上がることができないほどに衰弱してしまっているらしい。

「どうしてですかっ!なぜ、もっと早く知らせてくれなかったのっ!?」

 私は、屋敷までやってきてエレノアお姉様の現状を伝えたジュドー皇太子殿下を怒鳴りつけた。腹の奥底から熱いものが込み上げてきて、言葉に出さずにはいられなかった。それが、相手がたとえ皇太子殿下であったとしても。
 ジュドー皇太子殿下は始終暗い表情で頭を下げ続けた。

「エレノアがこんなになるまで気がつかずにすまない。」

「どうして……どうして、エレノアお姉様のことを気遣ってくださらなかったの。どうして……。」

 目からハラハラと滴が落ちる。後から後から止めどなく。
 今までこんなに泣いたことなどなかった。

「ふんっ。ずいぶんともたなかったな……。」

「ああっ。エレノア……なんてこと、これでは我が侯爵家がなくなってしまうわ……。」

 お父さまとお母さまは、エレノアお姉様がもう長くないと知っても自分のことしか考えられないようだ。
 それぞれ頭を抱えているが、エレノアお姉様の現状を嘆くわけでもなく、自分たちに今後降りかかるものを恐れているように思える。
 随分と滑稽だ。
 私は醒めた目でお父さまとお母さまのことを見つめた。
 せめて、ジュドー皇太子殿下の前でくらいエレノアお姉様のことを心配したらいいのに、と。

「……エレノアは侯爵家には帰さない。皇太子妃として離宮に隔離する。これは決定事項だ。」

 重い口調でジュドー皇太子殿下が告げる。
 離宮に隔離する……つまり、エレノアお姉様は皇太子妃の任を解かれるということだろう。もう先が長くないエレノアお姉様へのジュドー皇太子殿下の最大限の配慮だろう。

「……ではっ、私たちはどうなるのでしょうか。」

「ふんっ。せめて借金をすべて返済してから死ねばよかったものを……。」

 お母さまは悲痛な面持ちで、ジュドー皇太子殿下にくってかかる。お父さまはは、じろりとテーブルの端を睨みつけた。

「あなた方はエレノアを通してエレノアに与えられた公費を私的に使ったそうですね。エレノアは、公費を私的に使うことに対して酷い罪悪感を抱えていたと聞いた。」

 ジュドー皇太子殿下はエレノアお姉さまの状況を聞いても自分たちの保身のことしか考えていないお父さまとお母さまのことを冷たい目で見ながら堅い口調で告げた。
 その口調からは、エレノアが公費に手をつけたのは、お父さまとお母さまがエレノアお姉さまに公費を横流しするように強要したからだとわかっているようだ。

「エレノアが我が侯爵家のためによかれと思ってしたことです。我々に非はありません。」

 お父さまは額に汗をかきながらも傲慢に言い捨てる。自分は悪くないと。悪いのはエレノアお姉さまだけだと。すべての罪をエレノアお姉さまにかぶせるつもりだ。

「そ、そうですわ。エレノアは私どもが育てた音を帰そうとして、エレノアの皇太子妃教育にかかった費用を公費から少しずつ返してくれていただけですわ。」

 お母さまの顔色は青を通り越して白くなってしまっている。それでも、手を膝の上でギュッと握りしめながら、ジュドー皇太子殿下に自分は悪くないということをアピールしている。
 その声は酷く震えていた。
 そこからはお父さまよりはお母さまの方が罪悪感が大きそうだと私には見て取れた。

「君は、なにかいうことはないのかい?オフィーリア嬢。」

 ジュドー皇太子殿下が私のことを醒めた目で見つめながら、冷たい口調で尋ねてきた。
 私は小さく息を吸った。

「私たちは、エレノアお姉さまの好意に甘えてしまいました。でも、仕方が無いのです。私はエレノアお姉さまのように聡明ではありません。エレノアお姉さまのように力がありません。エレノアお姉さまのように自分を律する方法を知りません。私は、エレノアお姉さまが受けたような教育を受けてきませんでした。だから、どうしたらいいのかわかりませんでした。エレノアお姉さまに頼ることしかできなかったのです。」

 思った以上にすらすらと言葉が吐き出される。
 そう。私はずっとエレノアお姉さまのことが眩しかった。
 エレノアお姉さまにずっと憧れていた。
 月の女神のように優しく私を照らしてくれていたエレノアお姉さま。ずっと影から私のことを支えようとしてくれていたエレノアお姉さまのことを私は知っていた。知っていて、ずっとエレノアお姉さまに甘えてしまっていた。
 だって、エレノアお姉さまに甘えることがとても心地よかったから。

「……私も君も、エレノアに甘えていたんだな。」

 ジュドー皇太子殿下はポツリと呟いた。その声には覇気がいっさい感じられなかった。思わず漏れ出てしまった言葉とでも言うのだろうか。

「……君たちの処遇を伝えよう。」

 ジュドー皇太子殿下は、いったん目を閉じると深く深呼吸をした。それから、声を張り上げた。

「エレノアの命は短い。そう、医者が判断した。一週間も持たないだろう、と。」

「そんなっ……。」

 思った以上にエレノアお姉さまの病状は悪かった。
 私は震える手を押さえつけながらジュドー皇太子殿下を見つめた。

「この三ヶ月精神的にも身体的にもエレノアはギリギリのところで戦っていたようだ。もう一ヶ月近く食べ物をほとんど口にしていなかったとエレノア付きの侍女たちから聞いた。」

「……エレノアお姉さまっ。」

 私たちがエレノアお姉さまから横流ししてもらった公費で借金がありながらも何不自由なく生活していたというのに、エレノアお姉さまは食事をしていらっしゃらなかったと聞いて、私はショックで呆然としてしまった。
 ちゃんとに食事をしていると思っていたのだ。
 エレノアお姉さまは政務に打ち込みながらも規則正しい生活をして、元気でいてくれていると思っていたのだ。
 それが、実際には食事も喉を通らないような状態だったなんて……。

「エレノア付きの侍女たちは、知っていた。エレノアが実家に公費を横流ししていたことに。だから侍女たちは、私には言えなかったそうだ。エレノアがずっと食事をとっていなかったということを。侍女たちはギリギリまで私にエレノアの現状を訴えてはこなかった。」

「それはっ!あまりにも酷い仕打ちですわっ!!」

 お母さまがつい思わずと言った風に声を荒げる。しかし、ジュドー皇太子殿下の射貫くような視線を受け手、「うっ」と黙り込む。

「エレノアの侍女たちはエレノアのことを心配していた。心配していたからこそ、私には言えなかったのだ。私に言えば、エレノアは公費横領の罪で裁かれるからな。だから、侍女たちはエレノアの身を案じながらも限界になるまで私に訴えては来なかったっ!」

 ジュドー皇太子殿下は怒りを抑えきれないように声を荒げた。
 
「……エレノアの罪は罪だ。だが、エレノア以上にエレノアのことを自分たちの都合の良いように利用していたあなた方の罪は重い。オールフォーワン侯爵、あなたには鉱山での強制労働の刑が決まった。」

「なっ!?それは、あまりにもっ!!」

 お父さまはジュドー殿下の言葉に身を乗り出して声を荒げた。
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