乙女ゲームのヒロインに転生したはずなのに闇魔法しかつかえません

葉柚

文字の大きさ
1 / 17

しおりを挟む
乙女ゲームのヒロインに転生したはずなのに、闇魔法しか使えません



 私、リリーナ・オルトフェンは5歳の誕生日に高熱を出した。

「はぁ……。はぁ……。おかあ……さまぁ……。」

 頭が痛い。目の前がぐるぐるとまわる。呼吸も苦しい。
 身体は熱くとても息苦しい。
 酸素を求めるように口を大きく開けて息を吸い込もうとするが、うまくいかない。
 私は、このまま死んでしまうのだろうか。

「リリーナ。リリーナ。今、お医者様が来てくださいますからね。」

「……おかあ…………しすたぁー……。」

 孤児院のシスターエーステが私の顔を覗き込みながら優しく頭を撫でてくれる。
 優しく触れるシスターエーステの手のぬくもりのお陰で少し息が吸えるようになったような気がした。

「大丈夫ですよ。リリーナ大丈夫です。きっと貴方は病に打ち勝ちますよ。」

「しすたー……えーすて……。」

「リリーナっ!」

 優しいシスターエーステの笑顔を見た私は、安心してそのまま意識を手放した。





☆☆☆☆☆



「友梨香。メメラニアメモリーどこまで進んだ?」

「んー。王子ルートに入ったとこだよ。悪役令嬢のマチルダは学園追放になったし、あとはどの選択肢を選んでも王子ルートからは外れないと思う。」

「相変わらず早いねぇ。私はねぇ、光魔法の適性があることが判明して、メメラニア王立学園に入学したところだよぉ。」

「……へ?それってプロローグじゃ……?」

「うふふ。そうだねぇ。だって、メメラニアメモリーが発売されたのは期末テストの3日前だよ?そして今日はテスト明け初日。友梨香が早すぎるんだって。」

「……そうかな?徹夜でプレイしてればこれくらい軽いって……。」

「テスト勉強でほとんど寝てなかったから昨夜は寝ちゃってたわよ。むしろ友梨香が徹夜でプレイしていることがおかしい。」

「そうかな?」

「そうだよ。ね?主人公の名前なににしたの??やっぱり自分の名前かしら?」

「んー?名前はデフォルトのままだよ。自分の名前をつけるなんて恥ずかしいし。」

「ふぅん。じゃあ、リリーナ・オルトフェンのままなんだ。」

「うん。そう。」

「ねえ。リリーナってさ、孤児なんだよね?やっぱり親はどこかの御貴族様だったり?だから、光魔法が使えるとか?」

「……それは、ネタバレじゃない?自分でプレイして確かめてみなよ。」

「気になるんだもーん。」

「……気になるなら、早くプレイしなよ。」

「ええー。いいじゃん。もったいぶらないでさぁ。」

「……ないしょ。楽しみが減っちゃうでしょ?」

「そうだけど、気になるしぃ。」

 何気ない会話。何気ない風景。
 私、友梨香は友達と新しく発売した乙女ゲームの話で盛り上がってたっけ。
 でも、友達と別れて家に帰宅して自宅のドアを開けたときに、自宅から出てきた目出し帽をかぶった強盗と鉢合わせしてしまった。
 驚く間もなく腹部に熱い痛みが二度走る。

「うっ……。」

 思わず玄関に制服姿のまま蹲る私。
 そんな私を押しのけて、強盗は慌ただしくうちから出て行った。
 
 そこから先の記憶はない。
 けれど、記憶がないということは友梨香としての私はきっと死んだのだろう。




☆☆☆☆☆



「……リリーナ。リリーナ。」

 シスターエーステが私を呼ぶ声がする。
 私はシスターエーステの声に導かれるようにそっと目を開けた。

「ああっ……。リリーナ。よかった。リリーナ。熱が下がっても目を覚まさないから心配していたのよ。喉が渇いていない?果実水があるのよ。」

「……しすたー……えーすて?」

 喉がひりついていて声がかすれる。思うように声が出せない。
 シスターエーステは私のかすれた声に気づいて、すぐに果実水を口に含ませてくれた。
 ほんのり甘い果実水をゆっくりと飲み込むと、少し喉の具合がよくなったように思えた。

「シスターエーステ。心配かけてごめんなさい。」

「……リリーナ。いいのよ。こうして熱が下がったのだもの。なにか食べたいものはあるかしら?」

「……アイスクリーム食べたい。」

 冷たいアイスクリームが食べたい。
 熱が出ると……具合が悪くなると人に甘えてしまう癖がでてしまう。
 冷たくて甘いアイスクリームが食べたくて、何も考えずに声に出す。

「……あいす、くりぃむ?リリーナ、それはなぁにかしら?」

 しばらくの後、シスターエーステは困惑したように聞き返してきた。
 「アイスクリーム」をシスターエステは知らないようだ。

「……アイスクリームってなんだっけ?甘くて冷たいものが食べたい。」

「まあ、リリーナったら熱の所為ね。ちょうど桃が冷えていたわね。持ってくるから待っていてね。」

 シスターエーステは、そう言って部屋から出て行った。
 シスターエーステが部屋から出て行くと部屋の中は急に静寂に包まれる。誰もいない薄暗い空間。どこか寂しくて涙がでそうになった。

「……アイスクリーム、食べたいな。」

 夢で友梨香だった記憶を見たからか、具合の悪いときはハーゴンダッチョのアイスクリームを食べていたことを思い出して、思わずシスターエーステにねだってしまった。
 この世界にはハーゴンダッチョどころかアイスクリームだって存在しないのに。

「……わたし、転生したのかなぁ。」

 友梨香の記憶は途中で途絶えている。強盗に刺されてからの記憶がまったくない。つまりは、私はそのまま死んでしまって、リリーナ・オルトフェンとして転生したと考えた方が自然だ。
 ……転生か。
 異世界転生って創作物の中だけの話かと思っていた。まさか、自分が経験するだなんて。
 乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生したって話は良く聞く。
 でも、リリーナ・オルトフェンは悪役令嬢じゃない。
 10歳の誕生日に光魔法を使えるようになって、乙女ゲームのヒロインとしてメメラニア王立学園に編入することになるんだ。
 ……悪役令嬢じゃなくて、ヒロインに転生してよかった。悪役令嬢だったら困難がいっぱい待っているものね。その点、ヒロインであるリリーナなら、どんなに悪くても攻略対象とのお友達エンドですむから、そんなに意気込まなくても大丈夫そうだ。
 まだ、メメラニアメモリーやりこんでないし。王道の王子ルートの攻略中だったしなぁ。まあ、メインの攻略対象にはそれほど惹かれなかったし。攻略対象とはお友達エンドでいいのかもしれない。
 だって、攻略対象は誰も彼も大きな使命を持っていて、私にその相手を務めるのは荷が重いと感じる。王子たちとの恋の課程を楽しめるのは創作物だからであって、実際に体験したいわけじゃない。

「リリーナ。桃を持ってきたわよ。食べれるかしら?」

 考え事をしていると、シスターエーステが一口大に切った桃を持ってきてくれた。
 私は「あーん」と言いながら口を開ける。

「まあ、リリーナったら。甘えん坊さんね。」

 シスターエーステは笑いながら私の口に良く冷えた桃をいれてくれた。

「……おいしい。」

 アイスクリームほど甘くはないけれど、とても優しい甘みが口の中に広がって私は笑みを浮かべた。


 
 このときの私は、10歳になったら光魔法を使えるようになると信じていた。でも、現実は……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したら没落寸前だったので、お弁当屋さんになろうと思います。

皐月めい
恋愛
「婚約を破棄してほしい」 そう言われた瞬間、前世の記憶を思い出した私。 前世社畜だった私は伯爵令嬢に生まれ変わったラッキーガール……と思いきや。 父が亡くなり、母は倒れて、我が伯爵家にはとんでもない借金が残され、一年後には爵位も取り消し、七年婚約していた婚約者から婚約まで破棄された。最悪だよ。 使用人は解雇し、平民になる準備を始めようとしたのだけれど。 え、塊肉を切るところから料理が始まるとか正気ですか……? その上デリバリーとテイクアウトがない世界で生きていける自信がないんだけど……この国のズボラはどうしてるの……? あ、お弁当屋さんを作ればいいんだ! 能天気な転生令嬢が、自分の騎士とお弁当屋さんを立ち上げて幸せになるまでの話です。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
『完璧な王太子』アトレインの婚約者パメラは、自分が小説の悪役令嬢に転生していると気づく。 このままでは破滅まっしぐら。アトレインとは破局する。でも最推しは別にいる! それは、悪役教授ネクロセフ。 顔が良くて、知性紳士で、献身的で愛情深い人物だ。 「アトレイン殿下とは円満に別れて、推し活して幸せになります!」 ……のはずが。 「夢小説とは何だ?」 「殿下、私の夢小説を読まないでください!」 完璧を演じ続けてきた王太子×悪役を押し付けられた推し活令嬢。 破滅回避から始まる、魔法学園・溺愛・逆転ラブコメディ! 小説家になろうでも同時更新しています(https://ncode.syosetu.com/n5963lh/)。

処理中です...