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第29話
しおりを挟む「アンジェリカお嬢様、馬車の用意ができました。」
「ありがとうございます。」
「明日は馬車でお迎えにあがりますので、キャティエル伯爵家でお待ちください。」
ヒースクリフさんは馬車の用意ができたことを教えてくれた。それとともに、明日も馬車で迎えにきてくれるそうだ。
ありがたいけど、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……ですが、私のわがままなので迎えは……。」
「いいえ。旦那様から丁重にお迎えするようにと言われておりますので。」
ヒースクリフさんは得意の笑顔で押しきってくる。
なんだか、断りづらい雰囲気だ。
「わかりました。では、お願いいたします。」
「ええ。クリス様も一緒にお迎えにあがりますね。」
「まあ、クリスも来てくれるのね。嬉しいわ。そういえば、クリスはどこにいるの?帰る前に挨拶をしたいのだけど……。」
「アンジェリカお嬢様。そこは嘘でも侯爵に挨拶をしたいと申し出るところです。」
クリフにお別れの挨拶をしたいとヒースクリフさんに申し出る。すると、すかさずロザリーが突っ込みをいれてきた。
まあ、確かにマナーとしては馬車まで出してくれた侯爵に挨拶すべきなんだけど……。そもそも、侯爵が会ってくれるかがわからないわけで。
もしかすると、挨拶をすることで逆に怒らせてしまうかもしれないと思うと勇気がでなかった。
「……クリス様は、旦那様の寝室でおやすみになられています。寝室の中に入ることはできませんが、寝室の外から声をかけられますか?」
「いいの?あ、侯爵様にも挨拶をしたいのだけれども。」
「それはそれは。旦那様も寝室におりますので好都合ですね。ご案内いたします。」
あらかさまに取って付けたような言い方になってしまったが、ヒースクリフさんは気にしていないようだ。にこやかに笑いながら侯爵の寝室の前まで案内してくれた。
「旦那様。アンジェリカお嬢様がお帰りになるそうです。」
ヒースクリフさんは侯爵の寝室をノックすると、中に向かってそう告げた。
「侯爵様。このような時間にお邪魔いたしました。また、馬車を用意してくださってありがとうございます。」
「……かまわない。」
私がお礼を口にすると、中から一言そう返ってきた。
感情のこもっていない声は怒っているのか、なんとも思っていないのかも判断できない。
「あの、明日もお邪魔させていただきます。」
「……そうか。」
相変わらず会話が続かない。こう、もうちょっと長くしゃべってくれるといいんだけど。
「クリスにもご挨拶をしたいのですが、会えますか?」
そう告げると、しばらく沈黙が続いた。
どうしよう。クリスに会うのは反対なのだろうか。いや、でも明日、クリスに会いに来てもいいということだったから、そんなことはないんだろうけど。
「……クリスはもう寝ている。伝えておく。」
長い沈黙のあと、侯爵からそう返事があった。
「ありがとうございます。また、来ます。」
「ああ。君の好きなものを用意しておく。クリスも楽しみにしているだろう。くれぐれも気を付けて帰るように。」
今度は中からの返答が長かった。それに社交辞令かもしれないけれど、私を気遣うような声も聞こえてくる。
クリスの話題を出したら侯爵の態度が少し柔らかくなったような気がした。
もしかして、侯爵もクリスが好きなのかしら?
そうよね。一緒に寝室で休むくらいだらか、侯爵もクリスのことが大好きなのよね。
それはいいことなんだけど。困ったわ。呪いを解いたお礼にクリスを譲ってほしいとは言い出し辛くなってしまったわ。
「侯爵様。本日は急に押し掛けたのにも関わらず快くお迎えくださりありがとうございました。私はこれで失礼させていただきます。お休みなさい。」
気をとなり直して、挨拶をする。そのまま、踵を返そうとしたところで、
「ああ、おやすみアンジェリカ。良い夢を。」
中からそう返答があった。
その声はとても柔らかく暖かい声で私を包み込んだ。
思わず心臓がドキリと高鳴るような気がした。
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