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「……マチルダ様。」

「あら、あなた私のことを知っているのね。良い心がけだわ。でも、私とぶつかったのは許せなくてよ?」

 私の手を取って立ち上がったマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は優雅に笑った。
 その笑みは悪役令嬢とはちょっと違った印象を私に与えた。
 ただの気位の高い貴族のお嬢様に見えたのだ。その笑みの中に他意はない。

「……申し訳ございませんでした。考え事をしておりました。」

「そうね、そうみたいね。あなた平民でしょう?貴族ばかりのこの学園では大変ではなくって?」

「マチルダ様は私のことをご存じないのですか?」

 マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は私を知らないようだ。いや、気にも留めていないと言った方が正しいかもしれない。

「……あなたのことを?存じ上げませんわ。貴族の令嬢であれば社交で必須なのでお名前を覚えておりますが、平民のことまで覚えてはおりませんわ。」

「……そうですか。」

「私、平民となれ合うような時間はありませんの。だって、私は未来の王太子妃ですもの。誰よりも気高く生き、貴族を導いて行かなければなりませんの。そのためには、貴族を掌握しなければなりませんわ。あなたのような平民を見ているような時間はありませんの。」

 マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢はそう言って私を睨みつけた。いや、まっすぐ見つめてきただけかもしれない。本当だったら私に平民と関わらない理由を説明する義務なんてマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢にはないのだから。

「失礼ながら、マチルダ様。国というものは貴族だけがいるモノではありません。国の中には平民や農民がおります。平民や農民の力なくしてはとても国は維持できないものだと……。」

「知っているわよ。そんなこと。」

 思わずマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢に国を維持するためには平民や農民のことも考えろと言ってしまった。貴族だけの世界を望んでいるように聞こえたので。
 でも、マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢はさも簡単に平民や農民も大事だと頷いた。

「私は貴族をまとめ上げなければならないの。あなた知っていて?平民や農民よりも貴族の方が腹黒いし、実行力があるの。気を抜いたら国は貴族の良いようにされてしまうわ。だから、私は貴族に目を光らせて監視をするのよ。平民や農民は自分たちの衣食住が保証されていれば国を乗っ取ろうだなんて考える愚か者はいないわ。でも、貴族は違う。貴族は自らの至福を肥やすために国を牛耳ろうとする者が多いわ。だから私は未来の王太子妃として貴族を掌握しなければならないのよ。」

「あっ……。」

 確かに国を欺こうとしたり、国を乗っ取ろうとするのは権力も地位も高い人の方が簡単だ。
 その貴族を掌握し、国を乗っ取らせないようにするというのがマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢の考えらしい。
 ……乙女ゲームでは悪役令嬢として登場したのに、なんだか至極まっとうな女性のように感じた。

「まあ、でもあなたのことは覚えといてあげるわ。」

 マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は不敵に笑いながら私に手を差し出してきた。
 これは、握手をしようということだろうか。
 少し考えた後、私もマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢に向かって手を差し出す。マチルダ・侯爵令嬢は私の手を取るとギュッと強く掴んだ。

「……リリーナ・オルトフェンね。あら、珍しいわ。私と同じ闇魔法を使えるのね。」

「私の名前を知って……?」

 先ほど平民のことなど知らないと言っていたのに、マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は私の名前も知っているし、私が闇魔法を使えるということも知っているようだった。先ほどは嘘をついたのだろうか。

「あら?あなたは知らないのかしら?闇魔法には相手の名前や使える魔法の属性を知ることのできる魔法があるのよ。これは貴族を掌握するのにとても役立つ魔法よ。あなたも覚えておいた方がいいわ。私が教えてあげるわ。あなたのような平民が貴族だらけのこの学園で快適に過ごすためにも知っておいた方がいい魔法よ。」

 どうやらマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は魔法で私の名前と使える魔法の属性を知ったようだった。

「ありがとうございます?」

 マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は以外と親切な人らしい。
 ますます乙女ゲームで悪役令嬢だった人とは思えない。でも、マチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は乙女ゲームと同じで闇魔法を使えるようだ。
 ヒロインであるリリーナ・オルトフェンが光魔法ではなく闇魔法を使えたことから、悪役令嬢であるマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢は実は光魔法を使うのではないかと思っていた。
 ヒロインと悪役令嬢の立場が逆転しているのではないかと思っていたのだ。
 でも、それもどうやら思い違いだったらしい。

 なぜか私は王子と知り合うためのイベントで悪役令嬢であるマチルダ・メメラーニャ侯爵令嬢に気に入られてしまったようである。
 ちなみに、この日私は乙女ゲームのメインヒーローである王子と知り合うことはなかった。
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